7.「金剛原石」
「ふーくん、きらりん、せんせー! 見て見て!」
今日も砂浜。シャチはやべーのが居ると学習したのか今日は来ていない。ざざぁざざぁと、不規則な波音が心を穏やかにさせる。
「ウォーターボール!」
彼女が掲げた手のひらに青光が渦巻く、それは凝集し——
水球が現れた。綺麗な弧を描く完全な球体だ。一瞬の後、重力に引かれて落ちていく。
「魔法、もう覚えたのか」
「すごいでしょ!」
「私も初めて見ました。いつの間に覚えたのですか?」
「今日の朝ね! 試しにやってみたら出来た!」
「……早いねー」
「うん!」
雫はくるくると回り嬉しそうだ。イルカかな?
「丁度いいですね、今日は合同訓練にしましょう。私も体を動かしたいと思っていた所です」
「ごうどう? いつも一緒にしてるけど」
「今日はやる事も同じですよ」
彼が俺たちを見下ろす。
「三人で協力して私と戦ってください。方法はお任せします。誰か一人でも、私に一撃でも入れる事が出来れば合格です」
連携の修行か。
「合格したらどうなるんです?」
「私が危ないので止めにします」
「もっと頑張ってくださいよ」
「とは言うものの、今日は無理でしょうね。あなた方が襤褸雑巾のようになって突っ伏すのが先でしょう」
「そちらからの手心は無いんですか」
「嫌ならいいですよ」
彼が腰の直剣を抜く、魔道具である風の鞘で刃は守られているが、当然鉄の棒で殴られれば痛い。
「正々堂々戦いましょう」
「お疲れさまでした。次は勝てるといいですね」
結果から言うと惨敗だった。
後ろから水球をぽんぽん放っていた雫は魔力切れで気絶。俺はいつも通りひたすら防いでいるうちに体力が切れ脱落。
残るきらりも、優れた身体能力と耐久性で彼に立ち向かうも攻撃が当たらず一方的に殴られ、むしろ優秀な耐久性のお陰で長時間殴られ続けそこでびしゃびしゃのぐちょぐちょのぼろぼろの襤褸雑巾みたいになって倒れている。最後の方は半泣きだった。
「しかし、少し物足りませんね。時間もいつもよりまだ早いですし。元気があるならまだ付き合いますが……」
沈黙が返る。
「まぁ、今日はこれでお開きにしましょうか。それではみなさん、また明日」
「ありがとうございました……」
きらりだけが律儀に返した。砂を踏む足音は一つだけ去って行く。波の音が残る。
仰向けになると、青空が見えた。綿を丸めたようなふわふわの雲がのんびりと空を流れていく。ぱたぱたと通り過ぎる海鳥も、気に掛ける事無くゆっくりと。体の力を抜き、波の音に心を揺らしながら、ただ青空を眺めていた。
と、ざりざりと這う音がする、見ればきらりが寄って来ていた。頭の上の方に、仰向けで俺の顔を見てくる。
「強かったね」
「あぁ……」
「はやては、もう少し強いものだと思ってた」
「まぁ……色々制限はあったけど、あの先生が強かったよ」
「そうなんだ。お父さんには、勝ったって聞いてたけど」
「その時は魔術も魔法も使ってこなかったしね」
はぁと、ため息をついて空を眺める。自分の弱さを自覚するのは、いつもの事だ。負けるのは、久しぶりかもしれなかった。久しぶりだったからちょっと……凹んでるかもしれない。
「凄かったね、魔法剣」
「あれは見た目だけだよ。練度は高いけど、魔法剣自体は強い技じゃない」
「そうなの?」
「それよりも、洗練されたあの戦い方だな。まるで隙が無い。その癖攻撃は激しいし鬼みたいに体力もある、魔人の耐久力と争ってなんで汗一つ掻いてない……魔法剣の威力も地味に痛くて……どこの流派だろう……騎士王隊の正統流派じゃないんだよな……」
きらりはふーんと返す。
「はやては、オレより色々見えてるんだね」
「……知識はあるからな。知ってても、どうしようもない事も多いけど」
やはり双剣の習熟はまだまだかなぁ……。
「きらりは、体は大丈夫か?」
「節々は痛いけど。明日には治るから大丈夫だぜ」
「さすがの耐久性だな……」
「痛いものは痛いけどね、殴られたら」
俺たちの頭上を、ただのんびりと綿雲は流れていく。今日もいい天気だ。
「魔法、使わなかったな」
「……制御が甘いから、二人の方に当たっちゃうと思って」
「魔術も」
「……うん」
彼女は俯く。
「……しずくは凄いね。二日でもう、魔法覚えちゃった。私は、覚えるのに時間が掛かって、それでも使い物にならなくて。……魔術なんて練習さえしてない。ただ安全な方、楽な方に逃げて、嫌な事には蓋をして……」
あふれ出したように、きらりは言い連ねた。
「オレなんか……」
その先の声は、波の音でかき消されるくらい、か細かった。
疲れが尾を引く体に鞭打って、上体を起こした。
「俺は弱い事を知ってる。だから修行を積んで強くなる。でも、いつか強くなる事を知ってるから、今自分が弱い事を貶めない、恥ずかしく思わない。弱い自分を認められない、前に進めない、そんなかっこ悪い奴にはなりたくないから」
“自分が弱い事を認める覚悟も無い人間に、前に進む資格はない”から。
「俺もしずくも前に進む。強くなってこの島を出ていく。俺たちはただ一緒の時に出て行くんだ。俺がしずくを、しずくが俺を、手を引っ張って連れていくわけじゃない」
押しては返す波の音が、静かに俺たちの心を揺らす。
「きらりは、どうしたいんだ?」
背後で突っ伏した雫の頭に、真っ白な海鳥が乗っていた。