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6話 針金山

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 細く、高く、無数の針のような枝を蓄えた木が所狭しと並んでいる。そのするどい枝は、もうすぐ夏だというのに葉や花をつける気配がない。しかし膨大な量に枝分かれした枝がまるで屋根のような役割をはたしているため、山の中は薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出している。


「なるほどな。こうして見るとまさに"針金"だな」


 授業後、蓮也と洋介は針金山の入り口にいた。"入り口"と言っても、そう書いてある看板が立っているだけで、その他に入り口としての機能を果たす物は見当たらない。


「いやあ、お陰で早く着きました。ありがとうございます。」


洋介はいかにも高級そうなスーツを身に纏った眼鏡をかけた男に頭を下げた。


「いえ、仕事ですので。」


 スーツの男は、手で眼鏡を押し上げながらそう返す。高校から決して近くない位置にある針金山まで蓮也と洋介を運んでくれた運転手である。


「では、お気をつけて。」


 スーツの男はそう告げると腰をくの字に追って蓮也にむけて頭を下げた。


「ああ、行ってくる。」


 明らかに蓮也より歳のいっている男が、その少年に向けて頭を下げる光景は何とも奇妙なものだが、今この場にそのことを疑問に思う者はいない。


「んじゃ、行くぞー!」


 威勢良く歩きだした洋介の後ろを、蓮也がやる気無さげに着いて歩く。

本来針金山に、このように高校生が入ることはできないが、彼らは問題ない。

 山肌は整備されてるわけでもないので非常に歩きにくいが、2人は特に気にするでもなく歩く。


「ところで、どんな魔獣がでるんだ? 」


 普通は来る前に確認しておくようなことを今さら尋ねる蓮也。本気で気になったわけではないが、こうしてただ山中散策しているのも退屈なので聞いてみただけだった。


「言ったろ。まだ魔獣が出るぞっていう噂のレベルさ。必ず出るとは限らない。」


 けろりと言ってのける洋介だが、蓮也はこの男が"単なる噂"の域を出ないようなリサーチで、こんなところまで遥々(はるばる)やってくるような人間でないことを知っている。

 洋介は情報通、という言葉では足りないほどにあらゆる情報に通じている。


「その噂とやらでいいから聞かせてくれ。」


なので、蓮也は知っていることを話すように洋介を促す。


「調べた範囲だと、少なくともここ1ヶ月で24人、この山で行方不明者が出ている。」


「多いな。」


1日に1人近くのペースで、この山で行方不明者がでている計算になる。


「密猟者さ。無断でこの山に入って魔獣を狩って素材を売りさばくつもりだったんだろうね。単独で来た者、グループで来た者、関係なくこの山に入ったきり消息が途絶えた。」


 どうやら想像以上に被害が出ていたらしい。しかしそれだけの規模の事件が起こっていながら、未だに"噂"程度にしか情報がないのか。


「ま、ここまで1ヶ月間、この山に踏み入れた人間で生存者が一人もいないからね。来る途中にあった村の住民が山に入っていく人を目撃しているんだけど、帰ってくる姿は見えないことが続いたから不審に思って通報したらしい。」


 蓮也は来る途中に車の窓から見えた村の様子を思い浮かべた。その村のすぐ近くの、蓮也達が利用した道路は針金山への唯一の道路らしい。


「どんだけ山奥なんだよ。」


 広大な通常の山々に囲まれるようにして存在するこの針金山は、まさに"山奥"と呼ぶに相応しい辺境の地だ。政府の開発も行き届いておらず、魔獣の一匹や二匹でてもおかしくないだろう。


「ここに生息していた危険な魔獣は政府が10年前くらいにあらかた駆除したはずなんだけどね。駆除した後はほったらかしだったからまた"何か"が住み着いたんじゃないかな。」


「どっから沸いて出たんだか。」


 魔獣というのは神出鬼没だ。しかし、何もないところからいきなり沸いて出てくることはないので、どこかに魔獣の流入ルートがあると考えられる。


「と、話しているうちにさっそく来たね。」


言われて見てみると、洋介の視線の先には2匹の魔獣がいた。


「魔猿か。」


 魔猿


 それは猿によく似た姿形をした魔獣の総称である。蓮也達の目の前のそれは、ウィズダムコングのような大きな身体をしているわけではなかった。立ち上がってもせいぜい1メートルが関の山だろう。


