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21.「手のひらに残る」

 風邪を引いた。

 風邪を引いて、考えてしまったのだ。私があの城を出てきた理由について。何も無かった。何も無かったのだ。何も無いのに出て来てしまって、そして……人が死んだ。私の、何気ない行動のせいで、また人が死んだのだ。私はまた同じ過ちを繰り返した。

 自由には責任が伴う。私は私の行動に責任を取る。だから私は自由に振る舞う、自由で居られる。私は私の行動の瑕疵の責任を取ると決めているから。私のせいでまた人が死んだ、ならば私は責任を取らねばならない。じゃあ私のとるべき責任とは何だろうか? いつもの渋面に紛れてぐるぐるとそんな事を考えていると、言われた。

 お前のせいで世界が滅ぶと。そうなる前に、城に戻れと。


 あやつらと離れるのは、名残惜しかった、けれど下界に留まる必要はなかったのだ。だから帰る事にした。私のしたい事は、世界を脅かしてでもやりたい事では無かったから。

 私を引き留めるために私の仲間たちは何やらいろいろと画策していたようだったが、無駄にしてしまった。けれど仕方ない。それが世界の為ならば。

 私は城に戻り、また一人になった。


 一人になれば、静寂を埋めるために思い出す。私の過ごした日々、楽しかった時間を……それに伴う代償を。私が支払うべき贖罪を。私は思い出す、私が起こしてしまった災厄を、出してしまった犠牲を思い出す。思い出して……それから、それから……そうだ。

 私は罰を受けねばならない。


 寝室に行けば黒い泥だまりがある。いつか、どこかで誰かに貰った呪毒とやらだ。私は望んでこれを欲した。私は忘れてしまうのだ。後悔も私が出した犠牲も何もかも忘れ、見える今だけを楽しんでしまう、だから私は苦しみを欲した。その苦しみが私に思い出させてくれる、私が起こした過ちを私に刻み、二度とそんなことが起こらないように私を縛ってくれる。

 そんな訳すらも忘れ、苦しみから逃れようとしていた私は、間違いだった。


 そっと、黒い泥だまりに手を触れると、それは瞬く間に私の体を這い上がる。全身に回るのは、おびただしい不快感、苦痛、掻痒感、吐き気眩暈頭痛。私は耐えられなくなって膝を着く、黒い泥の中に埋もれていく。私の体は黒く侵されていく。

 私の体を絶え間ない苦痛が襲うけれど……これでいい、これでいいのだ。私はこれでいい、これこそが私の本来あるべき姿。こうしてただ永遠の苦しみを享受することこそ、私にはお似合いだ。

 ただ一呼吸、ほんの一瞬だけ水面に顔を出したような、彼らとの日々を思い出しながら、私は暗い水底に沈んでいく。水に滲む太陽の光に手を伸ばしながら、深く、深く。いつまでも、どこまでも——



「純白……純白!」

「……んぅ……うるさいぞ……」

「純白!」


 温かい何かが私に触れる。そこは私の寝室だった。


「良かった……」


 私にのしかかり、しがみ付くこの女は……背徳か。


「純白ではない。私をその名で呼ぶな」

「いいえ……あなたは純白、純白なの」


 見渡すと……あれ? ここは、私の寝室? なぜこんな所で寝ていたのだっけ、私はここで何を……呪毒、そう、私は罰を受けて——


「……なぜお前がここに居る、あれは」

「“毒”なら消えた、神様が消してくれたの……!」


 ……な、な、かえ、返せ!


