12.「交錯」
「一応、聞いてるかもしれないけど、教えておくべきを言っとくね。純真には発情期というか、ピンク色の煙が出てる時があるけど、触れると発情するからその時は近づいちゃダメだよ。純白お姉さまはまぁ……大体の我が儘は聞いてあげて欲しいな」
「分かった」
とりあえずそれくらいかなぁ。
「はやては、純白ちゃんの事は“お姉さま”って呼んでるの?」
「そーだねー、見た目はあんなだけど中身は大人……いや中身も子供だな」
何で俺はあの人をお姉さまって呼んでんだ?
「オレも、そう呼んだ方がいいのかな。しずくもおねーさんって呼んでるし」
「別に何でもいいんじゃない? 気にしないと思うし、存分に軽んじていいよ」
「う、うん」
きらりには恐らくただのふわふわ少女に見えている。無理に敬えというも変な話だ。
「二人とも、根は」
いい奴……かなぁ?
「根は保証しないし、無理に仲良くしなくてもいいかな」
「いや、仲良くなりたい、と、思う、けど」
「そっかー、それは良い事だねぇ」
「うん」
きらりの教育に悪い気もするがまぁいいか。
「あ、そうだ。なんなら純真に、きらりの修行に付き合ってもらう?」
「え?」
あっちにとっても、丁度いい贖罪の機会にもなるだろう。
「破壊の鬼と再生の悪魔。相性はぴったりだと思うよ」
「よ、よろしくお願いします……」
「よろしく」
舟に乗って大陸側の砂浜に。ここに居るのは俺ときらりと純真。波の音と海鳥の声、撫でつける潮風としょっぱい香り。のんびりと小さなカニが砂を渡っている。
「私の体はいくらでも再生する。遠慮はいらないから」
「遠慮って言うか……制御がきかない、んだ」
「構わないわ。痛みが無い訳じゃないけれど、慣れてるから。それで、あなたの気が晴れるなら」
「別に気晴らしにするわけじゃないけど……」
相対する二人に、一応声を掛ける。
「純真、核は守りなよ。魔人の術なら壊されるぞ」
「言われなくとも」
それもそうだ。
「危なそうだったら止めるけど、危なくなさそうだったら止めないよ」
「……ほどほどな所で止めてくれると、嬉しい」
「今回はきらりの具合を優先するから純真は頑張ってn」
「……分かった」
「じゃ、じゃあ……お願いします」
彼女が手のひらを掲げる、髪が浮き、黒い霞が噴き出す。
「“混沌を(ケイアス)!”」
*
吹き荒れる黒の嵐が大地を撫でつけ全てを平らに均していく。大地に丸く凹んだくぼ地、極めて粒度の小さい砂の上の中心に、きらりはへたりこんでいる。
「ここで待ってて」
純真を砂の上に降ろしてそう言い含め、一人きらりへと近づいていく。今のは、一際強い力の放出だった。力を使い果たし、気絶してしまったのだろうか?
足を運ぶたびに、足元で霧のように砂が風に解けていく。
「……」
彼女は沈黙し、そこでただ項垂れていた。
「きらり、意識はあるか」
ぴくり、体が動いた。いつでも反応できるように身構えながら屈み、顔を上げさせる。父親譲りの金色の瞳は塗り潰されたように真っ黒だ、彼女の髪も。
鋭い瞳が俺を貫いた。
それだけだった。
いつもならば獣のように魔術を撒き散らし、殴りつけてくるのだが、今日は大人しい……が、まさか。
「きらり?」
「……なんだよ」
「……言葉を、話せるのか?」
「……オレを何だと思ってんだよ」
驚いた。魔術の使用直後で、ここまで落ち着いている姿を見たのは、初めてで。
「気分はどうだ、俺を襲いたい気は?」
「……最悪だよ。疲れて、体が動かないから、どちらにしろ」
「立てる?」
彼女はよろよろと手を上げ、やがて力なく下ろした。
「……見ての通り」
「今なら悪戯し放題じゃん」
「……ぶっ殺すぞ」
彼女に手野平を差し出すと、一瞥して、ゆっくりとその手を取る。魔術の放出は掌からだ、彼女がその気なら、俺の右手はいつでも粉微塵になる。
ぐいと引き上げると、立ち上がったが、よろけ、俺の体にしがみ付く。
「……いてぇな」
「よく、頑張ったね」
砂浜に潮風が吹く。胸の中の彼女は、ふいと顔を逸らした。
「あ! おかー……えり?」
背中に乗せたきらりが起きている事に、雫が目を丸くする。
「きら……りん?」
「……なに」
「きらりんだー!」
彼女が駆け寄り、きらりと目を合わせる。
「真っ黒に染まった状態のきらりんをやみりんと呼称します」
「勝手に決めんな」
「やみりん、今日は大丈夫なの?」
「……」
背中のきらりは顔を逸らし、しずくの視線が俺に移る。
「とりあえずはな」
「克服できた……って事?」
「どうだろうな。禍津鬼の血の本能による衝動は、いつか消えるものじゃない」
「そう……なんだ」
「でも、まぁ」
そっぽを向いた、すかした彼女の横顔をちらと振り返る。
「昨日よりは前進したさ」
「そっかー」
しずくが逸らした視線の先に移動する。
「ねーねーやみりん」
「……なんだよ」
「私の事好き?」
「……は?」
「今なら何でも正直に言ってくれそうだなって、思って」
「その質問はうざい」
「じゃあ私の事、嫌い?」
雫が顔を覗きこむ。
「……嫌い、じゃ……無いけど」
と、そこでくつろいで寝ていた先生もやって来る。
「今日は起きてますね」
「先生は寝てんじゃねーよ」
「今は起きてますよ」
「今寝てただろうが」
「ふむ。きらりさん、元気そうですね。口は悪いですが」
先生は落ち着いた目できらりを見下ろす。
「あんたの性根よりかマシだよ」
「もう一回、私の腕を消し飛ばしときます?」
彼が無事な手のひらをひらひらと掲げる。
「……」
「あはは、これはしばらく弄れそうですね」
「……どういう神経してんだ」
「お二人の修行は、今日は終わりですか? やる事が無いなら、私はしずくさんの方に戻りますが」
「夢の中にの間違いだろ」
「……ふふ。あなた達も、しずくさんの修行を見ていますか? 彼女の懸命な姿は、見ている方まで活力が湧いてきますよ」
「寝てただろうがお前」
「まだ下手だからダメ」
「それでは、お疲れさまでした」
と、彼は砂浜に敷いたシートに横たわり、目の上に布をかぶせる……あれ魔道具店で売ってた高いアイマスクだ!
「……下ろせ」
「ん?」
彼女がよろよろと地面に足を着く。
「もうすぐそこだから、屋敷まで運ぶよ?」
「要らない」
彼女は自分の足で立つ。よろよろと、彼の方へと歩いていき、
「……?」
思い切り砂を蹴り上げ、大量の砂が先生に飛び掛かった。
「ぶへぇっ!」