4.「放課後」
「それでは、今日の訓練はここまでにしておきましょう。お疲れさまでした」
「「「ありがとうございました」」」
ヨウ先生の青空教室は終わって放課後。彼はさっさと帰っていったが、日はまだまだ高い。
解散モードの俺たちに、きらりがおずおずと申し出てきた。
「あの……これから一緒に、街を見て回らない?」
「行くー!」
と、雫は即答する。それから、彼女たちの視線がこちらに向く。
「ふーくんはどうするー?」
……正直旅の疲労がまだ取れてないし、今日の修行の疲れもあるが。しかし、きらりが期待を込めた目でこちらを見ている。まぁ最初だし。
「俺も行くよ」
「やったー! 三人で街巡りだー!」
準備を整えて、屋敷の表に出てきた。
「どこ行きたい?」
「いー感じにオススメの場所に連れてってー!」
「わ、わかった……」
きらりが先導して歩きだす。
「えっと、どうしよ……あそこが八百屋さん、あっちに行くと魚屋さん、肉屋さん、服屋さん……あ、あそこの魔道具屋さんは良いかも」
「まどーぐやさん?」
「魔道具、知らない?」
「しらなーい」
「……行ってみる?」
「行くー!」
とりあえず彼女たちの後ろを付いて行く。と、きらりがちらちらとどこかの方向を気にしていた。
「どうした?」
「……ううん、何でもないぜ」
気になって彼女の視線を辿ると服屋があった。そっちも後で行こうな。
からんからんとドアベルが鳴る。中は入ると、少し暗い。木材の床や壁の色がそうしているのだろう、四角いガラス窓から差し込む景色は眩く、店の中には雑然と色んなものが並んでいる、片側には雑貨類が、もう片側には山のように積み上がった木箱、その中にぎっしりと詰まっているのは、透明な石。
「おじさーん! お客さん連れて来たよー!」
「おー! きらりちゃんいらっしゃーい! その子たちは友達かい?」
「うん!」
彼女は親し気に挨拶を交わす。冒険が好きだと言っていたから、恐らくここにもよく通っているのだろう。
「この店の事は何でも知ってるから何でも聞いてくれていいぜ!」
彼女は自慢げにそう言う。
「このいっぱい並んでる石はなにー?」
「それは魔石だよ」
「この並んでるの、全部?」
店の半分は、その魔石が詰まった木箱で埋まっている。
「そうだぜ。と言っても、いっぱいあるのは質の低い奴だけど」
「しつのひくい?」
「魔石って分かる? 魔石っていうのは、竜脈の力の流れが固まった物なんだけど、質が低いのはこんな風に透明で、質の高いのは、あっちに並んでるみたいに濃い色が付いてるんだ」
きらりが奥にあるショーケースの方を指さした。そこには、まるで宝石のように、色とりどりの綺麗な原石が並んでいる。
「先生の持ってたやつ!」
「あ、そうだよ、先生が持ってるのは質の高い方。濃い色のついた奴はね、色に応じて属性って言うのを持ってて、魔力を通すと属性の現象を起こすんだ」
「へー、じゃあ、先生は魔法を使うためにあんな色んな魔石を持ってたのー?」
「どう……かな。魔石は持ち運べる財産としても優秀なんだぜ。軽くて高価だし、丈夫だし、値段も安定してる。あれはただ単に、お財布の中身かも」
へぇ、魔石は通貨代わりにも使えるのか。
「あっちの透明なのは、何に使うの?」
「あっちは主に魔道具の燃料、かなぁ。魔石は魔力の塊みたいなものだから」
「魔道具ってなに?」
「魔力を通して使う、魔石を用いた色んな道具の事。あっち側にあるよ、見た方が早いかも。生活の色んな所でも使ってる筈なんだけど……どこで暮らしてたの?」
きらりが雫を見た。
「発展しすぎて、逆に要らなかった的な」
「発展……魔法都市? ……なら魔道具は使ってる筈だし……王都、は普通に流通してるし……もしかして、見栄張ってる?」
「私の居たとこはここよりは都会だが?」
「ん?」
「え?」
「あ?」
「お?」
二人がわちゃわちゃし始める。
「へー、色んなのがあんだなー」
屋敷の様々な所で使われていたが。部屋の照明も、魔力で灯る魔法の灯り。この世界では電化の代わりに魔法化が進んでいるのだ。
「あ、そう言えば金ないや」
「欲しいのあったらオレが出すよ!」
「いや、魔石はあるから換金してくるよ」
「……え、どこの魔石? 見たい! どこで取ってきたの?」
「どこで取れたって言うか……まぁ、一緒に来てくれ。おじさーん! 魔石の買い取りをお願いしたいんですけどー!」
「おー?」
接客を看板娘に任せていた、店主のおじさんが奥から出てくる。
「これなんですけど」
