夕食
「希夜佳、聞いたよ」
お父さまのその突然の言葉に、私は思わず手にしていた食器を小さく鳴らしてしまった。目の前で座っていたお母さまは、その無作法に不快だとその綺麗な眉を顰めたが、それも一瞬のことで、すぐに無表情に戻ると綺麗な所作で食事を再開した。
小さく深呼吸する。手に持っていたナイフとフォークを置き、グラスに注がれているグレープジュースを一口飲んだ。その一連をお父さまがジッと見つめているのが、そちらを見なくても分かった。
「何を、お聞きになったのですか?」
お父さまの顔を見るのが怖くて、そのままグラスを傾けて、紫色の液体が流れるのをなんともなしに見つめる。目の端で、お母さまがその態度に口を開こうとするのがわかる。それを遮るように、お父さまがわざとらしく大きなため息をした。その静かで大きな音に、自然と肩がゆれ、仕方なくグラスを置き、お父さまに視線をよこす。お母さまからはもう、何か言われる気配はしなかった。
「分かっているはずだ。何としても東堂家の御子息とお近づきになれ。あんな凛城家より劣る家の娘など、さっさと消してしまえ。一体、何年かかっている。何のためにお前をあの学園に入れたと思っている」
お父さまの目が、次はないと空に伝えてくる。チラリとお母さまを見ると、何かを言う気配もなくただ微笑んでいた。きっと呆れてるのだ。途端に自分が惨めに思えて、膝に重ねおいた手をぎゅっと握った。
「分かって、おります。必ずお父さまとお母さまの、期待に、応えてみせます」
お父さまが当然だと鼻で笑う。お母さまがより優しげに微笑む。そのどちらも、私に向ける目はどこまでも冷たい。その目が恐ろしくて、まだ食べ終わってもいないのに、逃げるように自分の部屋へと足早に戻った。
手触りの良いシルクのパジャマに着替えると、ベットへ横になった時、先ほどのお父さまの言葉と両親の冷たい目が思い浮かぶ。それらの映像は、忙しなく頭の中をぐるぐると駆け巡る。目をぎゅっと強く瞑る。
大丈夫よ。今日は私が不甲斐ないから怒っていらっしゃったのよ。これ以上、失望されないようにしなくては。お父さまとお母さまの望みを叶えられたら、きっと、褒めてくださる。認めてくださる。だから、もっと、もっと、頑張らなくては。そうでしょう?
その日の夜は、なかなか眠りにつくことができなかった。