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その温もり  作者: 夢都
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果実

「ごきげんよう」


自分にできる最大限の爽やかさで挨拶をすると、目の前の女子生徒の表情がこれでもかと強張った。


「凛城さんが私に何の御用でしょうか?」


それでも、一瞬で笑えるのはさすがというべきだろうか。それに「さま」ではなく、「さん」と敬称をつけるあたり、思っていたより気が強そうだ。


「用?そうね...。貴方をパーティーにご招待しようかと思って。ね、水野さん?」


私は、不自然なほど機嫌よく話す。その様子に怪訝そうに見つめて、彼女は小さく「パーティー...?」と悄然と呟いた。パーティが何を指しているか、何も言わなくても分かる筈だ。


「なぜ...私を招待しようと?」


そんなの決まってる。野々宮さまに1番近く、1番長く側にいた貴方を手に入れたかったから。彼女の幼なじみだという貴方を。


「あら?貴方が1番わかっているのではなくて?」


彼女がハッとしたように私をまじまじと見つめた。なぜ気づいたのかと、その目は雄弁に語っている。彼女は嘘をつけない質らしい。


「別に悪いようにしないわ。貴方だって、いつまでも搾取される側でいたくないでしょう?」


野々宮さまに勉強を教えてるのは彼女だと、舞衣から聞いた。野々宮さまと幼なじみの彼女の家は、家格は野々宮家より少し劣り、更に水野家のお得意様らしく、両親に決して野々宮さまより上になってはいけないと、強く言われて育ってきたらしい。だから、けっして野々宮さまの上に行かないようにわざと成績を落としているのだと聞いた。本当は10位以内に必ず入る実力を持っているくせに。全く、今どきなんて古臭い考えだと思うが、これを利用しない手はないだろう。

それにしても、水野さまの口は堅く、ましてや自分のプライベートだ。誰彼構わずに話すなんてしないだろうに、舞衣は一体どうやってこの情報を掴んだのか。一瞬、得意げに笑う舞衣の笑顔が頭によぎる。


「私は一度も、誰にも、搾取なんてされていません」


屹然と言う彼女の手は震えていた。なんてわかりやすい人なのかしら。それにしても、


「本当は気づいてるくせに。あれのどこにそんな価値があるのかしら?」


全く理解できなくて呆れる。愚かにも程がある。野々宮さまは、なぜ気づかないのか。毎回のように、彼女から勉強を教えてもらっているくせに。わざと気づかないふりをしてるか、自分のことしか考えていないか、頭がお花畑になっているか、それは分からないけれど、水野さまのように義理立てする方が野々宮さまも傷つくだろうに。彼女は気丈にも、そんなことはないと睨んでくる。愚かすぎて笑みが溢れてしまう。彼女の目つきが更に険しくなった。


「まぁ、いいわ。気が変わったらいつでも言ってちょうだい。私はいつでも貴方を歓迎するわ」


もともと、そんな簡単にこちら側に来るとは思っていない。それに、一瞬だったけれど、確かに瞳がぐらぐらと揺れたのを見た。思ったより心の限界が近づいていそうだ。案外早く、こちら側に堕ちてくれるかもしれない。これから揺さぶるだけ揺さぶって、甘い果実を与えてあげよう。人間だって、自然に生きる動物ですもの。生きるための本能には逆らえないわ。

1番信頼していた友だちに裏切られたと知った彼女はどんな顔をしてくれるだろうか。今から楽しみでしょうがない。先に、あの子をいらないと捨てたのは貴方だもの。そんな自覚なくたって、結局は相手の受け取り方次第ということを知った方がいいわ。周りにいる人に感謝せずに享受するだけで大切にしないのが悪いのよ。

試験で失敗してしまったのだ。しかも野々宮さまより順位が下だった。後者は特に何も言われなかったが、あの両親の怒りは私に対する全てだった。パーティーは来週の金曜日だ。なんとか、そこで何かしらの結果を残さなくてはいけない。

私は、水野さまを裏庭に取り残したまま、自分の教室へ足を急いだ。


「どうでした?私の見つけた種は芽を出しそうですか?」


舞衣が得意げに笑った。それは質問のようで答えなんて求めてない自信の現れだった。


「さぁ?種は蒔いてみたけれど、ちゃんと芽を出すかは、その時の運もあるでしょう?あぁ、でも安心して。果実が実ったら貴方にもちゃんと分けてあげる」


だから、楽しみに待っていてね。そう笑えば、舞衣も無邪気に笑う。教室で交わした何の変哲もない会話は、聞いていれば違和感を抱くもの。でも、そこまで深く聞いてる人もいなければ、みな自分たちのことにしか興味がない。

生徒たちの声といろいろな音が混在する教室に溶け込むように、私たちの小さな笑い声が加わる。

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