袋からごとごとと落とす。彼はそれを見てピタリと動きが止まり、いぶかし気に眺める。
「買い取れますかね」
「なんだ……こりゃあ」
それは、小さな、雫型の半透明の石だ、ミルクを混ぜたようにもやがかかっている。
「見た事ねぇな、白い魔石……属性は何だ?」
「属性……」
「分からねぇなら、俺が一旦使ってみるが」
「はい。……あ、やっぱり待ってください、ちょっと危ないかもしれません。俺が使ってみてもいいですか?」
「お? おう」
「確か、魔力とかいう奴を流すんですよね。少し離れていてください」
彼らが離れたのを確認し、テーブルに置いた手のひら、その上に真っ白な水滴のような石を置く。そこにぞわぞわと感触がある、何かを吸い込まれるような、ぼんやりとした流れだ。それをすこし、ほんのちょっとだけ……――
途端、光が噴き出した。
「うわっ!?」
慌てて手のひらに押し込める、噴き出した濃い、ミルクのような光の流れは机の上を漂い、少しずつ解けるように、空気の中に溶けていった。
後には、歪にゆがんだテーブルだけが残った。端が、引き延ばしたように捻じれている。……天井にも届いてしまったようで、少し凹んでいる。
「……すみません、机をダメに……」
「いや……そんな事より、今のは……」
「属性は……純粋な変異……だと思います。あっちの透明な石を、どの色に属する事も無くただひたすらに純度を高めたのが、この石」
「変異の石……」
彼が手のひらの上の小さな滴を見つめる。
「売れ……ますかね。テーブルの弁償は……その中から……」
「あぁいや、テーブルは良い、別にちょっと歪んだだけだ……ただ、その石はうちでは買い取れないかもしれない」
あぁ……やっぱり。
「値段の付け方が分からねぇ……と言うか、うちの金じゃ買いきれないかもしれねぇ」
「あ、高すぎてって意味ですか」
魔石「俺なんかやっちゃいました?」。お前が俺ツエーすんのかよ。
「値段はそちらでお任せでいいですよ。とりあえずお金が欲しいので。きらりの紹介のお店なら、ぼったくりもないでしょうし」
「あ……あはは……そりゃ誠実にやらねぇとな……とりあえず、今俺が用意できる最大の額を出すさ……どうしても、他の街の店が出せるよりかは、大分少なくなっちまうだろうが」
「その時は、ここで何か買うのでまけてください」
「……おう、任せろ」
彼がおっかなびっくり、白い水滴を一つ取って小さな袋に入れた。そのまま大事にしまう。余った石は俺の懐に帰って来る。
「お金は、しばらく預けといていいですか? これから街を見て回る予定なんです」
「あぁ、分かった。重いって言うんなら、なんなら減らしてやってもいいぞ」
「あの?」
「あはは、冗談だ」
彼は、ようやく緊張が解けたようだ、豪快に笑った。
「ふーくん、今のってむぐっ」
雫の口を手でふさぐ。
「すみません、出自は特殊なので言えないんですけど」
「あはは、いいさ」
と、きらりがくいくいと引っ張って来る。
「どした?」
「財産として持ち歩くなら、魔石に換えたら良いよ」
そう言えばさっき言ってたな。でも、
「魔石をお金に変えて、また魔石に換えるのか?」
「そうだぜ。街で一番安く買える物を買って、他の街で高く売れるものをお金に換える。ここでまたお金に換えるならあれだけど、ここの特産を買って他の街で売るなら、損にはならない……はず。やった事無いから、分かんないけど」
「へぇ、そうなのか」
両替みたいな感覚で気軽にやっていいのかな。でも、どれがどこで高いとかよく分かんねぇな。
「換金する魔石の選定は、きらりに任せていいか?」
「……うん」
彼女はえへへと表情を綻ばせる。
「ここの特産? っていうのはどれなのー?」
「この近くの竜脈の属性は青緑……あれ、水流の魔石だぜ」
きらりが指差したのはショーケース、ではなく木箱の方。よく見れば、薄く色づいた魔石の箱もあった。恐らくそれは安いのだろう。青緑の透明な石がごろごろと詰まっている。
「すいりゅーのませき?」
「そのまんまだよ。魔力を流すと水流を作るの。用途は限られるけど、舟の動力とか、結構需要はあるんだぜ」
「へー」
なるほど、それがこの島の特産か。貿易があるとして、この小さな島から、何を輸出するのだろうと疑問に思っていたのだが。
「ねーねーふーくん、お金いっぱいあるなら何でも買っていいんだよね」
「お金はいっぱいあるけどお前は何でも買っちゃダメだよ」
「ふーくんこれ欲しい」
彼女が差し出してきたのは……目隠し?
