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8話 帰宅

針金山での魔獣掃除を終え、然るべき機関や人物にことの顛末を報告するなどしていたため、蓮也が家に着いたのは23時をまわった頃だった。


「ただいまーっと。」


 夜遅くの帰宅。今までは家にいるのは父親だけであったので、今回のように夜遅くに帰宅しても気を使わずに振る舞えたが、今日は違う。


「まるで人の家にお邪魔しに来たみたいだ。」


 如月一家が転がり込んできた為に、蓮也は他人の家に上がり込むようなぎこちなさで家にはいる。


「親父は帰ってないだろうしな。」


 今回の蓮也達の魔獣討伐の後始末に追われているだろう父親を思い浮かべる。

 蓮也がああして針金山に好き勝手出入りできるのは、蓮也自信の権力よりも、父親の修司の力が大きい。


「ひとまず、風呂に入って寝るか。」


 蓮也自身は傷はおろか汚れすら負っていないが、あれだけの血溜まりのある空間にいたのだから気分はよくなかった。

 持っていたリュックや手荷物を自分の部屋に放り捨てると、そのままバスルームへ向かう。


「入るぞ。」


 いつもならそのままバスルームの扉を開けるのだが、万が一を考えてノックと声掛け。そして中に人がいないことを確認してドアを開ける。


「もう寝たのか? 」


 シャワーで頭を濡らしながら、ふとそんなことを思う。先程から物音がしない。リビングの電気も消えていた。

 ただ、如月姉妹の部屋の電気がドアから洩れていたので居ることにはいるのだろう。

 如月姉妹は二人で一つの部屋を使っている。遠慮しているのかそうではないのかは蓮也の知るところではないが、部屋が足りないということはないのでおそらく本人の希望だろう。


「さっさと済ませて寝るか。」


 そんなことを考えながら、蓮也は湯船に浸かることなく、シャワーで済ませるのだった。浴槽にはお湯が残っていたが、なんとなく気が引けたのと、能力を使ったことと、山登りの疲労から、溺死の危険を感じてやめにしたのだった。


△▼△▼△▼△▼


翌日。


 寝坊常習犯の蓮也は、珍しく余裕をもって目覚めた。ロングスリーパーを自称する彼からすれば、睡眠時間が十分だとはいえなかったが、何故だか目が覚めた。


「たまに起きる怪奇現象だな。」


 ぶつぶつと下らないことを呟きながら階段を降りてリビングへ向かう蓮也。無論、寝癖はそのままに。


「おはようございます。」


 リビングからは朝食の香りと、話し声が聞こえていたので、蓮也は朝の挨拶をしながらリビングのドアを開ける。


「あら、おはよう。」


「おはよう。」


「おっはよー!」


 如月母、姉、妹が三者三様に答える。

一応、挨拶くらいは返してもらえるらしい。


「朝ごはん作ったから食べてみてねー。」


 気さくに如月母、如月千尋が蓮也に笑いかける。


「ありがとうございます。ありがたくいただ──」


『昨日夕方、針金山にて数百頭の魔獣が見つかったという、対魔獣特殊部隊『P.S.F』による報告で新たな情報が入りました。』


 聞き覚えのある単語に、思わずテレビへと視線を向ける蓮也。

 どうやら朝食の時にテレビをニュース番組にして、ラジオのように流すのが如月一家のルーティーンらしい。


『報告によると、今回針金山で確認された魔獣は、いずれも連日世間を騒がせていた連続市街地襲撃事件で姿を現した魔獣と同じ種類であり、P.S.Fは針金山が襲撃事件の実行犯の活動の拠点であった可能性を──』


「はい、お待ちどうさん。」


 テレビへと奪われていた意識が、千尋がテーブルへと朝食を持ってきたことで現実に戻ってくる。


「あ、ありがとうございます。」


 蓮也は目の前に並べられた朝食を見てひきつった笑顔で礼を言う。


「ちゃうと食べなきゃ授業集中できないわよ。」


 そう言って蓮也の前に並べられたメニューは、とても食欲をそそる香りを発していた。千尋は料理が上手い。実際、味は文句なしだ。ただ、


(お、多すぎる…)


 少食な、とりわけ朝に食欲がわかない体質の蓮也からすれば中々の量であった。

 

▼△▼△▼△


 目の前で朝食の量に顔をひきつらせている男を見ながら、華乃は事も無げに朝食を平らげていた。


針金山


 先程、テレビで読み上げられていたこの単語に反応したのは蓮也だけではなかった。


(針金山…?)


 それは昨日の昼休みにて、華乃が蓮也達の会話を盗聴しようとして失敗したときに、エセ読唇術で唯一拾った単語でもあったからだ。

 偶然なのだろうか。あるいは華乃が知らなかっただけで、あの昼休み時点でネットでは針金山のことは話題になっていたのだろうか。

 いや、それよりも──


(どうして会話を聞くことができなかったんだろう。)


 華乃にとって気がかりなことは、蓮也達の会話を盗聴することができなかったことだ。家に帰って冷静に考えてみたが、明らかにおかしい。何かの能力であるに違いない。

 そんなことを頭の中でぐるぐると考えながら、華乃は目の前に座って、朝食をなんとか食べきろうと悪戦苦闘している男を観察する。


(そういえば、なんの抵抗もなく私の前に座ってるわね。)


 別に悪いことではないが、普通同年齢の異性が目の前に座っていたら、少しは意識なりなんなりするのではないか。この男は、華乃には目もくれずに一心不乱に朝食を食べている。


(試してみよう。)


 もしあの盗聴にこの男が気づいていて、意図的に何かしらの能力でそれを妨害したのなら、あの時話していた針金山についての話題がニュースで取り上げられているこのシチュエーションは少なからず動揺しているのではないだろうか。

 華乃は、盗聴を妨害した能力者は目の前の男ではないと踏んでいる。この男と談笑していた、もう一人の茶髪の男である可能性が高いと考えているからだ。


(E級能力者に、そんな芸当はできないはず。)


 華乃は、蓮也がE級能力者であることを知っていた。というより母親から同居を予定していると聞かされてから自分なりに調べたのだ。

 今後、同じ屋根の下で生活することになる男を。


 成績も良くなければ悪くもない。生活態度は改善すべき点が多い。交友関係も広くはないが、別に嫌われているわけでもない。特段、秀でたこともなければ目立った欠点らしいものも見当たらない。


──人畜無害、というより取るに足らない男。


 それが華乃の蓮也に対する評価であった。


(一応、確かめておこう。)


 だから、華乃がもう一度蓮也を能力の対象としたことも、本当に"一応"であった。昨日のように、耳に意識を集中させ、目の前の男の心臓の鼓動を捉えんとして───


「──」


 すんでのところで喉から出てしまいそうだった声を飲みこんだ。あり得ない。どういう原理なのだろう。


 聞こえない。聞こえなかった。目の前で苦しそうに胃に食べ物を押し込んでいる男の鼓動が。否、鼓動だけではない。朝食を噛む咀嚼音すらも、何も、何ひとつ聞こえない。


 動揺に目を丸くする華乃をよそに、蓮也は何かに気がついた素振りを見せることもなく、なんとか完食できたことに、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 その様子にこちらが能力を使用したことに気がついた気配は微塵も感じられない。それどころか、先程から華乃に意識を向けることすらない。


「──」


 歯を磨き終えたと口を開けて点検を頼んでくる妹の頭を撫でながら、ごくりと息を飲む。


──もしかするとこの男は、自分が思っていたよりも、危険な存在なのかもしれない。



そう思いながら。


読んでいただきありがとうございます。

明日も19時前後に更新するので宜しくお願いします。

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