1.「拭えぬ汚れ」
色んな人に嫌われて、色んな人に狙われる
嫌われ者の彼女を助けてあげて
*
「触れるな。穢れる」
えぇ……? つらぁ……。
「真っ白なお姉さま、綺麗な頬っぺたに泥が付いておりまして」
「これは落ちん」
目の前の女性はすげなく答える。
ここは森の中。木々の間から麗らかな日差しが差し込み、爽やかな涼風が合間を通り抜けていく。
「……あ、こら、触れるなと」
彼女の頬をハンカチで拭ってみれば、確かにハンカチに泥は付いておらず、頬から落ちてもいない……落ちない泥か。
「手を見せろ」
「え? はい、どうぞ」
言われた通り、彼女の顔の前に手のひらを掲げると、彼女はそれをしげしげと眺める。
「……移ってはいないようだな」
「大丈夫ですよ」
「……大丈夫?」
「はい、俺ならそれに触れても平気です」
「触れても、平気……」
「ほら、試していいですよ」
俺の手を、彼女が恐る恐る手に取った。頬に引き寄せて、肌に擦り付けると、ざり、と、張りのいい柔肌の上に泥が乗っている。泥はやはり拭えなかったが、俺の手に移りもしない。彼女は無事な俺の手をじっと見ている。
「触れても……平気……」
と、手をぐいと引かれた。態勢を崩して彼女の体に飛び込む、柔らかい体が俺を包んで、彼女が俺をぎゅぅぅと抱きしめる。甘い、不思議な匂いに、ふわふわもちもちの彼女の感触に包まれて、至上の極楽、じゃなくて。
「あ、あの……お姉さま……?」
「人間というのは……温かいな……」
「……」
その言葉に、それが無くとも抵抗する気も起きなかったが、俺は彼女の為すがままにされた。ふわふわもちもちうぇへへへ。
冷たい連れの少女の視線が背中に突き刺さるやっべこいつ居たわ。
キラキラと木漏れ日が煌めく。
森の天井を木の葉が埋め尽くし、地面まで届く日の光はどこか心許ない。トンネルのように暗い木々の陰に、細道が続いている。暗く静かな細道だ、静寂が耳に心地いい、耳を澄ませば、さらさら風で木の葉が擦れている。
そして、俺たちの立つこの場所だけが、森にぽっかりと穴が開いていた。さきほど、恐らく彼女だったらしい純白の竜が地面に降り立った際に、木々を踏み倒した跡だ。
爆風、威容、そしてミルクのように光が溢れ、そこに一人立っていたのが、目の前のこの真っ白なお姉さま。
「それでは行きましょうか」
「どこにだ?」
「お近くの街まで、エスコートいたしますよ」
「そうか」
歩き出すと、しかし足音は二人分。振り向くと彼女はそこに突っ立ったまま。
「行かないんですか?」
「歩きたくない」
えー。
「行きますよー」
彼女の手を引っ張ると、衣の切れ目が大きく開き……っ!?
「ちっ……痴女だ!」
「ち、痴女じゃない」
「なんで何も履いてないんですか!」
彼女の褐色の肌をすっぽりと覆う真っ白なマント、切れ目が大きく開けば何も付けてないし履いてない! 前後の帯はチャイナ服のように紐で固定されているが、脇から際どい所の肌まで見えている。腰の暗い窪みに目が吸われそうなのを全力で振り切る。
見れば靴も履いてない、柔らかそうな褐色の素足が見える。……森の中には鋭い枝や尖った石も落ちている……仕方ない。彼女の前にしゃがみ込んだ。
「乗ってください、背負っていきますので」
「いい心がけだ」
「何でそんな偉そうなんですか」
「偉いぞ」
「えらくないんですけど」
彼女がのしかかり、ふわふわの体が背中に乗る、見た目よりも軽かった。ふむ。悪くない気分だ。
それじゃあ今度こそ、
「行きますか」
土を踏みしめる足音は二人分、命の鼓動は三人分。暗く静かな森の中、道なき道を歩いていく。
連れの少女の雫が、背中のお姉さまに話しかける。
「おねーさん、お名前は何て言うんですか?」
彼女が答えるまでには、少し間が空いた。
「……純白」
純白? 珍しい響きだ。しかし彼女にはぴったりでもあった。お姉さまの服は白く、髪も白く、よく見ればそのまつ毛までもが白い。
「純白おねーさん」
「その名で呼ぶな」
じゃあ何で名乗ったし。
「おねーさん」
「うむ。なんだ」
「さっきのドラゴンって、おねーさんなの?」
「そうだな」
「おねーさんはドラゴンなの?」
「違うな。私の本質は人に属する」
雫は首を傾げる。
「おねーさんって、何者なの?」
純白は、自嘲するように言った。
「世界一偉い王様だ」