「なにこれ」
「魔法のアイマスク! 闇の魔石で昼でも安眠!」
「値段は?」
「3000ライト! 冒険者は休息の質が大事だと思うんだ!」
たしか一円≒一ライト。アイマスク一つが三千円。
「却下。手拭いでも被ってろ」
「なんでー!」
「ただいまー……」
「おかえりー。どしたー? なんか疲れてんなー」
一人屋敷に帰って来ると、カレンが出迎えてくれた。
「服屋に行ったら、着せ替え人形にされて……」
「あはは、まぁ年頃の女の子だなー」
カレンはけらけらと笑う。
「風呂はどうするー? もう出来てるぞー」
「あー……後でいいよ、二人もすぐに帰ってくるはずだから、あいつらが先で」
「二人の出汁が目当てかー?」
「違う。ゆっくり入りたいだけ」
「オレも先に入っててやろうかー?」
「要らない。そもそもお湯は湧き出してるから流されるだろお前らの成分」
「あはは」
途中で別れ、一人自室に向かう。カレンは家事、アルトも仕事、特にやる事も無く、窓の外を眺め、ぼーっと考えていると。
「ただいまー」
振り返ると入り口に雫が居る。
「おかえり」
「何してたのー?」
「ちょっと、考え事をな」
「ふーん」
彼女が仕切りの向こうで荷物をごそごそとあさる。
「きらりんの事ー?」
「……そうだな」
「きらりんは私のだよ」
「狙ってねーよ。お前のじゃねーだろ」
風呂の支度は出来たらしい、ひょこりと顔を出す、彼女と目が合った。
「じゃあ私、お風呂行ってくるねー」
「お前が先って事は、俺はきらりの後か……終わったら呼びに来るよう、伝えてくれない?」
「ううん、今きらりんが入ってるよ。今から乱入するの」
「やめてやれよ。昨日恥ずかしがってただろ」
「きらりんがね、“オレの方が胸ある”とか言い出すんだよ。見せつけてやらないとね、私の、オトナボディーを」
「ふーん。知らんけどお前の方が小さいんじゃね」
「あとで殺すからね」
彼女が器用に頭の上に着替えを乗せ、ドアの方へと歩いてく。
風呂から帰って来ると、二人がベッドに座り何やらしている。
「あ、はやて。ごめん、勝手に部屋入っちゃって」
「いいよ。何してたんだ?」
「しずくが、宝物見せてくれるって」
見ると、白いシーツの上に色鮮やかな石が散らばっている。彼女のコレクションだ。
「ふーくんも見るー?」
「全部見た事あるし、別にいい」
「見てて飽きないよー?」
「お前はな」
「そっかー。まぁふーくんは下着にしか興味ないしね」
「やめろ。その言い方だと俺が下着集めてるみたいになるだろ。きらりは真に受けて後ずさるな」
「ふぁぁあ……」
夕食を食べ終え、娯楽も無ければ仕事も無い、日が沈めば後は寝るだけ。
「今日もきらりのとこで寝るのか?」
「毎日そーだよ」
「……この短期間で、随分仲良くなったな」
「私が距離を詰めたからね」
なぜか彼女は自慢げだ。迷惑にはならないようにしろよ、と言い掛けたが、俺が言う事ではないかと思ってやめた。
「ふーくんはこれから寝るのー?」
「いや、アルトさんと、ちょっと話を」
「この短期間で随分仲良くなったねー」
「おいやめろ。……楽しい話、じゃないしな」
「がんばえー」
彼女は去って行く。呑気な奴め。