落としたポテトチップスをなぜ踏むのか
「ああ! ポテトチップス落としちゃった、勿体ない!」
いや、違うな。
落としたのは一枚だけだから、複数形の「S」はいらない。
「ああ! ポテトチップ落としちゃった、勿体ない!」
綺麗な床やコンクリート、雪の上などであれば拾って食べるが、土や砂が付いてしまうと――もう食べられない――。
砂浜のビーチであれば……拾って食べるかもしれない。ポテトチップが「うすしお味」であれば、少しくらい砂浜の塩っぽさが加わっても味的には問題はない。――だが、砂が口の中で、ジャリ! と音を立てた瞬間、テンションはだだ下がりするであろう。アサリの入った「スパゲッティーボンゴレ」を食べた時、最後のアサリが、ジャリ! と砂を噛んでいたのと同じくらい、テンションが下がるだろう――。
……最初の一つや、すべてのアサリが砂を噛んでいた方がマシなくらいに……。
子供の頃……こんな経験はなかっただろうか。
ポテトチップを落としてしまい、それを自分で踏んだ思い出……。
――クシャッ。
ポテトチップを靴で踏みつぶすと、蜘蛛の巣や雪の結晶などの模様とは異なる乱雑な割れ方をする。今思い返せば、食べ物を足で踏みつぶすなんて――とんでもない。いったいなぜ、そんなことをしたのだろうか。
――落としたポテトチップスを、なぜ踏んだのだろうか――。
「食べ物で遊んではいけません」と親に叱られたことがある。三十キロの茶色い米袋に乗って遊んでいたのだ。ぐでっと横たわっている米袋が物珍しく、上に乗ったり抱き着いたり、頬っぺたをすりすりしてみたり、米袋の匂いを嗅いだり、またがったりして遊んでいた……。
「――お米の上に乗って遊ぶなんて! 今すぐ下りなさい!」
言葉よりも先に、首筋を掴まれて米袋から引きずり下ろされたのを今でもよく覚えている。母親の実家は農家だった。
米一粒の中には神様が三人いらっしゃるとも聞かされていた。
ということは……いったい何人……いや、何百万人の神様を踏んで遊んでいたのだろうか……。
――神様からの罰が……怖すぎる。絶対に僕は地獄に落ちる~……。
母親からは、「米粒を残すな」とも言われていた。御飯粒が茶碗に残っていても、そこには同じように神様がいらっしゃる。米を作るのには大勢の人のたくさんの努力が込められているのだから、一粒たりとも無駄にしてはいけないと……。
だが、僕は見てしまったのだ――。
前の日の晩に残ったお刺身を、次の日の朝、捨てる母親の姿を――。
「うーん、ちょっと生臭いわね。色も悪いし捨てちゃお~っと」
流し台の三角コーナーに茶色っぽく色がくすんだハマチの刺身が捨てられた。
……母の定義では、お米は駄目でも……お刺身はいいらしい。
話が脱線してしまったが、食べ物を粗末にしてはいけないことは、小さな頃から知っていたはずなのだ。――なのになぜ、落ちて食べられなくなったポテトチップを足で踏んだのだろう――。
僕が食べるのを諦めたポテトチップを誰にも食べられたくないからなのかもしれない。独占欲ってやつだ。自分の物はゴミですら他人に取られたくない……卑しい考えだ。
それとも、落とした悔しさの腹いせなのかもしれない。悔しい気持ちと後悔を踏みつぶすことで少しでも気分が晴れると思ったのかもしれない。スカッとした。いや、パリッとした……みたいな。食べた時と同じ音だけでも楽しみたかったのかもしれない。
もしくは、どんな形に砕けるかの研究の為だったのだろうか。探求心の表れで、踏みつぶしたポテトチップが、ある法則に基づいて割れることを研究しようとしたのかもしれない。
――バカバカしい。子供の頃に、そんなことを考えていたはずがない――。
大人になった今、頭脳も心も体もすべて私は成長を遂げた――。それなのに、昔の自分が取った行動と、その意味を理解できずにいるのがたまらなく歯痒い――。
コンビニでポテトチップを買い、公園のベンチへと向かった。
昔と変わらないパッケージ……。いや、昔は丸い厚紙の筒ではなく、四角い箱に入っていたかもしれない。
座りながら蓋を開け、銀色の包装を縦に切り開けると、中には綺麗な形で整列されたポテトチップがぎっしり並んでいる。底の方は一枚二枚が最初から割れているのが主流で、上から食べて最後の一枚まで割れていないときは大喜びしたものだ……。
あの時の情景を思い出しながら、それをベンチの下へと……。
一枚……一枚……落としていく。
フ、フフ、フハハハハ!
「――さあ、蘇るのだ! 遠キ日ノ思イ出ヨ!」
大人になった今、俺にはなにも怖れるものなどない! 百円など安いものだ――。
大人買いだってできる。二枚同時食いといった「大人食い」だって、やろうと思えばいつでもできるのさ――!
パラパラパラパラ……。
「はーっはっはっはっは! あーはっはっはっはっは――!」
――なにをやっているんだ俺は――!
地面にバラバラに落ちたポテトチップを……いや、ポテトチップスを、涙目で見つめる……。踏みたい衝動なんて……まったく感じない――。
百円を損した……それだけでは済まされない罪悪感が、胸をキューっと締め付ける――。
勿体ないだけじゃないか……鼻水が垂れてきた……。
一枚、試しに踏んでみようかと思ったが、踏まなくてもどんな感触で、どんな音がするのか容易に想像できる。
あの日……体験した通りだ……。割れた後の姿までもが目に浮かぶ。
粗末にしてしまったポテトチップを拾い上げ、公園のゴミ箱に捨てた……。小さな子を連れた母親達が、俺の姿をヒソヒソ話しながら見ている……。
見ないでくれ……恥ずかしいから……。
「ただいま」
家に辿り着く頃、すっかり日は西に落ちていた。玄関には汚れた子供達の靴が脱ぎ散らかしてある。何度揃えろと言っても……馬の耳に耳クソだ……。
だが子供の頃の考え方については、子供に聞くのが正しいのかもしれない……。リビングに入ると、勉強もせずゴロゴロしている子供に尋ねた。
「もしもだ。公園のベンチでポテトチップを落として、拾って食べられないくらい汚れてしまったら、どうする?」
スマホでくだらない動画を夢中で見ている中学生の子供達は、見向きもせずに答えた。
「踏む」
「うん。踏む」
――即答! ――二人とも踏む派!
やはりそうなのか――。
だが、その理由まで考えたことはないだろう……。
「なんで?」
下の子が答えてくれた。
「蟻の餌にする」
――またしても即答! ゆるぎない絶対的自信――こちらを見向きもしない。
私はその言葉を聞いてハッとした――。落としたポテトチップスを踏むのは……、
――アリだったのか……。
読んでいただきありがとうございます。
皆様は落としたポテトチップを踏んだ経験ありますか?
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