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その温もり  作者: 夢都
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第3音楽室

それでも、東堂さまたちの一見幸せそうな様子を見ていられなくて、今度こそ教室へと戻る。

そんなことより、私はとにかく焦っていた。こんな失敗は初めてだった。この私が7位なんてあり得ない。後ろで美百合と舞衣が何か話していたが、私の耳には何も聞こえはしなかった。

結局、今日一日ずっと集中出来ずに放課後を迎える。両親にどう説明すればいいのかばかり考えてしまう。まさか、お兄さまの事を告げるわけにもいかない。仮に告げたところで、きっと信じてはくれない。むしろ、お兄さまを言い訳にした時点で、更に詰められることは目に見えている。

ふと気づくと教室に1人、私だけが取り残された。美百合と舞衣に、何とか挨拶をしたのは辛うじて記憶にある。家に帰りたくなかった。今日は、ピアノも塾も習字などの習い事も何もない日で、真っ直ぐに家に帰らなければならない。

暫くグズグズしていると、スマホから初期設定のままの着信音が流れた。画面を見ると、「運転手」とあった。迎えの車だ。いくら待ってもなかなか来ないから、連絡してきたのだろう。

良い加減に帰れなければならないと鞄を手に取った時、ある事が頭をよぎった。

そういえば、殆ど使われない第3音楽室が校舎の奥にあったことを思い出す。何度かその音楽室の前を通った時、窓から少し見えた部屋の中に、綺麗なグランドピアノが置いてあった。そう思ったら最後、どうしてもあのピアノを弾きたくなった。鞄にしまったスマホを慌てて取り出し、呼び出し音を鳴らす。ワンコールもせずに、通話に切り替わった。


「申し訳ないのですけど、少し用事ができたしまって、まだ帰れそうにありませんわ」


そう言えば特に追及されることもなく、帰る時にまた連絡してくれと言われて、通話は無事に終了した。

第3音楽室の鍵を職員室から借りると、そのまま3階へと向かう。

あまり使われない音楽室だから、少し埃ぽいかもと予想していたけれど、ちゃんとお手入れはされているらしく、とても綺麗な状態を保たれていた。ピアノもしっかりと調律がされていて、美しい音色を響かせてくれた。さすが、楸瑛学園。手抜きは一切ない。

明るい曲、寂しい曲、美しい曲、そして哀しい曲。適当に、頭に思い浮かんだ曲を順に弾いていく。

ピアノを弾いている間は、何も考えなくて済む。曲に集中して没頭するだけ。私は思考からも世界からも、そして私自身からも、私を隔離したかった。

何曲目かを弾きおえて、ふとピアノを弾くのに邪魔だと思って、外してた腕時計を見るれば、時刻はもう5時半をさしていた。


「もう、こんな時間...」


1時間程、ずっとピアノを弾いていたらしい。流石にそろそろ帰らないと、運転手も心配するだろう。

慌てて机に置いていた鞄を取ろうと席を立ち上がった時、ようやく真正面の扉に寄りかかる人影に気づく。


「奈月さま...」


彼は、ようやく気づいた私にゆったりと微笑んだ。腕を組み扉に寄りかかる姿は、とても様になっていて、そんな姿さえ上品に見える彼の所作はとても美しい。


「やぁ、素晴らしいピアノだったよ。許可もなく聴いてしまう形になって申し訳ないね。とても集中していたようだったから、声をかけるのは何となく気がひけて」


そう言いながら組んでいた腕を解いて、こちらに歩いてくる彼と一緒に、あの爽やかでどこか甘い香りも静かに訪れる。

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