6.「放課後」ii
「今日も一日お疲れさまでした。それではまた明日」
「「「ありがとうございました」」」
仕事が終われば直行直帰、彼はさっさと帰って行く。
「今日はどうするー?」
「俺は宿屋に行くよ」
「宿屋?」
彼女が首を傾げる。
「ほら昨日、服屋の人が言ってただろ。俺たちの他にも、旅人が来てるって」
「何で会いに行くのー?」
「その人たちは、騎士王隊の任務で来てるらしくてな」
「騎士王隊」
「悪い禍津鬼たちを退治してくれる強い人たちだ」
「まがつき……ってなんだっけ」
今隣に居んだろ。
「”世界の外”から現れる生き物。形も能力もこの世から外れてる。大抵は本能的に人を襲う」
「きらりんは襲わないよ」
「襲わない方が特殊なんだよ。見つかる禍津鬼はほとんどが人間の敵。騎士王隊はそれを退治してくれる人たちで、彼らがここに来てるって事は、この近くに禍津鬼が居るかもしれないって事、だから一応事情を聞いておこうと思って」
「へー」
「まぁ話聞くだけだし、お前らは遊んでていいぞ」
「私も行くー」
「じゃあオレも」
「それでー? 私たちに聞きたい事ってー?」
宿屋で会い、場所を変えようという事で喫茶店に。
「俺たちは暇じゃないんだが……」
男の方が苦い顔で溢す。
「まーまー、事情聴取も大事だよ」
「すみません、忙しいなら、無理に付き合ってもらわなくてもいいんですけど」
「あぁ、良い良い、気にしないで、丁度こっちもやる事無くなっちゃってたから。あと敬語は無し」
彼女は手をひらひらと振る。
「騎士王隊が来たって事は、この近くに禍津鬼が居るって事だよね。詳しく聞いていいですか? 出来る事は無いですけど、一応、知っておきたくて」
「いいよー、私たちが探しに来たのは千鳥」
彼女はあっさり応えてくれる。千鳥か。分かりやすい奴で助かった。
「千鳥は、簡単に説明すると浮遊した銀色の球、それに前後にかぎ針を付けたような形をしてる。高速回転してそのかぎ針で攻撃してくるんだ。それ以外に特殊な能力は無し、対処自体は楽だね」
「……? あんまり強そうには聞こえないね」
しずくが言う。
「一匹ならね。最大の特徴は千匹前後の群れで行動する事。千体まとめて襲って来た時の破壊力は圧巻でねー……何もかもすり潰して、後には何も残らない」
「……」
「出会っても、戦う事は考えちゃダメだよ、彼らは体同士がぶつかってけたたましい音が鳴るから、それが聞こえたら一目散に逃げて、私たちを呼びに来て」
「どれくらい強いの?」
「今の俺たちじゃ逆立ちしたって敵わない。この人たちなら、多分余裕だろうけど」
「へー、二人は強いの?」
雫の問いにくすっと彼女は笑う。
「任せてよ」
それで雫も納得したらしい。
「私たちと年ほとんど変わらないのに、すごいねー」
「いっぱい修業したからねー」
「私も同じくらい強くなれる?」
「きっとなれるよ、私だって最初は弱かったし」
「じゃあ私も頑張る!」
「うん」
えへへと雫が頭を撫でられているがその子年下だね。
「ところで、今度は私たちから聞きたいんだけど、最近ここらで変な事は起きてない? 何でもいいんだけどね。千鳥の痕跡はここから西の方で見つけて、それ以外どこを探しても音沙汰が無くて困ってるんだ」
「んー……」
ここに詳しいのは、俺よりもきらりかな。さっきから人見知りを発動してだんまりだけども。
「きらり、何かあったか?」
「……オレは何も聞いてない。何かあったら、既にお父さんがどうにかしてると思うし」
それもそうだ。あの人なら千鳥の対処くらい余裕だろう。
「お父さん? ……あれ、という事は君があの勇者の娘!?」
「そ、そうだけど」
音魔がきらりに詰め寄る。
「すごい、会いたかった! こんなに可愛い子だったんだ! 握手してもいい!?」
「……オレは別に、すごく無いけど……」
きらりがおずおずと握手に応じる。隣のもう一人の少年は、窓の外を眺めながら暇そうに欠伸をしている。
「それもそうだね! この島はあの人がいるから安心だ!だからこの島には寄り付かなかったのかなー?」
「俺は二日前に南の方から海岸線に沿って来たけど、そっちは何も無かったよ」
「おーけー、南ね。森に跡が残ってたのは西だから……北に向かった……? それとも海を渡って……人の居ない場所に禍津鬼が向かうかな……」
千鳥探しは難航しているらしい。
「聞きたい事はそれで終わりか?」
と、少年の方がぶっきらぼうに聞く。
「あぁ、時間を取ってしまってすまないな。何かあったら頼むよ」
「いい。終わったなら行くぞ、音魔」
彼が立ち上がる。
「……え!? 待ってよ黒、まだ頼んだケーキがー!」
「だらけている暇はないって言ってんだろ」
「私のケーキー!」
彼が彼女を引きずりずるずると去って行く。
「……後で宿屋に差し入れ持ってくか」
「じゃあ、俺は先に屋敷に戻るから」
「ふーくんは遊ばないのー?」
「そんな元気無いよさすがに」
むしろなんでお前は有り余ってんだよ。旅ぶ、修行、遊ぶ、修行のループ。俺から吸ってんの? 返してくんない?
