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21.「襲来」

 こぽっ。こぽっこぽっ。


「……?」


 それは小さな音だった。俺が気づいたのは、何かが沸き立つような、ほんの小さな、静かな音だったのだ。

 次の瞬間、水柱と轟音と共にそれは現れた。


 煌めく穢れた銀の球殻、前後に付いた鋭いかぎ針、くるくると高速で宙を回り、幾百もの個体が互いに擦れ合い、特有の、耳障りな不協和音を生じさせる。


 チルチルチルチルチルチルチルチルチルチル!!!!!


 禍津鬼“千鳥”が現れた。呑み込むものみな磨り潰し、過ぎた後には形なし。


「……っ! アルトさん!! きらり!! 起きて!! 緊急事態です!!」


 これは……まずいな。銀の群れは蜂のように島の周囲を回り、こちらの様子を窺っている、襲ってくるのは秒読みだろう。

 二人は起きない、当然だ。今しがた全力を尽くして戦い終わった後なのだ。あるいは、戦いの余波が、海中に眠っていた千鳥を起こした……のだろうか。

何はともあれ、眠る二人を抱えて奴から逃げる事は出来ない。島には多くの一般人がいる、そもそも二人も抱えて千鳥から逃げきれない。宙を高速で舞う千鳥は容易に、逃げる俺たちに追いつくだろう。

 現在の状況、二人が戦闘不能。切り札の飛槍も一応持ってきてはいたが、これは一点特化の武器だ、群れる千鳥とは相性が絶望的に悪い。残るは双剣のみで、手数、武器の強度で言えば、相性は悪くないといえるが……。

 チルチルチルと、俺の周囲でとぐろを巻く千鳥を見る。敵の数はあまりに多い。数十、せめて数百なら勝機はあったが、敵は千匹。俺はこの二本の手だけで、千の敵の軌道を弾かなければならない。

 極めて物理攻撃に強く、魔法など特殊な力にはさらに耐性を持つ。千鳥を仕留めるには中身が潰れるほどの衝撃で殻を殴りつける事だが……宙を舞う軽い体だ、並大抵の斬撃では掠り傷一つ負わせられないのだ。

 逃げられない。倒せない。攻撃を防げない。

絶望の三拍子。


「……っ!」


 だが、やるしかない。二つの透けた黒刀を両の手でしかと握りしめる。

 千鳥はついにその鎌首をもたげ、こちらに向かって押し寄せる。

 背中には眠る二人が居る。退けない、一匹足りとも見逃せない。俺たちを軌道の延長に持つすべての千鳥をこの刀で弾く。やる事はそう複雑な事ではない。しかし単純にして至難。だが……――

やるしかない。


 穢れた銀色が、やがて視界を埋め尽くした。暴力的な破砕音が俺の領域を塗りつぶす。



 俺が持っていたのは他人の力だった。

何もかも。俺が持つ力はその全てが人からもらった力だった。でもそれで良かったのだ。俺は人の行為をそのまま真似るのが得意だった。それが俺の得意だった。俺は才能あふれる彼らに囲まれ、彼らの能力を余さず吸収し、俺は俺を活かしていった。

 けれどそれは他人の力だった。俺の力では無かったのだ。やる事なす事全てが誰かの劣化で、人並み以上に何でも出来たけれど、人並外れた彼らに及ぶものは、俺の中には何も無かった。

 俺には素晴らしい師匠が居た。彼女こそ、どんな事でも万能にこなせる才能に溢れた天才だった。俺の能力のほとんどは彼女の模倣であり、劣化だった。俺は彼女の劣化であり、彼女に勝てる事など、一つも無かった。

 けれど……それで良かったのだ。楽に、あらゆる事に、人並み以上に秀でる事が出来る。それが俺の得意な事だったから。器用貧乏、俺自身で為せる大義など一つも無かったが、尖りに尖った彼らを補うには、俺の能力は優秀だったから、俺はそれで満足していた。……結局それも、満足にこなす事は出来なかったが。

