お友達
その後は、最近よく一緒にいる2人を見つけて、奈月さまとは無事に別れた。
「奈月さまとは何のお話をされていたのですか?」
昼食を済ませて教室に戻る最中、少し喜色ばんだ声で聞かれる。どうやら見られていたらしいと、私より頭一個分低いところにある顔を見下ろす。その顔には、ありありと興味津々と書いてあった。
「私も、気になります」
すると左から、か細いながらもしっかりと芯の通った声があがった。振り返ると、声の主は緊張で少し顔を強張らせいた。なぜ奈月さまと一緒にいたのを知られているのか不思議だったけれど、それもそうか、とすぐに思いなおす。先に食堂の席に着いていた2人が、後から来た奈月さまを見逃すはずはないのだから。
この2人、白岡 舞衣と相良 美百合とは高等科に上がってから親しくなった。
舞衣は、身長156cmの小柄な身長で、黒髪のボブがとてもよく似合う可愛らしい見た目をしている。いつも明るい笑顔で人に接し、その可愛らしい見た目も相まって、周りから何となく人気がある。けれど、裏の性格(本性とでもいうべきか)は、なかなか良い性格をしている。
そんな子が、高等科に上がって私に近づいてきた。「凛城さんのこと、ずっと前から憧れていて、今回せっかく同じクラスになれたから仲良くしたいと思って」とか言ってきてはいたが、実際はそんなこと露ほども思っていないことはよく分かる。それなのに近づいてきたのは何かしらの思惑があるはずだ。それならそれで構わない。そんな人、今までも大勢いた。そういう事なら、私も遠慮なく利用させてもらえる。たったそれだけでしかない。
「私の体調を心配して、お声をかけてくださったみたい」
「体調...ですか?」
舞衣が不思議そうに聞いてきた。それもそうだろう。わざわざ体調の心配をして声をかけてくれるほど、私と奈月さまは親しくない。ましてや、私が孤立ぎみなのは、彼らが大切にしている野々宮 雪音に散々嫌がらせをしてきたせいなのだから。普段なら、敵といってもいい私に、心配して声をかけるような性格を奈月さまはしていない。
たとえ、心配して声をかけてきた事は本当だとしても、理由は他にあると勘づいている舞衣は、決して頭は悪くないらしい。でも、答えなんて教えてあげない。それは、私の弱点といってもいいから。私は黙って微笑みながらうなずく。
「まぁ、さすが奈月さま。お優しい」
今まで大人しく成り行きを見守っていた美百合が、いつもよりも少し声高く笑う。舞衣は口を開こうとしたをやめて、少し不満げに美百合に視線を向けた。そんな舞衣の視線には気づかずに、美百合は手を胸の前で組むと恍惚とした表情で微笑んでいた。そう、彼女は東堂さまと奈月さまの熱狂的な信者だ。それ故に、そんな2人と仲睦まじい野々宮 雪音が気に入らないらしい。普段は目立たない普通の女の子ではあるが、いざ東堂さまと奈月さまのことになると、見境がなくなり罵詈雑言は勿論、過激で大胆な行動にでることも少なくない。
それにしても、熱狂的な信者のくせに奈月さまのどこを見て優しいと称賛できるのか少し呆れる。奈月さまは決して優しくも善良でもない。敵と判断したら容赦がない人だ。今のところ、未だに排除対象にはなってないみたいだけど。そう考えると、ある意味美百合はこの中で一番純粋かもしれない。綺麗な微笑みかえ浮かべば、奈月さまは勿論、私のことだって信用してくれるのだから。
「そうね、奈月さまはお優しいわ。だから、余計に心配になるわ。変な女性に騙されやしないかと」
この瞬間、2人の目が鋭く光る。舞衣も美百合も頭の中に浮かんでるのは、間違いなく1人の生徒。野々宮 雪音。彼女たちは、野々宮 雪音のことをとても嫌っていた。美百合はともかく、舞衣に関してはなぜそう思っているのかはいまいちよく分かっていないけれど。美百合のように彼らの信者でもなければ、恋心を抱いているわけではないようだ。ただ分かっているのは、2人ともひたすらに野々宮 雪音を恨んでいるということ。
「そういえば、保健室へ行く際に東堂さまに偶然お会いしたのだけれど、野々宮さまの居場所を聞かれたわ。結局、お二人は会えたのかしら」
私は彼女たちの様子には気づかないふりをして、野々宮 雪音の話題をふる。すると、2人の顔がどんどん強張っていくのが分かった。舞衣に横目で睨まれる。わざと私が野々宮さまの話題を出したことに気づいたのだろう。まぁ、あからさまだったもの。でも、あなたも私を利用してるのだから、お互いさまでしょう。舞衣に向かって、これでもかとにっこりと微笑んでみせる。すると彼女は目を逸らして、ほんの少しだけ口元を歪めた。
「まぁ!そんなことがあったのですか!東堂さまにお手を煩わせるとは、何様なのでしょう!」
美百合は顔を真っ赤にして憤っていた。何様も何も、前もって会う約束でもしてなきゃ、そうなる可能性もあるだろうに。でも、そんな野々宮 雪音を庇うようなこと、わざわざ言う必要などないだろう。舞衣は呆れたように美百合を見ていた。
「美百合さんは、本当に東堂さまと奈月さまがお好きなのね」
私は、さも微笑ましそうに美百合を見る。その言葉に頬をうっすら赤く染めて照れる美百合。舞衣がハッとしたように、いつもの明るい笑顔を見せながら、美百合を揶揄いはじめた。私たちは、傍目から見ればとても仲の良い友人のように廊下を歩いていった。それぞれの胸の内は明かさないように。