20.RuinersReport「退廃の龍王」・後
「……っ機械神の剥離に成功! 奴の分体が現れます!」
純白の体から抜き出た、巨大な秒針から、肉を生まれ、体を形作り、一人の人間が出来上がった。俺たちと目が合った途端……踵を返して彼方へ駆けだす。
「逃がすなっ!!!!」
「“愚者の境界”っ!!」
「“神前結界”っ!!」
咄嗟に二人が放った秘跡は……奴の動きを、ほんの一瞬止めただけだった、けれど、だから間に合った。
秘跡——
「“天掴み”っ!!」
巨大な手の平が分体を鷲摑みにする、
「そのまま持ってなさい!!」
「ぅぇえ!? 誰!?」
知らない声が聞こえ、何処からともなく現れた少女が、剣を掲げ飛び掛かり、
「――“救世剣”っ!!」
奴の体を貫いた。すると……ぼろぼろと崩れていく、やがて無機質な秒針だけが残り、地面に落ちて、砕け散った。
しばらくの間、誰も動かなかった。
「……終わりよ」
少女が発した一声に、急に緊張がゆるみ、その場に膝を付いた。どっと疲れが押し寄せてくる。
それから、少女の剣は純白へと向けられた。
「そいつに止めを刺してね」
少女の目の前で、背徳がお姉さまに寄ってきて、その体を抱き上げた。泥に塗れ、目は溶け落ち、四肢は欠け、胴体も幾ヵ所も大きく凹み、お姉さまの体を。少女は目の前で起きたそれを、黙って見ていた。
「背徳、どういうつもり?」
「この子は私が持って帰るわ」
少女は冷たい目で背徳を見下ろす。
「裏切る気?」
「裏切る? いいえ、計画通りよ。計画通り、私たちは龍王を亜神化させ、撃破する事で機械神の力を削いだ。ならこれはもう用済みの筈。だから私が貰うの」
「その不安定な危険因子の排除も、計画の目的の一つよ」
「龍王が危険因子だったのは、機械神に狙われ暴走する危険があったから。でももう危機は去った、この子は奴の誘惑には靡かない」
「そんな事、保証出来るのかしら」
「私が保証するの」
二人が対峙する。
「……はぁ」
少女の方が、剣を納めた。
「絶対に目を離さない事。いい?」
「うん」
「……そう」
少女は今度こそ肩を下ろす。
「じゃあ今度こそ、今回はこれで終わりね。私は先に戻るから、後で改めて報告なさい」
「分かった」
よく分からないが、少女は背徳の関係者で、少女が純白を処分する所を背徳がかばった……のだろう。
と、少女の目がこちらに向いた。僕は悪い人じゃないです。
「初めまして、“幻想の鍵”」
その呼び方をするという事は、やはり——
「私は救世班統括“救世”。お疲れ様。協力感謝するわ」
それだけ言って、いつの間にか消えていた。静寂だけが残っていた。
広い、ぐちゃぐちゃに荒れた純白の城の謁見の間には、フードの男と、俺と、背徳姉さまが居て、それから、背徳に抱えられた、ボロボロの姿の……純白。
「……お姉さまっ!!」
駆け寄り、お姉さまに触れる……体の大部分は欠け、白い泥に覆われ、無事に見えている肌はほとんど無い。
「お姉さま! お姉さま!」
「済まない……君には、迷惑を……掛けてしまった……沢山……」
「いいんです、あなたは何も気にしなくて良かったんです! ただ、あなたが生きたように生きて……!」
「少年は、優しいな……」
肩を上げようと、彼女にはもはや俺を撫でる手もない、俺の姿を映す目も無い。俺の存在を伝えようと、ただ彼女の体を抱きしめる。温もりが伝わるように、強く、強く。じりじりと白い泥が俺の肌を焼くが気にしない。
「邪魔よ、どいて」
「……背徳……お姉さま、お姉さまが……!」
「死なない。死なせないから」
「え……」
……こうなった彼女はもう、助かる事は無く、その全身が溶けていって消える、そうなる筈じゃ……?
「……子機が潰えても本体がまだあるとか、そんな話じゃ」
「違うわ。私がこの子を助ける」
「……そんな事が、出来る……んですか?」
「私を誰だと思ってるの?」
そういう彼女が、一番不安そうな顔をしていた。背徳は、大事に彼女を抱えて、階段を降りていく。
「今度こそ……死なせないから……絶対に……」