23.「襲撃者」ii
島の結界が破れ、覗く隙間から戦戟の景色が見える。人間の方が劣勢のようだ。また一人、女が倒れた。
「頃合ね」
「見ているだけじゃ無かったのか」
「観戦しに来たわけじゃないもの。あの二人を助けないと、来た意味ないわ」
「助けるのは二人だけか?」
「私は私が出来る事だけをするの。それ以外は知らない」
純真が立ち上がり、お尻に付いた砂を払っている。
「……まぁ、きらりの相手をするのもいいかもね。暇だし。余裕もあるし」
「相手をしてどうするつもりだ。完全に呑まれている、時間を稼げばどうにかなるものでは無いぞ」
「どうにかするのは私じゃない。言ったでしょ、私は私が出来る事だけをするの」
「……随分と、信用があるな。あれは必ず駆け付けてくれるわけでもあるまい」
「そうね、最近はなんだか態度が冷たいし」
「面倒くさいんじゃないか、お前の相手が」
「そんな事無いもん」
私も立ち上がろうと腰を上げれば、頭を抑えられる。
「あなたはここで座ってなさい。その体で、出来る事もないでしょう」
「……お前に指図される筋合いはない」
「そう。どちらにしろ、あなたをあの島まで運んでくれる人間は居ない」
「……背伸びがしたかっただけだ。座ってばかりで、体が固まっていたからな」
「そう」
純真の背中に巨大な翼が生える。苦労して見つけた巨鳥のものだ、卵は一つしか取れなかったから、今生成できる翼は、その一つだけの筈。つまりは翼を壊されてしまったなら、片道だ。
「ついでに海水浴でもやってたらどう?」
「あぁ、遊んで待っていることにするさ。お前が汗水垂らして、必死に戦ってる間にな」
「私は友達と遊んでくるの。あなたは一人で寂しく楽しむといいわ」
友達、か。
「じゃあ、行ってくるわ」
*
上空から強襲し、膨張した大きな肉の蕾が黒い影を体ごとのみ込む。
「……不審者!!」
「純真よ! 助太刀するわ! こっちは私が相手するからあなたはもう一人の方を!」
「……すまない!」
「助かる!」
でかいネコと包丁女が、長身剣士ともう一つの影の方に向かう。
「……痛い痛い痛い痛い!!」
じゅわり、溶けるように肉の蕾が崩れ、中から影が這い出る。肉の蕾は縮みながら私の背中へと戻って来る。
「今日は随分荒れてるね! どうしたの? 大好きな男の子に振られでもしたの? だから彼は止めておけって言ったのに!」
グルるるるる……と、黒い影は人の言葉を話さない。私が前に相手をした時は、せいぜい髪と目が黒く染まる程度だったが……今はその全身を、輪郭が分からなくなるほどの多量の霞を纏っている。
「ま、裏表のある暴力女なんて、振られても当たり前よね」
突如、目の前に黒い手があった。尻尾を膨張させ振り回し、重心をずらしながら上半身を捩じると、奴の体が空を切る。今は全身が黒い霞、肌に指一本触れてもやばい。体がいくらでも再生するとは言え、核が壊されれば私だって死んでしまう。
とは言えだ。
影の動きは獣のように飛び掛かる、鋭い腕を振り回すの繰り返しだ。理性が残っていたあの時の方がまだ強かった。
「そんなガサツな振る舞いじゃ躱されて当然よ?」
黒い影が、苛立つように低く唸った。
また一つ、部位が壊された。
防御や回避に有用な種子のストックは、これで最後だ。今からはこの身一つで攻撃をかわさなければいけない。
時折こちらからも殴ってみたのだけれど、頑丈なのか、まるで疲労の色が見えない。
周囲の状況を探ってみれば、やはり好転はしていない。島の三人組は三人がかりでもう一つの影を抑えるのがやっとのようだ。しかし動きを見ていれば分かる、あちらの方が格段に強い。
マントの二人組もまだ海上でドンパチやっている。あれだけの大威力を連発し続けている女の方も異常だが、奇妙なのはやはりあの千鳥だ。あれはあそこまで頑丈な種だっただろうか……? 魔法抵抗を持つとはいえ、魔法により生じた単純な衝撃波は有効な筈だ。
そして、目の前のこいつだ。いくら話しかけてもうんともすんとも言わない。勝ち目は……元から無かったけど。人型禍津鬼なんて無理だし。
私と戦っていれば、あの修行の日々のように戻ってくれないかなと、淡い期待を抱いていたのだが。期待は期待。願うほどに外れるものだ。少なくとも、私にとっては。
黒い影は正気を取り戻すことなく、目につくすべてを荒らし続けていた。そして今、目の前に居るのは、私だ。
黒い掌底が腹を掠った、体が欠けてバランスを崩し、奴が両腕を広げ掴みかかって来る。足で跳んでも避けられない、両手は今は使いようが無い。掴まれたらそのままじわじわと触れた箇所から体が崩れ、破壊の余波は核まで到達するだろう。五体を使っても避けられなかった。だから尻尾を支えに空中に跳ねる、影は尻尾だけを刈りとって行く。
ギリギリだ。尻尾はまたすぐに生えてくるけれど……消耗戦、しかもこちらが不利。まさか、同族以外に持久戦で負けるとは思わなかった。
黒い影が揺らぎ近づいてくる。
「あなたはそれでいいの?」
返事は無い。
「あなたは本当に、そんな自分でいいの? それが、なりたい自分なの? それが在るべきあなたの描いた姿なの?」
顔は黒い影に隠されて見えない。動きも、変化は無かった。
「だとしても、いいわ。私はあなたの友達だもの。あなたが悪い事をしていると思ったなら、殴ってでも止めてあげる、受け止めてあげる」
ビキビキと、尻尾の線に、蕾に力が入る、それは別れ、幾つにも分裂していく、その先にまた蕾が生える。尻尾だけではない。黒いドレスに空いた無数の穴から、生えてくる、幾つもの、蕾、蕾、蕾。
それらは一斉に開き、そして——
「手段は何でもいいよね。いっぱい虐めてあげるんだ、ちょっと行きすぎたって、悪いのはあなたの方なんだから」
ドレスを彩る花は桃色の煙を噴き出し、私の姿を覆い隠した。
「さぁ、楽しみましょう?」