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17.「雨の日の島巡り」

 今日も雨が降っている。

 窓の外、地面に出来た水たまりに絶え間なく無数の波紋が出来ては消えていく。水面に移る薄い景色は灰色に鈍く輝く曇天。雨が濡れた土の匂いを運んでくる。


「どこ行くの?」

「島の探検」

「……雨の日に探検なんて、小学校を思い出すね。私も行っていいー?」

「お前が来て、楽しいかは知らんぞ」


 付いて来るらしい、彼女も出かける準備を始めている。


「きらりんの監視はいいのー?」

「まぁな」

「きらりんとはどこまでいったんだい」

「お前が何を想像してるかは知らんが、お前に言うようなことは、何も」

「きすはー?」

「家出してどういう流れでそうなんだよ」

「勢いでどーん」

「言ってろ」


 扉を開けると廊下に出る。木造の壁には窓ガラスが並び、向こうの景色を滲んで映す。


「私は連れ出してくれないの? 二人きりで」

「連れ出して欲しいのか?」


 立ち止まって振り向くと、彼女はまつ毛を伏せ薄く微笑んで、また窓の方を向いた。


「……お前が嫌いだから、置いて行ったわけじゃない」

「ふーくんにはさ、私は必要ないよね」


 長雨が窓をずっと叩いている。


「だから、何度も、簡単に、離れて行こうと、ひゃっ」


 いつの間にか、彼女の二の腕を掴んでいた。


「理由があったから置いて行っただけだ」

「でも……」

「それはあいつの理由であって、お前のじゃない、それに、お前は一緒に居る理由が無いって言ったけど、理由が無いのに一緒に居るからこそ――」


 ガタリ、物音がした。振り向けばバケツが転がっており、


「……にゃあ」

「出てこいカレン」


 モップを持った彼女が気まずげな顔で出てくる。


「オレに構わず続けていいぞ」

「……」

「……じゃあ、オレは掃除があるから」


 重苦しい空気だけが残る。


「……ふーくん、いたい」

「あっ、ごめん」


 慌てて腕を離した。



「確かに、この島で消えたんだよ……」


 彼女はげっそりとした表情で訴える。島に滞在中の騎士王隊の部屋。


「海を渡って行ったんじゃないですか?」

「何のために? ご馳走だらけの、この島をほっぽって?」

「この島にはいろいろやべーのが居ますからね。ビビッて逃げたんでしょう」

「海の向こうに? そっちに何かあるの?」

「さー」

「ねぇぇ助けてよぉぉぉ賢者の弟子さんさぁぁぁ」


 音魔がぐったりと机に突っ伏して唸る。


「きしおーたいの人たち、だっけ」

「あー……しずくちゃんー……ひさしぶりー……」

「まだ居たの?」

「ヴっ……この近くも色々探して回ったんだけどね……まだ見つからないんだよ……」


 うぁぁぁああとまた唸る。


「見つけられないと帰れないよぉぉ見つかりませんでしたじゃ済まないよぉぉ……お仕事……クビ……クビは嫌ぁ……」

「そっかぁ、大変だなぁ」

「しずくちゃんんん何か知らないー……? 何でもいいからさー」

「わわっ、わ、私そういうのは、あんまり詳しくないから」」


 音魔が雫にしがみ付いている。もう一人の彼は、同僚の恥を呆れた目で眺めている。


「実際どうなんだ、黒」

「どうもこうもない、そいつの言った通りだ。この島の近くで、島の方向に向かう跡があって、それ以外の痕跡が何もない。いくら探してもだ。この島、もしくは向かう途中で消えたとしか思えん」

「千鳥は空飛んでるし、跡が見つからないのもおかしくないんじゃないか?」

「千鳥は好んで地上付近の障害物をすり潰しながら移動する。常に成長し続ける殻を削るためにな。ネコの爪とぎみたいなものだ。破壊の後が無くても、欠けた銀色の滓が地上には残る。……まぁ、波に攫われれば消えるがな」


 大陸側の海岸付近にその跡が無くて、海の上で消えていると。と、黒が聞いてくる。


「……隠れて討伐した、とかは無いんだよな?」

「アルトさんが? 千鳥の騒音ならどうあがいてもバレるだろ。あの人は魔法主体だから、倒すのにも時間かかるだろうし。何より隠れて倒す理由が無い。後バカだし隠し事とか無理だよ」

