0.「おうさま」
「お願いがあります」
……久方ぶりに顔を見せたと思えば。
広い謁見の間で、男は傅き頭を俯かせて言う。
「……なんだ」
「しばらくの間、息子の面倒を見ていただけないでしょうか」
ほう、貴様の息子の面倒を。この私が、か?
「断る」
「……」
「それで話は終わりか」
それきり男は何も言わない。しかし動きもしない。何かを待つように、じっとそこに居る。がらんどうの巨大な空洞を静寂が支配する。
「……何か、理由があるなら言ってみろ」
「私には、救世の役目があります」
……世界を救う役目。いつもは胡乱な男が、今日ははっきりと物を言う。
「手放しで育つ息子なら良かったのですが……我が息子は、自分の身を顧みず無茶をする所がありまして。あいつもまた救世の役目を抱え、身に余る疲労を抱えたまま、今日も世界の為にと前進しております」
……ふん、蛙の子は蛙だな。
「世界の為にと一人異界の地に赴き、頼る人間もおらず、自分の面倒も見切れないままに身の丈以上の災難に飛び込む、齢十四のちっぽけな少年です。ですが……我が息子だから分かりましょう、その命は最早風前の灯火……このままでは、その命は風と消えていきましょう」
「……私に、何をしろと?」
俯いたまま男は言う。
「あいつの無茶を止めて欲しい。そうまでしなくとも、ただ見ているだけでいいのです」
「そうか」
「どうか、私の願いを聞き届けては貰えないでしょうか」
「くだらん」
頭を垂れたままの男にはっきり言ってやる。
「死にたい奴は勝手に死ねばいい」
「……」
「放っておけないのならその救世の役目とやらを取り上げろ。それでそやつは死なんのだろう。話はこれで終わりだ」
彼はまたしばらく、頭を垂れたままでいた。やがて、口を開いて言うには、
「……それでは、私は失礼いたします。鍵は開けたままにしておきますので、使わなければ締めておいてください」
彼が立ち上がり、そのまま去って行こうと、
「ま、待て、もう行くのか」
目を逸らしたままの男の顔は、いつも通りの優しい、どこか悲しい感情を浮かべていて。
「私には、救世の役目がありますので」
そう言って、去って行った。
また、静かな、冷たい静寂が、私の小さな城を支配する。
少しくらい、私と遊んでいけよ、ばか。