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その温もり  作者: 夢都
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自室

高等科にあがって初めての試験が2週間後にあり、その1週間後には、生徒会主催のパーティーがある。このパーティには参加条件があって、それを満たさない者は参加できない。その条件というのが、各学年で試験の上位10名とその者たちから招待された者だった。但し、招待できるのは各1名だけ。会場は毎年変わり、今年の会場は、生徒会長である白銀 真響さまのご実家が経営しているシロガネグループのホテルで行うそうだ。

私たち1年生からは、まず間違いなく東堂さまと奈月さまが参加するだろう。勿論、私だって試験には自信がある。野々宮 雪音はどうだろうか。初等科からの成績を見ても、上位10名に入るかどうかはギリギリの筈だ。仮に入らないとしても、彼ら2人のどちらかが必ず野々宮 雪音を招待するだろう。こればっかりは断言できないけれど、可能性はとても高いだろう。これに関しては、彼女がいなかったらいなかったで別に問題はない。目障りなものがいない分、東堂さまとの会話を楽しむだけだ。たとえ、あの感情の浮かばない瞳を向けられても。

自室の机で手帳を開いて今後の予定を確認する。これからどう行動するか、あらゆる可能性を考えては計画を練る。


「お嬢様、食事をお運びしてもよろしいでしょうか?」


扉の向こうからノックの後、聞き慣れた女性の声がして、ふと壁にかけられている時計を確認すると、もう夕食の時間だった。今日はお父さまもお母さまも不在のだからと、自室で食べることにしたのを思い出す。一旦、手帳を閉じて一息つく。


「いいわ。入って」


失礼しますと声がして、扉が開くのと同時に香ばしい香りが漂ってくる。香りに誘われるように食事が並べられる円卓についた。


「お嬢様。本日は遥陽さまもいらっしゃるのに、ご一緒に食事をされなくてもよろしいのですか?」


この落ち着いた声の女性は、私のお世話係兼監視役の藤本 佳奈恵さんだ。私が3歳の頃からお世話をしてくれ、今年で36歳になる。記憶はないが、23歳という若さで3歳児をお世話するのはきっと大変だったに違いない。本人に聞いても、自分は幼い頃から妹や弟の面倒を見ていたのでそんな事はなく、お嬢様のお世話は妹や弟より、寧ろ楽しかったくらいですよ、と笑顔で言われておしまいだった。


「いいの。お兄さまだって私とお食事するよりお一人の方が良いと思ってるわよ」


佳奈恵さんが何か言いたそうに口を開きかけたのを、手をあげて止める。横目で佳奈恵さんの顔を確認すると、何とも言えない表情をしていた。困らせているのはわかっている。だからといって、こればかりは譲れない。今までも何かを譲ったことはないけれど。それでも、これだけは本当に無理なのだ。

凛城 遥陽は私のお兄さまであり、凛城家の長男で跡取息子。私とは9歳も歳が離れており、今現在はお父さまの下でいろいろと学んでいる最中である。

元華族である凛城家は古くから呉服屋を営んでおり、その歴史と血統は常に周囲から尊ばれてきた。しかし、近代以降になってくると、呉服屋(着物教室なども開いていたが)だけでは資金繰りが厳しくなってきた。そこで、和服だけでなく洋服産業にも手を出し、最終的には雑貨類にまで及んだ。少々高級になってしまうけれど、昔からの人脈と信頼、そして、和洋折衷したデザインは人気を博し、現在では立派なブランドとして確立していた。

その跡取りであるお兄さまは、とても優秀で気品があり、その整った顔立ちも合わさって、両親含め周囲からその将来をとても期待されている。

お兄さまは、とても穏やかな人だ。どんなにくだらない話でも耳を傾ける辛抱強さと心の広さを持っている。だからといって、決してお優しいだけではなく、時には簡単に人を切り捨てる冷酷さも備えていた。上に立つべくして生まれてきたような人だ。

もちろんそんなお兄さまをとても尊敬しているし、大好きだけれど、お兄さまとはここ数年、まともに会話をしていなかった。とても仲が良かった私たちを知っているだけに、佳奈恵さんは心配してくれている。何かと仲直りさせようと苦心しているのも知っている。だけど、こればっかりはやはり譲れないのだ。いくらお兄さまでも。

佳奈恵さんは、私の意固地な様子をしばらく見て、諦めたように笑うと、「失礼します」と言って、部屋を退出した。私は黙ってその背中を見送ると、そのまま食事を始める。少し悪いことしたかなと、少しだけ申し訳なく思いながら。

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