14.「擦れた少女の助言」
「あ、起きたー?」
彼女が窓の外を見る。日が暮れるにはまだ早い。うららかな日差しが部屋を照らしている。
「俺はしばらく席を外すけど、君はどうする?」
「……え」
「一人じゃ不安?」
「そうじゃなくて……一人にしていいの?」
彼女の瞳は大分金色が戻ってきている、髪も先っちょが焦げる程度だ。
「君なら大丈夫」
「……」
彼女は困ったような、嬉しいような、複雑な顔をする。
「という訳でちょっと出かけるけど、君はどうする? 部屋に居る?」
「はやては、どこに行くの?」
「お姉さまと、純真のとこに」
「……オレも、付いて行っていい? 邪魔じゃ、無ければだけど」
「いいよー、だけどあんまり騒いじゃダメだよ」
「うん……? うん、分かった」
「遊びに来たよー」
扉を開けると純真は居なかった、ただ、お姉さまがベッドに一人。
「はやてか」
「きらりも居ますよー」
「どーも」
「丁度良かった、退屈していた所だ」
お姉さまがぽんぽんとベッドを叩く、少し近い気もするがそこに座った。
「具合はどうですかー?」
「……まぁ、悪くは無いな」
「……どこか悪いの?」
きらりが聞く。
「今日はそこまでだな。少し疲れたから、ぼーっとしていただけだ」
「そうなんだ。純白ちゃん、体弱いの?」
「丈夫な方では……無いな」
「俺より弱いですよ」
「否定はしないがそれは癪に障るな」
きらりが少女の頭を優しく撫でると、お姉さまは微妙な表情で、しかし為すがままにされている。
「……きらり、私は小さい子では無いのだぞ」
「お姉さま俺もしていいですかー?」
「貴様がやったら手に噛みつくからな」
彼女はがるると威嚇する。
「純真は?」
「知らん」
「しずくと一緒ですかね。お姉さまも外行きます?」
「お前らは、すぐにここを出るのか?」
「しばらくは一緒に居れますよ」
「じゃあここでいい」
彼女はぼんやりと外の景色を眺める。潮の香りが部屋を流れていく。
「純白ちゃんって、なんか偉そうだよね」
「言うな貴様。実際偉いからな」
「お姉さまはいつでも誰にでもその態度ですよね」
「ころころ変わる方が優れているという訳でもあるまい」
と、その言葉にきらりが顔を俯かせる。
「どうした金髪」
「……きらり」
名前で呼ばれたいのか呼び名だけは訂正する。
「きらりは割と、態度が変わる方ですからね」
「ほう。貴様よりか」
「あはは」
きらりはどこか恥ずかしそうに顔を逸らす。
「今は見れないのか?」
「どうですかね。やみりーん、出ておいでー」
「な、殴るよ」
「ごめんなさい。魔術の使用直後とかは荒れまえすね。髪が黒いのがその目安です」
「魔術か。そう言えば、金髪からは鬼の気配がするな」
「金髪じゃなくてきらり」
「分かるんですか?」
「色々混じり合ってはいるが……」
「きらりは混血ですねー」
魔術という単語が出て、きらりの顔に少し陰りが出る。お姉さまがそれを見て、目を細める。
「その変化は、鬼の血の、破壊衝動とやらか」
「知ってるんですか?」
「詳しくはない。が、全く知らない訳でもない。あまり、他人事でも無い気がしてな」
「今は、その制御の訓練をしてるんですよ。有用なアドバイス、何かありません?」
お姉さまはしばらく考え、やがて口を開いた。
「力は使わなければ呑まれる事はない」
「……本当ですか? 触れない事が正解ですか?」
「しかし力に慣れなければ苛まれ、いずれ狂うだろうな」
……まぁ、そうだな。やはり魔術の修行は避けられない、か。ふむと、お姉さまがきらりの方を向いた。彼女の名前を呼ぶ。
「……なに?」
「人の道を外れた鬼と、人に馴染む鬼との違いは、何だと思う」
彼女は、少しの間考えていた。
「運命、とか」
「運命?」
「禍津鬼の暴走は、血によるもの、だから……禍津鬼が人を襲うかどうかは、生まれた時にもう、運命か何かで、決まってるんじゃないかって……」
「血の遺伝子が、禍津鬼の在り方を決めると?」
「うん……」
「違うな」
「違う……の?」
「あぁ」
「じゃあ、その二つは、何が違うの?」
それは、俺も初耳だった。
「その二つに違いなどない。初めから決まってなどいないさ。生き方を決めるのはいつも、そいつ自身に他ならない」
彼女はきらりに向けて突きつける。
「お前が選ぶといい、好きな方を。お前自身の意思で」