2.「勇者の娘」
「バイトの!」
「メイドの」
「メイドのカレンだ!」
赤髪の娘カレンは、アルトに修正されながら俺たちに挨拶をする。
「見ての通り言動はまるでアホだが仕事は有能だ。ここに居る間は好きに使っていいぞ」
「今夜はご馳走だから楽しみにしててくれよな! じゃあまたな!」
元気よく去って行く。
「いつも屋敷に居るのはオレときらり、それからあいつくらいだな。カレンは半分家族みたいなもんだから気遣いは要らない。これでオレは領主の仕事に戻るが……きらり、後は任せていいか?」
金髪の少女は、こくりと頷いた。
「何かあったら聞きに来い」
彼も去り、廊下には俺と雫ときらり、三人が取り残される。きらりを見れば、やはり人見知りなようで、彼が居なくなった途端表情が強張っている。ようやく発された、声も態度も固く。
「……来て。部屋に案内する」
きらりを追って行くと、外廊下に出た。廊下を挟んで向こうには別邸があり、接する中庭には花や木が植えられ、そこにはテーブルや椅子も置いてある。お洒落な庭だな。廊下を渡り切れば再び屋敷の中へ、やがて扉の一つの前で立ち止まった。
「ここ……だけど」
きらりは何か言いたげに俺たちを見る。
「何だ?」
「部屋、一つで良かった? ……急いで準備が出来たのが、ここだけだったから……ごめん」
「いいよー、別に今更だしね」
雫は何とはなしに答える。
「こっちこそ、急に押しかけて悪かったな」
「ううん。お母さんのお客さんなら、無下には出来ないし」
部屋の奥に預けた荷物が置いてあった。真ん中には仕切りがあり、その左右に二つのベッド、その他いくつか調度品も。これなら快適に過ごせそうだ。
「お風呂も、もう準備できてるけど……どうする?」
雫と顔を見合わせる。
「お前先入って来ていいぞ」
「分かったー。のぞいたらダメだからね」
「覗かねーよ。終わったら呼べ」
「のぞいたらその両目をくりぬいて調理して食べさせるからね」
「覗かないつってんだろ」
と、きらりがおずおずと聞いてくる。
「……ねぇ。一つ、聞いていい?」
「何だ?」
「二人はどういう関係なの?」
……。俺に聞かれても困るが。
「……どういう、とは」
「二人きりで旅してるし、部屋も一緒だし……こいびと、とかなの?」
「違うよー」
雫が答えた。
「違うんだ。じゃあ、どういう関係?」
雫は今度は何も答えずに、俺の顔を見た。俺が答えるの?
「……道連れ、かな」
「みちづれ?」
「別に大した意味なんて無い。何となく、一緒に居るだけだ」
「そう、なんだ……」
と、雫がきらりの手を取って、扉の方に向かう。
「どうしても気になるなら今日、一緒に寝る時に教えてあげるよ」
「うん……え? “今日一緒に寝る”?」
「お風呂どっちー? きらりんの部屋どこー? お風呂も一緒に入るー?」
「えっ、いや、お風呂はまだ」
「じゃあベッドは一緒だー、へへへ今夜は寝かせないぜ」
「う、うん……?」
流れるようなドアインザフェイス。俺でなきゃ見逃しちゃうね。雫はきらりを押して部屋を出ていく、その間際、振り向いて言った。
「覗くなよ」
「覗かないつってんだろ」
二人の足音が去って行き、部屋は静かになった。休みたい気持ちはあるが……まだ洗ってない体でベッドに入りたくは無いな……よし、
「覗きに行くか」
「人の台詞を捏造するな。さっさと行けアホ」
「召し上がれ!」
テーブルの上にはご馳走が並ぶ、全て彼女一人の手料理らしい。
「これ全部食べていいのー!?」
「一人で全部はダメだぞ!」
「すごーい! 全部美味しそうー!」
海街らしく、並ぶ料理は海鮮が多い。辺境の地でどんな料理が出てくるかと不安に思っていたが、俺たちは生魚に対する抵抗も無いし、どれも味を想像できる料理ばかりだ。普通に美味そう。
ビュッフェ形式でそれらを自身の皿に取り分け、一つずつ摘まんでいく。メイドのカレンも一緒に食卓を囲んでいる。