「返せっ!! 私の、私のだっ!! あれは私の——」


 暴れる私を、彼女が抑えつけた。


「いいのよ……もう、いいの。あんなものいらない、あなたはもう忘れて——」

「私は、私は罰を受けねばならんのだ! 私は! 私が殺した仲間の命に責任を取らねばならなんのだ! 私は忘れてしまう、苦しみが無ければ、明日にはもう、何事も無かったように幸せに……! 彼らの痛みも苦しみも何もかもを忘れて……楽しんでっ……!!」

「もういいの、純白……あなたのせいじゃない、あなたは何も悪くない……」

「私の苦しみだ……私の大事な苦しみなんだ、返してくれ、返してくれ……!!」

「誰も、楽しむあなたを責めたりなんてしないから……私がそんな事、させないから……」

「でも、でも、でも……!」


 幼子のように暴れる、私を彼女は抱きしめ続けた。

 

「私はお前の臣下を殺した!」

「えぇ」

「私は私の臣下を殺した! 他にも沢山殺した! 

私がだ! 私が——」

「私も殺したわ、でも必要だったの」

「私のそれは必要なかった!」

「いいえ、必要だったわ。あなたが居なければ、もっと長引いた。もっと大勢が死ぬ事になった。そうならなかったのは、あなたのおかげ」

「私がみんなを殺したのだ……!」

「みんながみんなを殺して回った。そんな世界を終わらせたのは、他ならないあなたなの」


 そんなの……そんなの知らない、関係ない!


「……私はただ皆と……楽しく居たかっただけだったのだ……」

「そう」

「ならば、私は籠っているべきだった……そうすれば私の大事な皆は死ななかった……」

「そうしなければ、代わりに沢山死んだわ。もしかしたら、あなたの大事なうちの誰かも。あなたは正しい事をしたの」

「……犠牲を出した戦いに、正しい事など、あるものか……」

「……そうね」


 私は私を嫌っていた筈の女に抱き締められ、ただ泣いていた。泣いて、喚いて……いつの間にか眠っていたらしい。

 起きても、そいつはまだそこに居た。


 起き上がったなら……動く、私の体がある? 私の体、ぐっぱーと開く手がある、足がある。目が見えている。これは……新たな分体? しかし妙な感覚がする……――


「……本体はどうした」

「あなたの体を治すのに使ったの。ボロボロの体二つをくっつけて、今のあなたを作った。呪毒が無ければ二つも要らないでしょ? ……それでも、足りなかったけれど」


 よく見れば視界がいつもより低い。縮んだか。


「まるで壊れた機械のような扱いだな」

「同じような物よ。すぐ壊れちゃう」

「貴様から見ればな」


 ぼんやりと、動く無事な体の感触を確かめる。


「お前が……私を助けたのだな」

「……えぇ」

「あれだけ私を嫌っていた、お前が」

「何も分かっていなかった。何も知らないまま、あなたを責め立てて……」


 そんな顔はしなかった、私のみてきたこの女は。背徳は申し訳なさそうに顔を曇らせる。


「……いい、お前は間違ってなどいない。私はただ自由気ままに動いて、大勢を死なせた。その事実は変わらない」


 彼女は、つんと私の胸を突く。


「そうやって、分かりにくい所は今も嫌い。だから間違えるの、みんな、あなたを悪い方に」

「良い方に捉えるような面を持ち併せていないから、無くてもそう変わるまい」

「あるわ。少なくとも、私は知ってる。あなたが知らなくても」

「随分と……変わったのだな」

「目が曇っていたの。私の目を塞いでいたのはあなただけど。……それでも私が悪いわね。ごめんなさい。今までの事、全部……足りないかもしれないけど、謝るわ。ごめんなさい」


 子犬のように首を垂れる背徳に、もはや責める気力も沸き立たない。


「ふん」


 けれど素直に謝罪を受け入れる気も起きなくて、ただ窓の外を見つめていた。


「……この城は、誰も居なくて暇なのだ」

「……えぇ、そうね。静かな城……」

「お前はいつまでここに居る?」


 鈍感な女は、伝わっていないようで、首を傾げる。


「あなたの無事を確かめたら、帰ろうと思っていたけど」

「遊び相手が居ない。しばらくここに居ろ。ここに居て、私と遊べ」


 窓の外を見ていたから、女の顔は見えなかった。

 

「……純白!」

「純白では——」


 無いと続けようとした所で、思い直す。そうだな。もう、私は、私の名は——

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