15.「決めたこと」
俺たちが修行を始めてから、しばらくの月日が経った。
「……成長しましたね」
彼の喉元に付きつけた剣を外し、鞘に納める。
「まだまだです。手合わせ、ありがとうございました」
「これで三人共、私から一本取ったわけですか。……参りましたね、私から教えられる事はもう、無くなってしまいました」
「いえいえ先生、元から大した事教えてないじゃないですか」
「ここはフォローする場面ですよ、はやてさん」
彼は、どこか寂しそうに微笑む。
「あなたたちはそろそろ、ここを出るのでしょうか」
「……」
「この狭い島の中で、出来る事は限られるでしょう」
「そうですね……」
ここは街の外れの砂浜、向こうを見れば町が見える、その先に佇む屋敷が見える。
「きらりの魔術使用時の状態は極めて安定しています。力を使う事に関しては、ほぼ心配は要らないでしょう」
「……そうか」
「あなたはどうするんです?」
「何がだ」
「あなたは、彼女がこの島を出て行く事を、許す気で居るんですか?」
彼は押し黙る。
「……オレでなくとも、お前ならあいつを止められんだろ」
「俺は彼女とずっと一緒に居るとは言ってませんよ」
「……きらりを、どこかで捨てる気か?」
「捨てるとは? 俺と彼女は一緒に出ていくだけです、その後、共に行くも離れるも俺たちの自由」
「……あいつは、止める誰かが周りに——」
「結局変わってないんですよ。あなたはあなたの管理下にあった彼女を、ただ俺の下に移しただけ。彼女に自由を許してなんかいない」
「それは当たり前だろ、あいつの能力の事を考えれば、その対処策を考えとくのは——」
「そんな事はどうでもいい。聞きなおした方がいいですか? あなたはきらりに、自由を与える気はあるんですか?」
「……オレはだな! あいつに、娘の事を頼むって言われてんだ、あいつの事を考えて考えて、考え尽くして、それで――」
「ミアさんがあなたに託したのは娘の手綱ですか、あなたを信じて、自分の娘を信じて、彼女は今も離れた地に居るんじゃないですか?」
「じゃあどうしろってんだよっ! オレは、オレは……!!」
その時、ガチャリと音がした。扉がゆっくりと開いて、彼女が顔を出す。
「……きらり、起きてたのか」
「うん」
「……今の話、どこから――」
「あのねお父さん、話したい事があるの」
きらりはアルトの言葉を遮って、言葉を紡ぐ。
「……なんだ」
彼女は歩き、彼の正面まで来る。
「オレと勝負して」
彼は何も言わない。。
「オレはお父さんに勝って、この島を出ていく」
「……」
「ずっと、心配させてたから。オレは大丈夫だよって姿を、お父さんに見せたいの」
ようやく絞り出した言葉は、
「……それは、そいつの入れ知恵か?」
「ううん。自分で考えた。自分で決めたの。オレにとって、大切な事だから。それを、お父さんにも認めて欲しい。オレはこの島を出て、旅がしたいんだ」
「……」
「受けてくれる? オレとの勝負」
彼はまた、しばらく黙っていた。彼女はじっと返事を待っていた。
やがて、彼は震える手を伸ばし、彼女の頭を不器用に撫でた。
「……立派に、なったな」
「まだ早いよ」
はぁと、彼は天井を仰ぐ。
「……娘がこんだけ勇気出してるってのに、オレだけいつまでも臆病になってるっつーのも、情けねぇよな」
「そんな事無い、お父さんは、私の事も、皆の事も、いっぱい考えて……それで」
娘にフォローを入れられた彼は、思わず苦笑いを浮かべる。
「受けてやるよ、お前との勝負。お前が勝てば一人前。それ以上、オレから言う事もない。ただし、やるからには全力だからな。お前も、オレを殺す気で掛かってこい」
「分かった」
「それは、いつやるんだ?」
「お父さんの予定を聞いてからって、思ってたけど」
「じゃあ明日だな」
「……え、いいの? そんな急に」
「あぁ。こんな長閑な海街の領主に、危急の仕事なんてねーからな」
あはは。
「笑ってんじゃねーぞ」
彼女もクスリと笑う。
「……じゃあ、明日な」
「うん。明日」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
彼女は部屋を出ていった。夜の静かな空気が部屋を満たす。彼はまた、夜空の月を見上げていた。
「俺たちに出来る事なんて、最初から無かったのかもしれませんね」
かもなと彼は返した。