猫課長
私の上司は猫です。性別はオス。年齢は9歳、人間で言えば52,3歳というところでしょうか。品種は雑種のキジトラで、肩書は課長です。
日向ぼっこからのお昼寝も大好きですが、仕事熱心で誰よりも早く出社し、遅くまで残業しつつ、部下への指導も怠りません。
提出した書類上のミスを指摘するときは若干粘着質になりますが、床をコロコロとボールが転がるとそちらに飛び掛かり夢中になって遊びだすので憎み切れません。
昼食はいつもデスクで紅鮭かおかかのおにぎりを食べています。たまに訪れる鯖の塩焼き幕の内の日は、本当に幸せそうな顔をしています。
時々餌付けしたい衝動に駆られてしまうのですが、猫とはいえ上司ですし、相手は既婚猫なので何とか自分の欲求を無理矢理抑え込んでいます。
食後はどうしても眠くなってしまうようで、大きく口を開けてあくびをしたり、喉をごろごろと鳴らしながら思いっきり伸びをしたりするのですが、その姿も可愛らしくて癒されます。
基本的に真面目なのですが、意外にお茶目な所もあります。時々年齢相応の寒いギャグをかますのですが、スベったあとは毛繕いして誤魔化そうとする姿はとても微笑ましいです。
最近は若干抜け毛や白髪が気になっているようで、事実頭頂部が目に見えて薄くなってきているのですが、私は哀愁漂うそんな姿も素敵だなあと思っています。
ただ後輩の女子社員の中には、残念ながらあまり彼のことを良く思っていない子もいるようです。ひょっとしたら犬派なのかもしれませんし、猫アレルギーの可能性もあります。
「伊座辺先輩、よくあの課長と普通に接することが出来ますよね。私、顔見ただけで蕁麻疹出そうになるくらい苦手なんですよ。なんか口調もねちっこいし、いつも貧乏ゆすりしてるし、大口あけてあくびするし……」
「あくび、可愛いじゃない。そうね……猫だと思えば割と平気になるわよ」
「いやいや……それは流石に無理がありますよ、先輩……あの口臭がきつくて中年太りで生え際が後退してデコテカりまくり課長のどこをどう見れば猫だと思えるんですか……」
何だかドン引きしている様子の後輩社員。
それはそうです。現実世界に猫の課長なんているわけがありません。
私だって、一時期は顔を会わせると胃が痛くなるぐらい彼のことが大嫌いでした。かといってそう簡単に転職するわけにもいきません。そこで苦手な上司を克服するために、大好きな猫様の力を借りることにしたのです。
(根古田課長は猫……根古田課長は猫……根古田課長は猫……)
何度も心の中で唱えて、繰り返し妄想するうちに、本当に彼の姿が猫に見えるようになってきました。
ねちねちとした嫌味もにゃあという語尾のインパクトにより不快感が緩和されますし、猫にありがちなツンデレのツンだと考えれば良いのです。貧乏揺すりはぶんぶん尻尾を振っている様子に自動的に脳内変換されるので気にならなくなりました。太った体型も薄毛も猫ならば可愛さが加点されるだけですし。
時々もう自分は以前の現実に戻れなくなるのではないかと心配になってしまいますが、それはそれで幸せなことだと考え直すようになりました。
だって、もう猫が課長じゃない現実なんて受け入れられませんから。