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24.「ともだち」

「はぁ……はぁ……」


 首を手で掴まれ、体が宙に浮く。

 別種の力をぶつければあるいは、と思ったんだけど。

 ダメみたいだ。桃色の煙は黒い霞と干渉せず、お互いにすり抜けるだけ。箍を外した今の状態なら、霞による破壊と体の再生が釣り合っているが、それは異能による破壊だけで。ギリギリと絞められ、腕が私の首に食い込んでいく。人型禍津鬼は怪力だ、私の力で外せない、本体を蹴っても殴ってもビクともしない。

 顔は見えないが、ゆっくりと視線が私の胸に向いた。左胸の辺りに狙いを定めるように、もう片方の手が上がる。

 一瞬だった。


「あらお嬢さん、今日は随分とご機嫌なようで」


 死んだと思っていたら、瞬きの後に、一瞬の後に、景色は少しずれていて、彼の顔がすぐ上にあった。私の体を彼が抱き上げていた。


「気安く触らないでくれる? 私は安い女じゃ無いの」

「……まだそれ気に入ってるの? 今はデレて欲しかったけどなぁ」

「私の、私だけの王子様になってくれるって、約束してくれたなら」

「いつだってどこにだって、君が呼んだならすぐに駆け付けるよ。気が向いたらね」

「そういう浮ついた所は嫌いよ」

「好きな所は?」

「それ以外」

「それは……照れちゃうねぇ」


 腕を弾かれた黒い影は、機嫌を崩したように低く唸っていた。


「ほら、またあなたがたらしこんだ女が、こっちを睨んでる」

「あれは妹みたいなもんだから大丈夫だよ」

「何が大丈夫なの? 妹だって何だって、自分の物を取られたら怒るわ」

「俺は彼女のものでは無い……つもりだけど」

「つもり? あと、妹みたいって本人には言わない方が良いよ」

「なんで?」

「怒るから。こんな風に」


 はやてが身を反らせば影の軌道が風を掴む。


「ちょっと刺激し過ぎたみたいだね。一旦降りてくれる?」

「やだ。疲れたもん」

「お嬢様がお子様になっちゃった」

「このままベッドまで連れていって、私が眠るまであなたは子守唄を歌うの。私はあなたの匂いに包まれて、安らかに眠りに落ちていくの」

「夢物語は後にして、寝言なら寝てから言ってくれる? ほら、行くよ!」


 私の体は天に昇り、彼は地面すれすれに身を屈めたようだ、間を黒い嵐が吹き抜けていった。

 地面に降り立つと影が手のひらをこちらに向けていた。


「……あれ、さっきまであんなの使わなかったのに」

「……本当に怒らせたかな」

「あなたが妹みたいだなんて言ったせいよ」

「君が散々煽ったせいじゃない? 君はどんな劣勢でも煽りだけは欠かさないよね」

「やーい! のーこん! はやては私のだから!」


 気持ち、霞が膨れ上がった気がする。


「ところでお姉さまは? 姿が見えないようだけど」

「他の女の話? あれなら置いて来たわ、戦えないから、弱いし」

「言うねぇ。あんまり煽ると、来ちゃうと思うんだけど」

「なんだ、私が居ると何か不都合でもあるのか?」



 *




 いつの間にか、ぺたぺたと島に上がって来ている。


「あ、弱いのが来た」

「別に来たくは無かったがな、お前の濃い匂いで臭い、こんなとこ。助けに来てやったぞ」


 開口一番喧嘩すんなお前ら。戦闘中だぞ。黒い影は、現れたお姉さまの様子を窺っている……。


「なっ、臭くないし! 臭くないよね?」

「嫌いではないけど臭いね」

「えっ……」


 唾液のような匂いというか……まぁ、元を辿れば消化液と食人花の誘う蜜が混じったものだし。


「お姉さまは危ないから帰っていいよ。出来る事無いし」

