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3.「青空教室」

「初めまして、私はヨウといいます」

「「「よろしくおねがいします」」」

 

 ここは屋敷の裏庭。島の最奥に位置し、海から距離を取って切り立ち、崖下に広がる海を一望できる景色の良い場所だ。海と空に囲まれ全てが青い。俺たちは屋敷の影、端の方に転がった樽の近くに集まっていた。


「それでは、一人ずつやる事を決めていきましょうか」


 彼はヨウ先生、以前からきらりの家庭教師を頼まれているらしい。


「はい先生!」

「なんでしょう、しずくさん」

「私魔法が使いたいです!」

「しずくさんは元気がいいですね。魔法……と言うと、冒険者が使うような、攻撃用の魔法でしょうか、それとも生活用の——」

「まったく分からないので一からお願いします!」

「まったく……ですか? ……分かりました」


 彼の反応には間があった。一切魔法を使えないというのは、この世界では珍しいのだろうか。


「はやてさんは何がしたいですか?」

「俺は……」


 どうするか。魔法をちゃんと覚えたい気もある……けれど、先にやるべきは、


「剣術の稽古をお願いします」

「剣ですか。得物は……その腰の剣ですね。面白い武器です、教えられることは少ないかもしれませんが、剣の相手ぐらいなら務めましょう」


 そして、最後に彼の視線はきらりに向いた。


「きらりさん、今日はどうしますか?」


 彼女は少しの間迷っていた。


「今日は……体術で」

「そうですか」


 体術? きらりは魔法使いじゃなかったっけ。雫も気になったらしく、同じ事を質問する。


「きらりさんはですね、近接型の、魔法格闘(バトルマジック)という特殊な戦い方をするんですよ。彼女にとって体術は重要な要素です」

「へぇ」


 きらりは近接か。


「それでは皆さんのやる事も決まりました……が、しずくさんは魔法を一から覚えたいという事で、しばらく付きっ切りになってしまいますね……はやてさん」

「はい」

「きらりさんと、腕相撲をしてみてくれますか?」


えっと……腕相撲?


「あなたの基礎的な能力を見ておきたいので」

「まぁ……いいですけど」


 それで腕相撲? と、彼がごろごろと樽を押してくる。きらりは乗り気らしく、いそいそと樽の上に腕を置いた。これで何が分かるというんだろう。

 彼女の手を握るとやわっこい、暖かい手だ。しばらく握って居たいような気もして、頭を振って邪念を払う。


「あなたが負けるので全力でやっていいですよ」

「え? いやいや。流石に負けるわけ無いでしょ。確かに筋力に自信は無い方ですけど、相手は一つ下、それもこんなに華奢な女の子ですよ? 俺は旅をして筋肉も付いてる。俺が負けるはず」

