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その温もり  作者: 夢都
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奈月葵。彼の生家である奈月家は、古くからある日本舞踊の流派のひとつ、奈月流の家元を代々務めてきた。彼は、そこの1人息子にして、次期家元といわれている。容姿端麗、文武両道、品行方正とおよそ欠点など見つからない彼は、東堂さまと並びこの楸瑛学園の頂点に君臨している。

いつも優しく微笑んでいる彼は、その反面、その賢さで人をよく見ている。そして、自分の益にならない者とは一定の距離を保ち、その線を超えることは決して許してくれない。ある意味、潔癖な程の完璧な線を引く彼は、人前以外で私に近づくこどなど今までになかった。

だから、私は彼から嫌われていると思っていた。それなのに、この状況は一体何なの?しかも、こんな人気のない音楽室で話しかけてくるなんて。初等科の頃から思い出しても、2人の時に話しかけられたのは、これが初めての筈だ。


困惑気味に奈月さまを見れば、彼は相変わらずの胡散臭い笑顔を顔に貼り付けて立っている。その瞬間、混乱していた私の頭の中が急速に冷静になるのが分かった。一度冷静になってしまうと、今度は何だか急に腹立たしくなってきた。私もお返しに、嫌味なほどの綺麗な笑みをみせる。


「ありがとうございます。でも、幼いころから一流の音を聴いて育っている奈月さまに、私の未熟な演奏を聴かれていたとは思わず、とても恥ずかしいですわ」


恥ずかしいなんてそんなこと、勿論つゆほども思っていない。要するに「教養があるはずなのに、盗み聞きなんかするなんて信じられない」だ。東堂さまならともかく、奈月さま相手に今更取り繕う必要もない。なんせ私の数々の悪事は、おそらくこの人にはほぼ筒抜けなのだろうから。


「そんなことはあるかも知れないけれど、そんな僕の耳でも、凛城さんのピアノは素敵だと思ったよ」


私の嫌味は華麗にスルーされた。奈月さまは、何が面白いのか目を細めて可笑しそうに笑う。その様子に、せっかく張り付けた綺麗な笑みが引きつりそうになった。


「お褒めいただきありがとうございます。そういえば、奈月さまはどうしてこちらに...?」


「あぁ。ちょっと先生に雑用を押しつけられてね」


さっきまでのどこか楽しそうだった彼が一転して、少し困ったように笑った。ふと、その表情である光景が蘇る。

小さな男の子の背中と、その前に立つ先生の何か慌てているような泣きそうな、縋るような何とも言えない情けない顔。そして、その男の子に何事か一生懸命に話している。よく見ると、その子の両手は小刻みに少し震えていて、手元は何かを堪えているのか強く握りしめられている。その様子の違和感と不信感、そして、そのあまりな不自然さに眉を潜めたのを覚えている。

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