「何だ折角来てやったのに。仕事なら、既に一つやって来たぞ。騎士王隊の魔導士の魔力が尽きかけていたから、たっぷり補充してやった。泣いて喜んでいた」

「それはありがたいですねー」


 急激な魔力の補充は確か死ぬほど気持ち悪くて苦しいとか。修行の合間、雫はよく悶えながらやってたらしいが常人はしない。可哀そうに。まぁ死ぬよりマシか。


「じゃあお姉さまは、そこのよろよろのアホを連れて逃げてください」

「私も……きらりんを……」


 雫が起き上がり、朦朧とした意識でそれでもこちらに向かってくる。


「……くっさ」

「なっ! 臭くないもん! 慣れたら癖になる奴だから!」

「じゃあ臭いじゃねーか。しずく、お前は秘跡使いすぎるなっつったろ。お前はもう下がってろ」

「ふーくんに言われたくない……」

「そうだな」

「そうだね」

「うるせーな」


 膠着状態が続く中、雫はこちらまで来てしまった。


「私はきらりんを止めるの……」


 ……。


「はやて、実際のとこ、どうだ。元に戻す当てはあるのか」

「あれ、きらりに見えます?」

「見えんな」

「きらりだよ……」

「見た目はまんま野良の黒鬼ですね。ただの禍津鬼です。その辺で見つかったら即討伐レベル。人も襲ってるし」

「だめ……きらりんは……!!」


 雫がよろけ、倒れる前に支える。


「しずく、今のきらりはどう見える」

「普通じゃない……いつもの、きらりんじゃない……!!」

「お姉さまは?」

「知らんな。私は鬼に詳しくない」


 ……。


「ね、ねぇ、私は……? 私には何も聞かないの……?」

「大した事言わなそうだし別にいいよ」

「なんで……」


 ドレスの穴、いや体中に花が咲き、そこから桃色の煙を吐き出す彼女と、きらりを見比べる。お前あっち側だろ。

 いつものきらりじゃない、か。雫の言葉なら、考えるべきだ。その意味を。


「俺が寝てる間の経緯を、短く」

「騎士王隊の到着した瞬間、お前が倒れ――」


 騎士王隊が千鳥の相手をしているとアルトときらりが起き上がった、かと思えば騎士王隊の方を襲いだし、駆け付けたヨウ、カレン、テス、雫が、アルトときらりを抑えた。雫が力尽き、純真がきらりの相手を交代し、ヨウ、カレン、テスがアルトの相手をしていた。そして危うい純真を、目覚めた俺が助けた、らしい。


「アルトさんときらりが起き上がった瞬間、もしくはその前後で何か起こりました?」

「私の目には何も見えなかったな」

「純真は?」

「私も……ごめん」


 順当に考えると、疲労で制御が利かなくなった二人が暴走した……のだろうが、それにしても二人の進行が進みすぎている。きらりは全力を出しても霞は顔を覆う程度だった、今は全身だ。


「それにしてもあやつ、動かんな」

「四対一でビビってるんじゃない?」

「だから煽るなっつってん……」


 純真を投げ飛ばし雫とお姉さまを抱え島の縁に向かって飛びこむ、そして叫ぶ。


「全員衝撃に備えろっ!!!!」

「“世界崩壊ワールドブレイク”!!」


 様子を見ていたんじゃない、大技の準備をしていたんだ!

 その刹那、背後がドーム状に歪む、全て、その中のもの全てだ、小さな土の一欠けらさえもが、粉々に、跡形もなく壊されていく。

 後には平らに均された地面だけが残った。島の向こうの方で戦っていた三人は……範囲外だったが、一人でも巻き込まれていたら危なかった。雫の秘跡では、即死は救えないから。

 理性が無い、獣のように唸る相手が魔術を使う? どういう事だ? 魔術は、元々本能的に扱えるものなのか?


 影が手のひらを再びこちらに定めた。


「散開!!」

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