23.「雨に泥濘み風が吹き、なお曇る事無き彼女の」
ここは風の街。絶えず気持ちの良い風が吹き、街中に飾られた風車が目を楽しませる。風が形を変えた風の街。ここは風吹く風の街。
窓の外をぼーっと見ていると、ガチャリ、ドアが開いた。期待を向けて見れば……入ってきたのは、純真だ。
「……寂しく、なるね」
「そうかしら。私は、あんまり」
「……そう。君も、強くなったね」
「そう?」
「この街に来る前は、迷子の子どもみたいに見えたよ。行くあても、頼る相手も居なくて、ただ誰かに縋る手だけを宙に彷徨わせるだけの、幼い子供」
「……私、そんなに頼りなかった?」
「今と比べればね」
「……今も、そんなには変わっていないかも。私が寂しくないのは、離れても同じだから。いつでも会える、会いたい時に会いに行けばいい、それが分かってるから。私とあなた達は目に見えない何かで繋がっているから。だから寂しくないの。私はあなた達が居るから……」
彼女は、腕に付けた組紐をそっと撫でた。
「……そろそろ行くわ」
「そう。お仕事、頑張ってね」
「大した事はしないけどね、ただ種を集めて回るだけだもの」
「随分、君にぴったりなお仕事見つけたんだね」
「うん。いい人に貰ったの」
彼女は部屋を出て行った。また部屋で一人、窓の外を眺めていた。明るい窓の外を。
と、開けっ放しの扉から、一陣の風が吹く。
「やぁ、少年」
振り向くと、少女がそこにいた。
髪は白く無造作に伸びて、そのまつ毛までもが白く、肌は日に当たって居ないのか、透き通るように白く、身に纏う衣も、目の冴えるような眩い——
「君は……」
知らない、小さな少女だった。見慣れない等身、見慣れない、褐色じゃなくて真っ白な肌色で、だから全身真っ白だ、今にも溶けていきそうなくらい……。けれど、その眼差しは、見間違えるはずもない。
「純……白?」
「あぁ。私だ」
彼女は肯定する。自身の名を。
「……もう、純白と……呼んでいいんですね」
「君がお姉さまと呼ぶには、少し背丈が足りんだろうからな。仕方ない。特別に許してやる」
「お姉さまは今でもお姉さま、ですけど……」
扉を閉め、ぺたぺたと裸足で歩き、少女はカーテンをしゃっと閉めた。
「随分と……縮みましたね」
「まぁな」
「まぁ、俺はロリコンなので大丈夫ですけど」
「それは大丈夫ではないがな。ちなみに胸は結構残っている。見るか?」
「わーい見るー」
彼女が衣を脱ぎ捨てた。生まれたままの姿を晒す、咄嗟に目を逸らす。
「ほら、存分に見ろ」
「おおお姉さま不味いです捕まります俺」
「君の年齢ならまだ年下好きで通じるだろう。……そうじゃなくてだな」
「あ、あのお姉——」
彼女が、俺の手を掴んだ。目を見れば、彼女は真剣で。茶化す所など何処にもなくて。
「見て欲しい、はやて。私の体を」
純白はベッドに座った。何の隠しも無い、裸のままで、ちょこんと。
逃げ場が無かったから、俺は彼女の体を見た。彼女はどこまでも真っ白だった。
あまり背は高くない、少女の体だ。まるで別人のように幼くなった。彼女が擬態を解いたなら、白い泥が溶け、それが露わになる。右腕と左足は根元から欠けていた。左胸の下部、右のわき腹は大きく凹み、その断面や、体の表面の大部分を、白い、乾いた泥が覆っている。アンバランスな体を、左手と右足が支えている。
「これが私の体だ。どう思う」
「……綺麗ですね。とても」
「嘘だな。これだけ泥に塗れた私の、欠けた私の体の……どこが綺麗な物か。こんなものの、どこが……」
彼女は、高い声を、低く抑えて言った。その彼女に、お為ごかしやまやかしではない、心からの言葉を伝える。
「白い肌に白い泥、いいじゃないですか。目を凝らしたなら白磁のようで綺麗ですし、泥んこ塗れというのも、腕白なあなたらしい、欠けた空白なら自由に埋めればいい、あなたの好きなように」
「……私らしい、か」
俺はベッドに歩み寄り、そっと肌に触れた。張り付いた泥から、瑞々しい白い肌へ、欠けた肩の断面をなぞると、少女は身を捩らせる。絹のように滑らかで、繊細な、それが彼女の肌だった。
「……くすぐったいぞ」
「大丈夫ですよ。いくら形を変えたとしても、あなたはあなたのままで居る、俺の大好きな純白のままでいる」
彼女の体を、怖がらせないように優しく、静かに抱きしめた。
「たとえどれだけ泥に塗れても、その純白は曇らない」