「まぁ、そうだな……」


 手詰まりの状態が長く続き、落ちついた雰囲気の黒ですら参っている感じがある。


「索敵系の秘跡は、二人とも使えないのか?」

「俺は結界術、そっちは音魔法主体で、それ以外はさっぱりだ。お前らは?」

「秘跡での援護は……無理かなぁ……」

「だよな……」


 彼もまた天を仰ぐ。完全に手詰まりのようだ。


「応援は呼べないのか?」

「……被害が出てるならともかく、うちはしばらく後回しだろうな」


 まぁ、この近辺に居るとも限らないしな。


「……巻き込んでしまって済まないな」

「いや、こっちでも探ってみるよ。何かあったら連絡する」

「頼む」

「あぅあぅあぁぁ……適当に魔法ぶっ放して帰れると思ったのに……」


 音魔がぼやいている。


「お前もそろそろしゃんとしろ、俺たち全体の評判が下がるだろうが」

「じゃあマント脱ぐ……」

「脱ぐな、正すのは背筋だ」



「なんか、色々大変みたいだねー」

「まぁ、禍津鬼の相手はな。あっちだって、考える頭が無い訳じゃないし」

「今日は、ぱとろーるしてるの?」

「まぁ、似たようなもんだ」


 次の目的地に着いた。魚屋さん、雨だからか今日は閉じている。


「テスー! 居るかー?」

「どうした少年」

「うわびっくりした」


 いつ間にか背後を取られていた。超ビビるんだけど。


「私に何か用か」

「ちょっと聞きたいことがあってな。最近気になる事は無かったか? 事件とか」

「貴様らが島に入ってからは気になる事ばかり起きるが」

「俺たち関連以外で」

「特に無いな。この辺境の小さな海街で、何か起こるべくもない」

「何も無いか? 怪しい影とか、音とか」

「無いな」


 もふもふと雫に体をいじられながら、テスは精悍な顔で答える。


「……そうか。何もないなら、良いんだが……」

「何かあったのか?」

「……いや、何も無かった……んだと、思うけど」

「歯切れが悪いな」

「気にしないでいい」

「そうか」


 情報量にと、持ってきた魚を渡すと、テスはもしゃもしゃと食べ始める。



「今日は別の女の子とデートですかぁ? 贅沢ですねぇ」

「黙れ」


 目線で部屋の中に誘われ、警戒しながら足を踏み入れる。


「えっと……あなたは?」

「初めましてしずくちゃん、私は――」

「名乗らなくていい。覚える必要もない」

「冷たいなぁ」

「えっと……?」

「ほらぁ、しずくちゃんが困ってるじゃないですかぁ、何も教えてあげてないんですかぁ?」


 雫が少しずつ俺の背中の方に回っている。


「こいつは簡単に言うときらりの敵だ」

「やだなぁ、味方ですよぉ」

「きらりの監視の為にこの島に居る」

「“観測”です、そして暴走した時の処理も」

「きらりに、この島に残るように唆してたのはこいつだな」

「私はただ落ち込むきらりさんを慰めてあげただけですよ、ちょっとした進言もしましたけど。貴方と同じように、ね? はやてさん」

「自分の都合のいいように捻じ曲げようとしただけだろ」

「それは、あなたも同じでは無いですかぁ?」

「俺はきらりの為を思ってやってる」

「じゃあ私と同じですねぇ」


 雫がくいくいと袖を引っ張って来る。


「あの……この人、何者、なの?」

「……」


 沈黙に、彼女が割り込む。


「改めまして初めまして、私は救世班鎮圧“独善”。訳あってきらりちゃんの様子を見守るためにこの島に来ました」

「救世班……? 純真、と同じ……」

「純真? ……あぁ、最近“救世”が見つけてきた、お気に入りの。管轄がだいぶ違いますが……遠巻きに言えば、まぁ、先輩には当たりますかねぇ」

「紹介は済んだか? 聞きたい事がある、簡潔に答えろ」

「何ですかぁ? 何でも聞いていいですよぉ?」

「この辺に来た千鳥に対して、お前は何かしたか?」


 彼女がくいと首を傾げる。


「千鳥?」

「禍津鬼の一種だ。銀色の、群れを成した球体」

「そんなちっぽけな化け物を探して、一体どうなさるおつもりですかぁ?」

「危険ならどんな小骨でも取り除くさ。いいから答えろ」

「さてぇ……そんなもの見ましたかねぇ……」


 彼女は視線を空に上げて答える。


「知ってる事があるなら、答えろ」

「……ふふ。知ってますかぁ? 私これでも一応、人間の味方なんですけどぉ? 信用が無いですねぇ」

「なら肩書きじゃなく振る舞いで示すんだな」

「何言ってるんですかぁ、私はこんなにあなたに優しくしてるのに」

「本当に、何も知らないんだな?」

「えぇ」


 彼女の黒い瞳には、何も映らない。


「……邪魔したな」

「またいつでもどうぞー」


 雫を引き連れ、部屋を出る、止まる事無く歩いていく。そのまま雫に聞く。


「しずく、変な事はされなかったか?」

「変な事って? 一緒に居たし、ふーくんの後ろに居たよ」

「ならいいんだが」


 と、彼女が突然ごてっとこけ、俺の腰にしがみ付く。


「……何してんだ」

「……あれ?」


 彼女がばっばっとスカートを押さえている。


「……どしたの?」

「…………下着が……無い」


 ……。


「……バカなの?」

「……え? いやっ違うからね! ちゃんと履いてきたから! 紐じゃないから落としもしないし!」

「紐で落とした時があるの?」

「無いけど!」


 ……。


「……ちょっと取り返してくるね」

「……えっ? これさっきの人がやったの? てかちょと待って! 自分で行くから! ねぇ!」


 マジで碌な事しねぇなあいつ。

 乱暴にドアを蹴り飛ばし問いただすと、返ってきたのは、


「はぁ? なんですかぁ? いくら私の事が嫌いだからって、セクハラですかぁ?」

「……」


 怪訝な顔して言ってくる。雫を振り返る。


「いや違うし! ちゃんと履いてたのさっきまで!」

「やっぱお前どっかで落として来たんじゃないの? バカだし」

「誰が落とすかそんなもの!」

「いやぁ、それにしても今日は暑いですねぇ」


 と、彼女は窓に寄りかかり、ポケットからハンカチを取り出して顔を拭う。それは、綺麗なアイスグリンの——


「それ! ねぇそれ私の! なんで!?」

「えぇ? あぁホントだぁ! 広げてみたらパ――」

「返せ! ねぇふーくんこいつぶち殺していいの!?」

「いいと思うけど無理だと思うよ」

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