彼女たちを見送った。さてと、足を屋敷に向けようとすると、
「……?」
見かけない姿があった。この街にはそぐわない、異質な雰囲気を纏った女性だ。最近ここに来たのは、俺たちと騎士王隊の二人くらいの筈。また誰か来たのかな……と、その後ろ姿を眺めていると、突然振り返る。
「……」
じっと、目が合っていた。くす、と笑い、彼女はそのまま角を曲がる。急に、街の賑わいがうるさく感じられた。
「ただいまー」
と、屋敷に声が静かに響く。返事が返ってこない。悲しい。カレンはどっかで作業でもしてんのかな。
部屋に戻るまでにも、誰にも会わなかった。まぁ執務室に行けばアルトが居るんだろうけど。着替えを手に持ち、風呂場に向かう。風呂の水は魔力製だ、確か、透明な魔石をつぎこめばお湯が湧き出すとか言ってたはず。
服をポイポイと脱いで風呂場の扉を開けた。
「あ、おかえり」
「……」
カレンは腕をまくって膝を付き、風呂場の浴槽を洗っている所だった。
「オレは気にしないからそのまま入っていいぞ」
「お邪魔しました!」
汗を流し終え、部屋に戻ると。
窓の外から化け物が覗いていた。
「にゃぁ」
「何だネコか」
よく見ればクソでかいがただのネコだ。ネコの頭が俺の肩の高さにある。まじででけぇ。これは魔物由来の巨大化だろうか。普通にオオヤマネコとか、その辺の説もある。
「どしたー? ごはんなら持ってないぞー?」
窓を開ける。
「すまないな」
「お前ネコじゃないな」
「分類で言えばネコだが」
ぴょんと軽く窓を飛び越え部屋の中に入って来る。ちょちょちょ、
「噂を聞いて何者かと顔を見に来てみれば、なんだ、ただの少年ではないか」
「お前が何者だよ」
「ネコだぞ。名前はテス。この島に住んでいるただの飼い猫」
ふんすふんすとそこら辺で丸まり毛づくろいを始める。
「言葉を話せているのが気になっているのであれば、最近のネコは人語を喋るぞ」
「そっか。そんな訳あるか」
「冗談だ。彼女の加護のお陰さ」
……。
「……“ジェントルキャット”か」
「彼女から私の事を聞いているか」
「少しな」
「怖いか?」
「まぁ、でかいのは少し。怖いかもな」
「正直な奴め」
「同居人が見たら喜んで飛びついてくると思うぞ」
「そうか。傷つけぬよう、気を付けるとしよう」
彼……彼女? 性別どっちだ? テスに近づく。爪は鋭く、毛並みは艶やかだ。
「……触ってもいいか?」
「乱暴には扱うなよ」
手を埋めると、もふもふだ。首の下を撫でると気持ちよさそうに目を細めていた。
「でかいネコがいるー!」
「んん……?」
彼女の声で目を覚ます、意識も覚束ないまま周りを見れば薄暗い。もう夕方か。ぐっすり寝ていたようだ。体を起こせば、暗い部屋の中に二人の姿が見える。
「私もネコと寝たいー!」
「久しぶり、テス。来てたんだ」
「今日も元気そうで何よりだな、小娘」
「うわぁああああしゃべったぁああああ!」
「寝起きにうるさいんだけど……」
「島に騎士王隊の方が来ているようですが」
「あぁ。千鳥を探しに来たんだってな」
彼は何てこと無いように答える。
「任せて大丈夫ですかね」
「あいつらを知らないのか? 大丈夫だろ」
「あぁいえ、そうでは無くて。任せっきりでいいんですかね、俺」
「そっちにも首を突っ込むつもりか。お前に何か出来んのか?」
「戦闘はさっぱり。情報系なら何とか」
「要らんだろ。子どもは大人しく遊んどけ」
「彼らだって子どもですけどね」
まぁ、対禍津鬼のプロである。千鳥の一件は一旦忘れていいか。
「……きらりの方は、何かあったか」
「いえ」
「……何もしないのか」
「何かするのは彼女ですよ。手伝いはしますが」
ふんと、アルトは鼻を鳴らす。
「何も出来ないの間違いじゃねーのか」
「俺に期待はしないんじゃなかったんですか?」
彼はまた、窓の外を眺める。
「なぁ、オレはどうすりゃあいいんだ、賢者の弟子。教えてくれよ」
独り言のようなその言葉に、返事を返すか迷ったが。
「本人に聞いてみたらどうですか?」
「聞いて、返って来た言葉が正しいのか? 違うよな……」
魔人の力に一切触れさせなければ、彼女の暴走のリスクは減らせるかもしれない。けれどそれは彼女は彼女の力で生きていくために、避ける事は出来ない。
彼女の中で完結する問題ならば良かったのだろうが、そうではない。暴走した禍津鬼は我を忘れて人を襲う、かつての魔王のように。勇者である彼は、次なる魔王の芽を、無視する事は出来ない。
娘に自由を与えるか。世界の安寧の為に彼女を鳥籠に閉じ込めるか。彼は迷っている。
「俺が答えてもいいですけど、娘さんに聞いた方がよっぽど、有意義な答えが返って来ますね」
「……お前は答えを知ってるのか」
「俺は、あの空の賢者の弟子なので」
「……」
「聞かないんですか?」
彼はやはり、苦虫を噛み潰したかのような顔で俺を睨むだけだった。