 けれど……それでも、良かったのだ。それが俺の出来る事だと、得意な事だと知っていたから。

 そして、一人になった俺には、何にも残らなかった。


 この島で、俺たちは自分を磨くための修行をしていた。各々がやりたい事、得意な事を高めようと努力していた。きらりは魔法と魔術を。しずくは魔法と剣術を。二人は自分の持つ力を磨いていたのだ。けれど……俺には何も無かった。

 俺は、ただあの人からもらった力を、そのままに研ぎ直していただけ。俺の能力のそれらは全て彼女が高めたものであり、俺はそれを先に進めるノウハウなど持っていなかったから。俺はそれしかしなかったし、出来なかった。

 彼女たちが自分を磨く隣で、俺はなんて事の無い顔で、ただもらった剣を、錆びないようにと研いでいるだけだった。彼女たちが努力し邁進し先に進む様を、俺はただ立ち止まって、少し前から眺めていただけだった。


「風を切るように避け、独楽を弾くように吹き飛ぶ。面白い型ですね」

「……師匠からもらった型です」

「なるほど、道理で隙が無い」


 師匠が作った、俺に合わせて作られた型。編み出したのは俺ではない。


「けれど、極めるのはあなたでしょう?」

「……師匠が作ったこの型に、高める隙なんてありませんよ」

「そうでしょうね。彼女にとっては。しかしあなたにとっては違うでしょう。あなたが秀でるその型は、より極める事が出来る。あなたなら」

「……俺は高め方なんて、知りませんよ。した事も……無いので」


 ずっと、彼女を模倣するだけだったから。それが一番楽で、強かったから。


「高める前に、その先を知る人なんて誰も居ません。みんな自分でがむしゃらに、試行錯誤して前に進んでいくんです。少しずつでも。誰だって知らずに進んでいるんです」

「……それは俺には向いてませんよ。俺は人から学ぶ方が——」

「自分で築き上げた技術と経験ほど、体に馴染むものはありません。効率的だろうと非効率的だろうと、私はやる事をお勧めしますよ」

「……けれど、これも結局、あの人からもらった力です」

「磨くのはあなたでしょう。始めがどこであれ、高めるのはあなた、やるのはあなた自身です」

「……前に進める気が、しないんです。俺だけで……ずっと、師匠の後ろを歩いていたから……」


 あの人が高めた技術は、最初から、それは動かしがたいほど高くにあって。それ以上、積み上げるものなど、何もない様に見えて。


「そんなものですよ。闇雲にうねって蛇行して、ふと振り返った時に、自分が前に進んでいることを知るんです。足踏みが得意なあなたは、まずはそれを学ぶべきでしょうね」

「……」

「ゆっくりでいいんですよ、あなたの足で、あなたのペースで。ここに、あなたを急かすものなど誰も居ない。あなたはあなたで進めばいい。ここには、誰も居ないから」

「……」


 この島には先生が居た。

 俺は、彼の下で、少しずつ前に進み始めた。彼女たちが足掻いていたように、オレも足掻き始めた。なかなか進まず気持ちが焦れる時もあった。けれど隣を見れば、同じように苦しむ彼女たちが居たから。

 俺は頑張れた。

 秘跡は使えない、切り札の飛槍も今は使えない、俺は止める事が出来なかったのだろう。この島で、何も身に付けていなかったのなら。


「掛かって来いよ、化け物ども」


 すっかり手のひらに馴染んだ二つの透けた黒刀を、前に構える。一匹たりとも逃しはしない。“風を切るように避け、独楽を弾くように吹き飛ぶ”。俺の型は、回避と弾きに重きを置いた守護の型。ここから先は、一匹たりとも通しはしない

 二人は未だ安らかに青空の下で寝そべっている。彼女らは俺の領域の中だ。そのまま眠っているといい。ここは、危害をすべて爪弾く、我が疾風の陣の中。


 致死の銀嵐が、島を吹き付けた。

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