「うまー!」
「美味しい」
「だろー?」
白身の刺身はコリコリとして触感が楽しく、柑橘系のソースが味を引き締めている。焼き魚をつまめば、ほくほくとしょっぱい身が口の中で解ける。多彩で豪勢な料理に舌鼓を打った。
「はー、お腹いっぱい……」
「しあわせー……」
お腹も満たした所でカレンが聞いてくる。
「二人はどれくらいここに居れるんだー?」
「んー……しばらく? 具体的には決まってないけど」
「ここには何しに来たんだー?」
「んー……」
何するんだろね。
「みんなは普段、この島で何してるんですか?」
「オレは屋敷の仕事だなー」
「オレは町の事とか色々」
カレンはメイド、アルトさんは領主のお仕事か。
「きらりんはー?」
「オレは……その、修行とか」
「修行? 何の修行ー?」
「外の勉強とか、あと……魔術、とか」
「魔術! すごーい! 面白そう! 魔術ってどんなのー!?」
「触れただけで壊れる……みたいな」
「すごい! 私も使えるー?」
「しずくは、無理だと思う」
「いいなー、私もなんかカッコイイの使いたいなー」
カレンが口を挟む。
「きらりは冒険者に憧れててなー、それで色々頑張ってるんだよなー」
「そうなのか。冒険、好きなのか?」
「うん。冒険譚とか、聞くの好きで……」
「冒険譚が好きなら、ふーくんに頼めばいくらでも教えてくれるよ。うん。嫌というほど。特に特定の人間の話を」
雫が冷めた声で言ってくる。
「あ、師匠、空の賢者の冒険譚聞きたい? 聞きたい? いくらでも話すよ聞かれなくても話すよ」
「え、聞きたい!」
雫がぐいーと乗り出した俺の体を引き戻した。
「きらりは、冒険者に憧れて修行か。という事は、きらりもいつかは冒険者になりたいのか?」
「……うん」
「……え? じゃあ一緒に行けるの!?」
「……一緒に?」
きらりは実感が無さそうに、雫の言葉を復唱する。
「冒険者になるのと、ただ旅をするのは違うぞ。きらりは前者で、俺たちは後者だ」
「私も一緒に修行する! ねぇ、私きらりんと一緒に冒険したい!」
んー……まぁ、道中特にやる事も無いし、それはそれでいいのだけれど。
「……らしいですけど、どうですかね、アルトさん」
きらりの外出許可は、貰えるんですかね。
「……お? おう、任せとけ。先生にはオレから頼んでおく」
「やったー!」
「というわけで、しばらくお世話になりますね」
「う、うん。もしかしてこの島でやる事今決まった?」
帰り道の外廊下で、彼女に出会う。青白い光に晒され、きらりは、ただ夜の空を見上げていた。
「何見てるんだ?」
声を掛けると振り向く。端正な横顔が月明かりに照らされていた。それは見惚れるほどに綺麗で。
「月を、見てた」
少しだけ、返答が遅れた。
「……月?」
「同じ空の下って言うから。お母さんも、同じ景色が見えてるのかなって」
この子は確か、母親と会った事が無いのだっけ。ミアさんは、この子を産んですぐに島を出て、それきりだ。
「そうか。あの人も……よく、空を見てたよ」
「……そうなの?」
「何を見てたかは、知らないけどね」
「そうなんだ」
「同じものが見えてるといいな」
「うん」
一緒になって天上の月を眺めていると、パタパタと足音が来る。
「お待たせー……あれ、ふーくんが居る。ふーくんも部屋来るのー?」
「行かない」
間に挟まるのを許さないゴブリンとか死神に殺されちゃうよ。
「俺はもう、あっちの部屋に戻るけど」
「じゃあおやすみー」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
別れて、夜の屋敷を歩いていく。部屋は真っ暗で、ただ冷たい月光だけが部屋の中を照らしていた。
あの人にも聞いた事がある。なぜ、あなたはよく空を見上げているのかと。彼女はこう答えたのだった。
“地上に見たくないものが、溢れているからだ”。