18.「ちょっとしたプレゼント」
「何でまた雨なのー……?」
きらりが辟易とした様子で部屋に戻って来る。
「やりたいなら雨の日でもやればいいじゃん」
「……雨の日は休みって、決めたの」
「じゃあ休めばー?」
「うぅ……」
雫の煽りに、きらりがまた雫のベットに飛び込み顔を枕に埋める。
「今日は、お天道様はなんて言ってるの?」
「肩肘張りすぎ? いつでもいいやくらいの気の緩さで挑めば晴れるんじゃね」
「いつ晴れるの?」
「さー。いつ晴れるんだ? しずく」
「その日の気分」
「その日の気分だそうだ」
「今日晴らして……」
きらりがごろごろとベッドを転がる。
「暇なら、終わった後の事でも考えれば?」
「終わった、後?」
「……まだ負ける気で居るのか?」
「……分かんない、勝ち負けとか。オレはただ全力を出し切るだけだから。その後の事も」
「そうか」
まぁそもそも、普通にやれば勝てる相手では無いのだが。
「まぁ、勝っても負けても、何が変わるわけでも無いけどな」
「……そう、なの?」
「お前でお前を止められるかのテストだろ。失敗しても終わりじゃないし、成功しても終わりじゃない。勿論、成功すれば、いい方向に進むけどな」
「……勝っても負けても、終わりじゃない……」
「お前は自分の限界を知るんだよ。お前が全力を出せる相手なんて、ここにはあの人以外に居ないしな」
純俺たちではきらりの相手をするには力不足だったから。
「限界を知って……どうするの?」
「壁が出来る。乗り越えるべき、目標がな」
「壁……」
「お前は今までずっと自分を抑えてきた。色んなどうでもいい力がお前を抑えつけてた。それを少しずつ取り払って、ようやくお前は今、その機会が来た。偶には本気を出さないとな、自分の上限が更新できないからな」
「本気を出せる、機会……」
彼女の顔は、しかし翳る。
「失敗したら、どうしよう……」
「失敗が怖いか?」
「そりゃ……そうだよ」
「失敗の、何が怖い?」
「だって……負けたら、島の外に出られない、何もかも、色んな覚悟が、無我に」
他ならぬ彼女自身が彼にそう宣言している。
「そんなもの、何度だって挑めばいいだろ」
「……いいの? そんな事して」
「知らん。少なくとも、挑むのが一回とは言ってないだろ」
「……でも、結局同じだよ。ずっと勝てなかったら。勝てなかったら……」
相手は魔王討伐の勇者だ。魔術を覚えたばかりのひよっこ魔人が勝てる相手じゃない。
「別に、お前が島の外に出たくなったら、いつでも連れ出してやるさ。この前みたいにな。帰りたくなかったら帰らなくていい、あれに認めさせるのなんて、いつでもいい。世界中を見て回ってからでもいいさ」
「……じゃあ……じゃあ、オレの理性が、戻らなかったら……」
「戻るまで待つよ。いつまでも」
「……お父さんが、オレを、殺そうとしたら」
勇者は魔王の芽を見逃せない。彼女の心配は、決して杞憂ではない。彼は禍津鬼の末路を知っている、そうだと彼が判断すれば、彼がそれをするのに躊躇いは無いだろう。
「心配するな。逃げ足だけは、自信があってな」
「……お父さんを、止めてくれるわけじゃないんだ」
「勇者相手に無茶言うなよ。正義もあちらにあるしな、逃げるしかない」
「あっちが正義なら……オレは、悪になるの?」
「さぁな。少なくとも俺は正義じゃない。我儘な、出来損ないの不良品さ。俺だけじゃない、俺の仲間なんて、みんなそんなもの」
「……みんな? はやても? しずくも?」
「気づかなかったか? まぁ、見てくれだけは良くしてるからな」
雫を見れば、かすかに笑うだけで何も言わなかった。
「そっか。みんな……仲間、なんだ」
「そうだ、渡すものがあったんだった」
「渡すもの?」
立ち上がり、机にしまっておいたそれを取り出す。材料の調達には苦労した。
「組紐だ。お前の分のな。雨降ってたし、暇だから作った」
「……あ、それ、皆付けてた……」
俺は左腕、雫は左足、純白は髪に、純真は腰のあたりに括り付けている。
「いいの? オレも……」
「文句を言う奴は、居なかったよ」
「……まだ、純白ちゃんや純真と、あんまり仲良くなれてないけど」
「後で仲良くなりゃいいさ、どうせまた会う、その時にな」
彼女の手のひらに、全く同質のその紐を置いた。
「気に入ってくれたか?」
「……うん」
彼女はそれをゆっくりと包み込む。
「大事に、する」
「切れたらいつでも言えよ。何度だって結び直してやるから」
「……分かった」
彼女はえへへとはにかむ。
「これで、ずっと、一緒だね」