「レディファイ」

「いでぁ!?」


 ダァン!と腕は勢いよく地に着いた、付いたのは俺の手の甲。


「腕っ! 腕無いなった!?」

「付いてるよ」

「ぐぅぅお……っ!」


 重機で引きちぎられるような強烈な牽引に、俺の肩がひとりでにぶるぶると震える。


「あっ、ごっ、ごめん! 大丈夫!?」


 きらりが慌てて腕を離す。


「腕は大丈夫……」

「あははふーくんよわーい」

「お前も腕相撲させるぞ……」

「すみません、速すぎてよく分からなかったので、もう一回お願いできますか?」

「鬼畜……」


 プルプルとどうにか立ち直る。そうだ、魔人は人型禍津鬼、身体能力はずば抜けて高いのである。この見た目少女は、普通の女の子では無いのだった……。


「まぁ、これなら大丈夫そうですね」

「何を見て?」

「私はしばらく魔法の授業をしてるので、あなた達は二人で組み手をしてください」


 組手が成立するかの腕相撲だったわけか。じゃあ成立しないよね片方ケガするよね。


「はやてさんは、そこの木剣を使ってもらっても大丈夫ですよ」


いや俺の心は大丈夫じゃないですけど。そんな事を言ってる場合ではない。だがしかし、


「……俺も素手でやります」

「そうですか。まぁ木剣で防いでも折れますしね」

「今聞き捨てならない事が聞こえたんですけど」

「ではしずくさんは魔法、二人は体術という事で。今日の授業を始めましょうか」

「先生やっぱり辞めていいですか? 先生? 先生! 先生! これもしかして都合よく相手を押し付けただけなんじゃないですか!?」



 *



「よろしくお願いしまーす」


 ふーくんときらりんはあっちで、私は先生と日陰の方で座学。


「はい、お願いします。しずくさんは魔法に関してほとんど知らない珍種との事なので、まずは原魔法の習得からやっていきましょうか」

「珍種?」


 彼がごそごそと懐を探り、小さな子袋を取り出した。袋をひっくり返すと石が出てくる、透明、ではあるが、どれも塗り潰したように色が濃い。赤、青、緑、黄、水色、紫の六つ。綺麗な石だ。


「これは魔石です」

「ませき……」

「見ていてください」


 彼が手のひらに緑の魔石を置き、目を閉じた。見ていると、手のひらからぼんやりと淡い光が流れ出す、それはくるくると魔石の中に吸い込まれていき、光は石の中に閉じこもり、わだかまる。光は徐々に溜まっていき、輝きを高め、そして——


「我が願うはか弱きそよ風」


 風が吹いた。ふぅぅぅと、石の表面に穴が開いたように、光が風となり石から吹き出している。光はすぐに空っぽになった、同時に風も止む。


「これが原魔法ですね」

「たしかスカートめくりの魔法ですよね」

「個性的な呼び方ですね。私は風の原魔法と呼んでいます」

「ふーくんが私のスカートをめくった魔法ですね」

「色恋に興味無さそうに見えて、彼も意外とやってますね」


 別にわざとでは無かったけどね。まぁ別に言わなくていいや。


「それはさておき。おさらいのつもりで聞いてください。今して見せたように、魔石は魔力を通すと現象として放出します。魔石には様々な属性があり、それぞれ対応した現象を引き起こす。しずくさんも、一度やってもらえますか?」

「ふふふ任せな」


 先生が緑の魔石を渡してくる。手のひらに乗せ、目を閉じる。

 感覚を研ぎ澄ますと、色んな物が聞こえてくる。海の音、風の音、頬に風が当たる感触、鈍い打撃音、ふーくんの悲鳴、海鳥の鳴き声。それらを無視して自分の体を探ると、体の中の何かの流れを、手のひらの石が乱しているような、そんな感覚を見つける。

石が私から何かを吸っているのだ。ふーくんに教わったのは確か……こう、それを、自分から加速させる、流れを石に向けて押し流す。

目を開けると、ぼんやりと石が光を放っていた。こうして——


「風よ!」


 こう! ぶわぁと、風が石から噴き出した。やった、成功だ! 荒々しく不規則に風は撒き散らされる、先生と比べると繊細さの欠片も無いな。


「上出来ですね、よく出来ました」

「本当ですか? 先生みたいに綺麗にしたいんですけど」

「慣れですよ、そのうち勝手に整うので、今は気にしないでください」


 彼に石を返す。


「これが原魔法です」


 今のが原魔法。


「魔石はいわば魔法の補助道具、魔石で魔法を使う感覚を覚え、そして魔石を使わずに魔法を使えるようになる。それが魔法の習得への第一歩となります。しずくさんは今からこれをやっていきましょう」

「魔石なし? 魔石なしでも魔法が使えるんですか?」

「使えますよ。見ていてください」


 彼が石を袋に戻し、何も無い手のひらを天に掲げる。


「我が願うは勇敢なる炎!」


 ぶんっ、と、眩い火球が勢いよく飛び出した、それは花火のように天を駆け、弾ける事無く小さく消えていく。私の目に光の軌道が焼き付いた。


「これが、我々が扱う本来の魔法」

「すごー……」

「私のは特に即時性と貫通力に秀でていますね。魔法使いの扱う魔法はもっとすごいですよ、準備に時間こそ掛かるものの、大規模大火力、敵を一網打尽に出来る強力無比な必殺技となります」


 先生が謙遜するが今のも十分すごかった。これが魔法かぁ……。


「じゃあ、魔石は補助輪みたいなもの?」

「補助輪が何かは知りませんが多分違いますね」

「合ってると思うんですけど」

「まず、水の魔法から覚えましょうか。安全ですし、見た目で威力も分かりやすい」

「分かりましたー」


 彼が青い魔石を渡してくる。


「どうやって魔石なしで魔法が使えるようになるんですかー?」

「慣れですね」

「慣れ」


 また慣れか。


「極限まで効率化した技が、スキルとして固まると言われています。球形を極めればボール系統の型、射出系を極めればアロー系統の型に」


え? スキル? 固まる?


