22.「幕引き」
「えー、もう行っちゃうんですかー?」
「本部から命令が出たからね」
ここは騎士王隊の宿の部屋。藍鉄さんは完全に無害と思われているらしい、三人で相部屋だ。羨ましいね。だから俺はダメなんだろうね。
「もうちょっとここに居て下さいよー」
「なによ、あんた達だって、いつまでもここに居るわけじゃないでしょう?」
「来週発ちますね」
「引き留めんな、じゃあ」
「藍鉄さん、あんまり活躍無かったですね」
「うるさいわね。別にいいわよ、私の出番が無かったって事は、それだけこの街が平和だったって事なんだから」
「出遅れただけじゃないですかね」
「うるさいわね……」
彼は苦々しげに窓の外を見つめる。
「皆、行っちゃうんですか?」
「えぇ、京華と夜空と、それから愛餓も」
……けーか? 天勁ちゃんかな。
「アイガちゃんは、強制連行ですか?」
「……いえ、捕まえたわけじゃ無いの。彼女の罪は、何というか、問いづらいというか……まぁ、各地で悪さをしてた事は、間違いないんだけど」
「捕縛ではないなら、どうして?」
「あの子、騎士王隊に入りたいって、言い出してね」
へぇ。アイガちゃんが。
「手は焼くだろうけど、今は何より手が足りないの。きっと彼女の力も借りる事になる」
「それは……頼もしい限りで」
「えぇ。こう言っちゃなんだけど、敵には回したくないタイプだったから。安心したわ」
「えぇ……」
それはもう。
「そんなわけで、私たちはもうすぐここを発つ。お別れを言いたいなら今のうちにね」
「分かりました。あ、藍鉄さんにプレゼントがあるんですけど」
「……賄賂なら受け取らないわ」
「いえ、余ったので」
「……何が? なにこれ」
桃色の、半透明な石を取り出す。
「純真の体から出てきた石です」
「……」
「時空晶に渡したら良い感じに加工してくれますよ」
「……魔石?」
「似たようなもんですね。戦闘用は難しいですけど。出来るのは媚薬です」
「それを私に渡してどうする気よ。……言っとくけど、私にその気は無いわよ」
「安心してください、俺も無いので」
「……私には、必要ないのよ」
「その石なら、あなたの治療にも役立つかもと思いまして」
彼が目を細める。
「知ってたのね」
「師匠から聞いて」
彼は過去に、禍津鬼との戦闘で生殖機能を失っているのだ。彼が女性の様な振る舞いを始めたのも、その時期らしい。自分を好きになる女性が現れないように。彼は大層モテていたらしいから。
「遺伝子から肉体を再構成する、という能力を持つ純真の石ですから、あなたのそれもどうにかしてくれる……かもしれません。確証はしませんが。まぁ駄目で元々で」
「そんなあやふやな自信で渡すな」
「その贈り物は、あなたが師匠にあげた恩を、俺が代わりに返しに来たとお考え下さい」
「……私はあの子に、大した事なんて、してない」
「俺が今やってる事も大した事じゃ無いです。要らないものを必要な人間に。お互い様ですね」
彼は、いつまで経っても差し出したままの俺の手に、諦めたらしい。
「……まぁ、ありがたく貰っておくわ。使うかどうかは、知らないけどね」
「天勁ちゃーん」
「……“幻想の鍵”」
見回りという名の観光をしていた、その辺に居た天勁ちゃんを見つける。
「もう、行っちゃうんですね」
「十分長居はしたと思いますが」
相変わらずの憎まれ口。
「さっき藍鉄さんが口を滑らせて天勁ちゃんの名前知っちゃったけど、申し訳ないから言わないでおくね」
「そうですか。副団長は後でぶん殴っておきますね」
「それから、お姉さまの時は、色々ありがとね」
本当に助かったから、改めて。
「いえ。暇でしたから」
「天勁ちゃんは立派だと思うよ」
「……何ですか急に」
「まぁ俺の方が立派だけどね」
「よく分かりませんがぶっ飛ばしますよ」
「よーぞらちゃん! ぐぅぇっ」
「急に後ろに立たないでくれるかしら」
何だそのキャラ。街の空き地で剣を振る彼女を見つける。
「お別れ言いに来ましたよー」
「そう。さよなら。じゃあね」
「冷たいなぁ」
「別に、あなたと話す事なんて何も無い」
言いながら、彼女は剣を下ろして壁にもたれかかる。構ってくれるらしい。
「知ってます? 防衛戦後の掃討って、済んだらしばらく暇になるんですよ、騎士王隊」
「……そう」
「何か、やりたい事って有ります?」
「あなたからのデートのお誘いなら、断っておくわ」
「残念だなー」
彼女はただぼんやりと、空を眺めていた。
「……話は終わり? 無いなら、剣の稽古に戻りたいんだけど」
「今から、一緒に流れる雲でも眺めてみませんか?」
「何が楽しいのよそれ」
「色んな雲があって楽しいですよ? ほら、ここは風があるから、色んな雲が流れていきますし」
「それで? それは一体何の役に立つのかしら」
何の役に立つんだろうねぇ。
「想像力の訓練……かなぁ。ほら、あの雲は何に見えます?」
「……ドーナッツ?」
「あっちの雲は?」
「生クリーム。あれはケーキ」
「人間性が見えるなぁ」
「何よ、あなたには何が見えてるのよ」
「あれは藍鉄さんが腰を落として剣を相手に向けて構えている時の型ですね」
「想像力高いわね。……見えなくも無いわ」
「あっちはさっき足がもつれて転んだ時の夜空ちゃん」
「殺すわよ」
彼女は、俺がその場を去るまで、雲の観察を続けていた。
「やぁ、アイガちゃん」
「……」
彼女の家に行くと、冷たい視線が出迎える。
「この前は……いきなり斬りかかって、ごめん」
「……お兄さんなんて嫌い」
「……うん」
「私の味方だって言ったのに。……怖かった、何も分からないまま殺されちゃうんじゃないかって、私に……抵抗する資格なんて無いって、思ったから」
「……ごめん」
彼女は震える声で俯く。と、ぱっと顔を上げ、
「なーんてね」
「……」
「別に怒ってないよー。結局私は無事だったし、おにーさんも悪気があってやった訳じゃ無いしね」
「……うん」
「けどまぁ、お返しは体で払ってもらうね」
「……そのぉ……」
「なーんてね」
「……」
彼女は俺を見てけらけらと笑う。
「私の言葉は話半分に聞くといいよー」
……何か聞いた事あんな。
「……俺の言葉は、あんまり真似しちゃダメだと思うよ?」
「子どもの教育に悪い人?」
「子どもの教育に、悪い人」
「私はもう、子ども産めるくらいには大人だけどね」
「中身はまだまだ子供だよ。俺よりね」
「私は合法ロリ」
「……その人の言葉も、あんまり参考にしちゃいけないかなぁ」
天勁ちゃんだなその単語教えたの。
「ふーん。じゃあ、参考にしていい立派な大人は、どこに居るの?」
「さぁ……どこにも居ないかもねぇ」
そっと、岩の前に風車を刺す。二人分。決して忘れないように刻み付ける、もう二度と、同じ事を起こさないように。