9.「嫌疑」
「お荷物お持ちしましょうか? お疲れではありませんか? 肩でもお揉みしましょうか? 俺に出来る事があったら何だって言ってください藍鉄さん!」
夜空ちゃんがうへぇと顔を顰める。
「あんた……」
「何がですー?」
「副団長にまで媚売って……見境とか……」
「そりゃそうですよ!」
夜空は引いた目で俺を見る。
「一応言っとくけど副団長は男よ? 女性に寄せてはいるけど」
「知ってますよ、強いですよね! 俺強い人好きなんですよ!」
「……あぁ、そういう」
藍鉄さんの強さは師匠から聞いている、騎士王隊でも古参、指折りの強者だ。
「お暇なら、今度訓練の様子とか見に行ってもいいですか? 藍鉄さんの剣見てみたいです!」
「え、えぇと、どうかしら……」
「あ、無理なら全然断ってくれて構わないですよ! 騎士王隊の大事な任務を邪魔するわけにはいかないので!」
「あ、あはは……まぁ、悪い子じゃ無さそうね」
ガキ、と、彼の動きが突然止まる。
「どしたんですか?」
視線を辿ると、その先には戻ってきた雫が。呆然と、彼は雫を見つめ。
「……副団長? どうされたんですか? もしやあんな年端もいかない少女に一目惚れですか? 掴まりますよロリコン罪で。ただでさえ私が居るのに。誰がロリだこら」
天勁の軽口にも応じる様子はなく。やがて彼は動き出す。
「……えぇ、そうね。何でも無いわ」
雫がくいくいと、俺の袖を引っ張る。
「ねぇねぇふーくん、何でこんなに集まってるの?」
「んー……お仕事?」
「お仕事?」
藍鉄さんが屈んで頭を下げ、俺の背中に隠れた雫に話しかける。
「今、ちょっと危ない事件があってね」
「そう……なんだ」
「でも安心して、悪者は私たちがやっつけるから」
「何かあったん、ですか」
「……えっと」
「淫魔が出たのですよ、この辺で。それで騒ぎになってるんです」
言い辛そうな藍鉄に、天勁ちゃんが補足した。
「え、純真が何かしちゃったの?」
「……純、真?」
夜空ちゃんが復唱する。……あちゃー。
「うん、私たちの、仲間の……」
と、ぐっと、夜空ちゃんに胸元を掴まれる。
「……あんた、さっき心当たりは無いかって聞いた時、何も知らないって言ったわよね」
「言いましたね」
「仲間が四人居るとも。今日は居ないもう一人、それが純真とやらなの?」
「そうですねー」
「淫魔と聞いて、どうしてあんたのお仲間の名前が出てくるのかしら」
首が引っ張られ、至近距離で睨まれる。
「あはは」
「……」
「ね、ねぇ、どうしたの?」
雫が震える声で割り込む。
「今から、あなた達の泊ってる所に、案内してくれる?」
「え……で、でも」
「大丈夫、その純真という子と、少しお話がしたいだけだから」
「まぁまぁ、そんなぴりぴりしなくても——」
がっと、腕を掴まれる。きゃー力強い藍鉄さんー。
「案内をお願いできるかしら」
ギリギリと力が入れられる。
「藍鉄さんのお願いならば、是非」
鍵を取り、ゆっくりと開け、彼は木の扉を跳ね飛ばした。激しい音がして、部屋の中に藍鉄さんが入っていく、
「誰も、居ない……?」
「まだ帰って来てないみたいですねー」
「……その子はどこに行ったのかしら」
「さー?」
「……とぼけるのもいい加減に——」
「ち、違うの……」
雫が声を震わせ、彼を止めた。
「純真、帰って来てないの……ずっと……」
「……どういう事?」
「どういう事も何も、そのままの意味ですよ。ふらっと居なくなって、そのまま帰って来てないんです」
「……へぇ。それをあんたは、大して心配もせず」
「まぁ、良くある事なので。無駄にお騒がせしてもなぁと」
「……こんな時に、行方不明の仲間を放置? その子が、死んでいるのかもしれないって言うのに?」
こんな時って言われても、事件の方は知ったのさっきだし。
「彼女なら大丈夫ですよ」
「……」
ガン!と壁に叩きつけられる。
「あんた、まだ何か隠してるわね」
「いえいえ」
みしみしと押し付けられた肩が軋む。 鋭い眼光で睨み付けられ。
「事件解決の為の尽力なら、惜しみませんよ」
そのまま睨まれ続ける。
「……」
不意に、ふっと拘束が緩んだ。地面に足が付き、彼の鋼鉄のような腕が肩から離れる。藍鉄さんは背中を向けて、そのまま離れて行く。
「帰るわよ」
「副団長いいんですか? 多分あいつ悪い奴ですよ」
「いいわ、いくら殴っても話しそうにないし、私たちの仕事は民間人を殴る事でもない」
彼はすたすたと部屋を出て行き、
「ま、待ってください、副団長……」
と、引き留める夜空ちゃん。
「……なに、まだ何かあるの?」
「いえ、その……」
夜空ちゃんは言い辛そうに。
「私たちが、予約していた部屋も……この宿で」
「……あんたは本当にアホ」