「スキルとして覚えた魔法は常に同じ威力、同じ消費、同じ形になるんです。一応、細かい調節は出来なくも無いですが、あまり崩しすぎると発動しなくなるので、上級者向けです」


 へー、よく分かんないけど、


「どんな型があるんですかー?」

「世の中にはいろんな型がありますね。まずはあなた自身で自由に探しましょう、あなたにとって一番いい形を」

「はーい」

「何か質問はありますか?」

 

 ちょっと気になっていた事を聞く。


「なんか、先生が言う“我が願うは!”みたいな言葉って、必要なんですか?」


 必要ないなら、ちょっと言うのが恥ずかしい所あるけど。


「必須では無いですね。けれど、発動を安定させるためのルーチンワーク、仲間へ発動する魔法を教えられる、使っている魔法の流派が分かるなど、色々なメリットはあります」

「へー」

「魔法の中には、呪文までが魔法の一部と組み込まれているものもありますよ。まぁ今からしずくさんが覚える程度なら有っても無くてもいいです」


 ふーん。


「先生はどうやってその呪文を決めたんですか?」

「私考案では無いですよ。私が魔法を習った時の先生の呪文をそのまま使っています」

「へー、先生にも先生が居たんだ」

「えぇ」


 彼がじっと私を眺める。


「……そろそろ始めましょうか。私はあちらの様子を見てくるので、何かあったら呼んでください」



 *



「はやては、オレのお母さんに会った事あるんだよね」

「まぁな」


 屋敷の裏庭、ぽつぽつと置かれた樽の上に俺たちは座っている。今は休憩時間。見渡せば景色がいい、海の上に浮かんでいるような、不思議な眺め。太陽がキラキラと波間に輝く、幾重もの波が重なり、交差し、揺蕩う。岩場に高波がぶつかって白い飛沫が飛び散る。

居心地のいい場所だ。


「どんな人だった?」

「どんな人……か」


 最大限目を瞑って言うのなら、


「すごい人だよ。誰も助けられない人間を助けて、色んな人に好かれる、すごい人」

「そーなんだ」


 ほんとね。すごい人なんだけどね。


「きらりは、お母さんに会ったことない……んだよね」

「うん。……変、かな」

「まぁ……珍しいかも、しれないけど」

「……うん」

「まぁそれを言うなら俺もあいつも変だしな」

「しずくは……両親を知らないんだっけ」


 へぇ、あいつがもうそこまで話したのか。珍しい。


「俺も、父親とほとんど会えないし」

「はやての父親……私のお母さんの、知り合いなんだっけ」

「そう。まぁ忙しいのは知ってるけどね。きらりのお母さんと同じ」

「オレが嫌われてる訳じゃ……ない、んだよね」


 きらりが不安げな顔で呟く。


「あの人が? まさか。きらりに会えるなら、すぐにでも会いに来るだろうさ」

「本当に?」

「全てが終わったら、会えるようになるよ。いつかは知らないけどね」

「そっか。いつか……」

「うん。いつか、きっと」


 と、先生が様子を見にやってきた。


「あ、先生相手代わってください。お願いします」

「きらりさん、調子はどうでしたか?」

「はやて、全然倒れないし強かったです」

「ありがとう。でも先生俺と相手を——」

「順調そうですね。それでは私はこれで」

「ちょっと今来たばかりでしょ! 先生? 先生! もう痛いのは嫌なんです! 先生!?」

「先生来たし、そろそろ休憩終わりにしよーぜ」

「きらりん意外と話聞かないね!?」




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