18.RuinersReport「退廃の龍王」・前ii
「彼女についての情報を」
「……結局、戦うのね」
「話しが通じるなら、そうしますけど」
「無理よ。あの子は頑固だもの」
背徳は寂しそうに笑う。笑みはすぐに消え、話し出す。
「彼女の力は大きく分類して三つよ。一つは龍王に属する権能の力。一つは機械神に授かった力。そしてもう一つは、彼女に宿った秘跡の力」
……三つか。
「龍王の力というのは」
「竜脈の力よ。そして竜脈から生まれ出る全ての精霊を使役し、全ての能力を執行できる。彼女の操る竜脈は触れただけで狂って死ぬし、並大抵の手段じゃ防げない。それこそ、私くらい」
……まぁ、魔王があれだったし、それに並ぶ龍王が弱いとは思っていなかったけど。この時点ですでに勝ち目が薄い。
「……機械神の加護というのは」
「……それについて、あなたは、どれくらい知ってる?」
「“欲叶者”に基本、基礎的な能力の底上げと動きの加速、機械神により賜った固有の秘跡を一つ備える……筈です」
「よく知ってるわね。その通りよ」
固有の能力は、喜劇ちゃんなら“再演”という状況再現の秘跡、アイガちゃんなら“溺愛”という情欲を最優先に改変させる秘跡を持っていた。
「欲叶者“退廃”の能力は?」
「“平等宣言”。思考回路の優先度を改変する能力……の筈よ。本人から、直接聞いたわけじゃないから詳細は知らないの」
……優先度を改変?
「……言葉だけじゃ、よく分からないんですけど」
「その時は、多対一で彼女を囲んでいたの。協力しながらどうにか彼女を制圧していた。けれど突然、みんな“自分一人でも勝てる”って、敵に向かって突っ込んでいったわ。それで連携は崩れ、こっちの手札は壊滅」
……?
「……名前からして優劣の認識を均しているのかしら」
要するに概念の認識改変系の秘跡……ってこと?
「最後に、彼女が元々持っていた秘跡、“愚者の境界”ね。その場にいる全員を同一の幻覚へと閉じ込めるわ」
幻覚に認識改変、竜脈を操る力に膨大な臣下、そして臣下の能力まで自由に扱える……。
「あと」
「まだあるんですか」
「彼女自身の力ではないけれど、強力な呪毒を抱えているから本体に触れると死ぬわ」
……。
「彼女が纏う竜脈にも触れると死ぬんじゃなかったんでしたっけ」
「そうね。まぁそっちは私の力で対抗できるとしても、呪毒の方は無理」
……どうすんだこれ。そもそも何しに来たんだっけ俺? お姉さまを一発殴って目を覚まさせる? 死ぬくない俺?
「さて、そろそろあなたの考えを聞こうかしら。賢者の弟子は、頭がいいのよね」
「おいおい任せてくださいよ」
*
瞬く間に世界が白に染まっていく。まばゆい光が視界を塗りつぶす。
「何してるの退きなさい!」
首根っこを掴まれ後方に戻される。
「“壊れるものの無い世界”! あれに触れるなと言ったでしょ!」
「お姉さまの保護は!?」
「軽減するだけよ! 一瞬ね!」
俺を掴みながら、彼女は領域を押し戻す。背徳から溢れ出す白い光が俺の周囲を包むと、途端に呼吸が楽になる。しかし、代わりに体が動かなくなる、彼女の領域内ではこうなるのだ。俺は彼女に掴まれぶら下がり——
気が付くと奴の腕が目の前にあった、咄嗟に奴の胴体を蹴り飛ばしたが、触れた俺の足は竜脈に侵され、瞬く間に歪に捻じれていく、急いで足を根元から斬り飛ばし、痛みに目が眩む――
秘跡“風身”——
「“天癒の涙”!」
温かい雨が体に染み込み、足が生えてくる、見ている間に元通りだ。切り飛ばした方の足は地面を転がり、やがて雑巾のように捩じ切れ、萎れ、黒い煙を噴き出し、最後には泥となり地面に広がった。うわぁ……。
「“愚者の境界”!」
奴が叫んだ、一息もつく暇が無い……視界が歪む、真っ白な光が収束し、その中を奴が歩いて来る、
秘跡“風身”——
「“純化”!」
清浄の光が放たれたなら、幻覚から景色が切り替わり、現実に。非現実的な、白い光が吹雪く中、奴の体はすぐそこにある。再び後ろから強く引かれ、奴から遠ざかる。ひっぱたのは背徳の手だ。
「っすみません!」
「謝罪はいいから目の前の敵を考えて!」
とは言われても、攻撃を避けるだけでも背徳の手を借りるこの状況で何を……――
「“平等宣言”!」
「っ埒が明かないわ! “忘我”! あんたも前に出て戦いなさい!」
「駄目です、陣形は最初に決めた通りに!」
今の発動で均されたのは……前衛後衛の優先度? 考えても分からん! とにかく手筈通りに!
「“幻想世界”!」
「くっ……“壊れるものの無い世界”!」
二つの異なる白い領域がせめぎ合う。
「くくっ、ふふふっ、あははははははは!! 中々やるではないか貴様ら!!」
やはり戦況は劣勢……。
整理すると、一つ目の能力、変異の力は背徳姉さまがどうにかしてくれる、代わりに俺は人形状態になるが。今のところ竜脈から精霊を生む素振りは見えない。もしかしたらその必要も無いと思われているのか……。
二つ目の能力、幻覚の秘跡は俺の使える秘跡の一つで取り払える。気が付かないうちに厳格に引きずり込まれている事さえ気を付ければ問題はない。
三つ目、機械神の加護、動きの加速は厄介だ。単純に強い。対抗策が無く、どうしてもこちらが後手後手に回る。“平等宣言”とかいう秘跡もまだ実態が掴めていない……。
距離を取れば容易に詰められ、中距離では竜脈が襲い俺は動けず、近距離では接触による強力な変異や呪毒の伝播に襲われる。加速と多彩な攻め手により俺たちは防戦一方。
「しかしどうした。その程度か。私を止めに来たのでは無かったのか」
ひた、ひたと、彼女の足が石畳を歩いて来る。俺たちは動けない。
やはり……犠牲を払わずには勝てない。
彼女もそう判断したのだろう。
「……“忘我”!」
背徳の声に、フードの男が背徳の背中に剣を突き刺した。
途端、空気が鉛のように固まる。目に見える全ての動きが止まる。謁見の間を満たす白い流れも、雲のようにその場に縫い留められる、奴の動きも、全て。背徳の濃密な領域が世界を満たす。
今、この中で動けるのは背徳姉さまだけだった。時の止まった世界の中で、背徳はゆっくりと歩いていく。
「あぁ……純白……私の可愛い可愛い純白……貴方は、いつまでもそのままで……私の大好きな貴方のままで……」
背徳が純白の所まで到達した。初めてその距離まで近づけた背徳は、純白を抱きしめる。
その瞬間、俺は叫んだ。
秘跡“風身”——
「“愚者の境界”っ!!」