お話
「ふん。友人は選んだほうがいいぞ」
本当に失礼な人だ。仮にも友人と紹介した人を、追い払った挙句にそんな風に言うなんて。
「ご心配ありがとうございます。ですが、私は本当に良い友人を持ったようですわ」
あえて的外れなことを言えば、瀬尾 昭は明らかに馬鹿にした目で私を見下した。遠回しに、「心配なんて無用だわ。あなたの目は節穴よ」と言ったのは伝わらなかったようだ。相変わらず、自分の思うようにしか物事を捉えない人らしい。
「お前、まだあの東堂とこの坊ちゃんを追いかけてるのか?」
思わず眉間に皺が寄りそうになったのを、慌てて口角を引き上げて笑みを作る。勘弁してほしい。せっかく薬を飲んで、治ってきた筈の頭痛がぶり返しそうになる。それに加えて、先ほどからこの男から漂う百合の濃厚な香りがとてもきついのだ。香水のつけすぎなのよ。
「なぜそんなことをお聞きに?」
言外に「お前には関係ない」と微笑む。今回は、意味が伝わったのか、とても不愉快そうにしながらも、片方の口端をあげて皮肉げに笑われる。随分と器用だわ。
「大した理由など無いさ。ただ、もしそうなら可愛い幼なじみが哀れで仕方ないと思ってね」
この男は、昔から口を開けば嫌味ばかりを言って、私が泣けば、それは楽しそうに笑うのだ。
「あら、それほど私を気にかけてくださっていたとは、知りませんでしたわ。けれど、そんなにご心配なさらなくてもよろしいのに。私が自分で決めたことですもの」
お前には関係ないだろうと、言外に含んでみせる。それでも、彼は伝わったのか伝わってないのか、馬鹿にしたように続けた。
「ふん。心配なんかするもんか。東堂んとこの坊ちゃんじゃなくても、お前なんかを好いてくれる者なんて、誰もいないだろうさ。なんせお前は、親にも捨てられた可哀想な子なんだから」
ドクン、と心臓が強く鳴った。息を吸おうとした瞬間、喉からヒュッと音が鳴る。頭が一瞬真っ白になって、反射的に彼を強く睨む。こんな、誰が聞いてるかも分からない場で、その話をするなんて、この男には本当に虫唾が走る。そんな私を見て、彼はますます調子に乗って、あのニヤニヤとした下品な顔を覗かせる。あの百合の濃厚な香りが嫌に鼻につく。
「...貴方が私をどう思おうと勝手ですが、公私を分けずに、分別なくそのような発言をなさるなんて、貴方は昔から何一つ成長してないようで安心しましたわ」
頭が朦朧として、いつもは取り繕っている筈の言葉を直接的に投げてしまう。彼は驚いたように目を見開いたかと思うと、顔を真っ赤に染めて握りしめた手を戦慄かせるていた。あまりの怒りに言葉も出ないようで、何度も口を開閉させては意味もなく空気を食べていた。その様子を見て、ふっと冷静になる。幼い頃は周りに目があって、直ぐに両親に話が行く為に、この人に何を言われても反撃できずにいた。けれど、よくよく考えてみたら、ここには彼の味方も私の監視をしていたお目付役もいない。彼は、その無駄に高いプライドのせいで、今日の事を誰かに言いふらしたり、ましてや両親に泣きつく事もできないはずだし、そんな甲斐性もないだろう。何だか、この人の相手をするのも馬鹿らしくなってきたわ。
「それではそろそろご用も済んだようなので、ここで失礼しますわ」
そう切り出せば、彼は忌々しそうに私を睨みつけて顔を真っ赤に染めたままに何処かへ去って行ってしまった。最初から最後まで本当に失礼な人だわ。
「ふふ。流石だわ」
突然耳に入ってきた綺麗な澄んだ声に、思わず振り返ると、そこには楽しそうに微笑みながら佇む、白銀真響さまがいらした。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私は、」
「凛城希夜華さまでしょう?知っているわ。貴方、いろいろと有名だもの」
慌てて挨拶をしようとすれば、それは遮られ意味深に呟かれる。そんな彼女の顔を見れば、変わらずに微笑んでいるだけで、何を考えているか全然読み取れそうになかった。いろいろ、とは一体何のことか。心当たりが多過ぎて絞りきれない。いや、彼女の場合は全部知っていると考えた方が自然ね。だから、いろいろ、と言ったのだろう。そうと思えば、気は楽なもので今更隠すことなど何もない。
「そうですか。私の何を知っているのかは、私如きでは判断が付きかねますが、何を言われたところで私は変わりませんわ」
「あら!私は何も貴方に対して、何かを言うなんて事ありませんわ。第一、貴方をいろいろと知っていると言っても、貴方自身のことを知っている訳ではないもの。私にはそんな資格ないわ。貴方だってそう思うのではなくて?」
彼女は慌てたように、両手を小さく上げてブンブンと振りながら、困ったように小さく笑った。私は、彼女のそんな様子に少し驚いて、小さくホッと息を吐いた。