「そうだね。一個体の大きさは大したことないけど、知能が高くて群れになると厄介な魔獣だ。すばしっこいから駆除は面倒な魔獣なんだけど、」


ご丁寧に解説をいれながら蓮也に視線を送る。


「問題ない」


視線を受けた蓮也は、特になにかモーションを起こすでもなく平淡な口調でそれに応えた。


「やれやれ、何回見てもすごいね、それ。」


 直後、目の前の魔猿に起こった現象に、洋介が口笛を吹く。

 蓮也自体は、何もモーションを起こしてはいない。しかし、目の前にいた魔猿は()()()()()()()()()()()

 まるで、目に見えない巨大な魔獣が、魔猿を踏み潰して歩いたかのような光景。何の予備動作も、予兆もなく、駆除が面倒という触れ込みの魔猿は、その場で肉片となって、二匹同時にその命を散らした。


「確かに、魔獣が住み着いてはいるらしいな」


 それをやった張本人である蓮也は、何でもないように話す。


「もし、魔猿の集落みたいなのがあるとしたら、今の2匹は偵察だね」


「仮に大規模な集落があったとしても、密猟者がそう何人もホイホイ死ぬとは思えないんだが」


「確かにね。魔猿は群れになると非常に危険だけど、縄張りを積極的に荒らしたりするわけじゃないなら逃げることは可能なはずだね」


 魔猿は知能が高い魔獣だ。雑食性で、必ずしも縄張りに近づいた人間を殺して食わなければ餓死するというわけでもない。故に、縄張りに侵入した人間を追い返しはしても、逃げていく人間を深追いして丁寧に皆殺しにするといった話は聞かない。


「十中八九、密猟者を軒並みあの世送りにしたのは別の魔獣だな」


 おそろしい怪物が、今自分がいる山にいるかもしれないというのに、蓮也の態度は変わらない。


「もう少し奥に行ってみよう。なにかわかるかもしれない。」


 そんな蓮也に向けて、洋介はそう言って返事も聞かずにどんどん歩き出す。彼がその気になれば、もっと速く移動する手段があるのだが、それを使わない辺り良心的だ。


「こんなことなら、天沢を連れてきて山ごと吹き飛ばして貰えば良かったな。」


 天沢大輝(あまさわだいき)

帝信高校の同級生の男だ。


「ま、彼ならそれくらいできるんだろうけど、いかんせん派手だからなぁ、あの能力」


 蓮也達がそれにあたる、帝信高校第53期生は、他の世代と比べて優秀な人材が多く集まったといわれており、世間でもたいそう話題になった。

 そんな優秀な53期生のなかでも、頭抜けた力を有しているとされる人物が4人いる。と、されている。彼らは"帝信四天王"などと呼ばれており、入学当初は誰が『帝信四天王』なのかと学内で話題になった。

 天沢大輝は、その『帝信四天王』の一角とされる人物だ。


「超級能力者は、どいつもこいつも馬鹿げた能力を使うからねー。」


 能力は、主に6段階のレベルで測られる。

上から、A,B,C,D,E,Fだ。測定の基準は、単に戦闘で強いとか、戦闘に向いていなくとも、別の要因で国家戦力として有益であるとか、様々な角度から測られる。

 しかし極々稀に、この基準値を大幅に上回る、言わば『測定不能』なレベルの能力者が現れることがある。


──それが、『超級』。


 ちなみにF級は『特異な能力が発現していると見なされない』となっており、能力者でない一般人がこれに当たる。つまり、能力者としての最低ランクに当たるのがE級である。


「その点、E級能力者の蓮也は気楽でいいや。」


 わざとらしく、茶化すように洋介が笑う。

蓮也はE級能力者として帝信高校に在籍している。先程の、魔猿を葬った能力が、果たして本当にE級なのだろうかと、普通ならば首をかしげるだろうが。


「そうだな。」


 お決まりの話の流れなので、蓮也の反応も薄い。

 国の未来を背負う者が多く排出される帝信高校は、入学式前に校長が記者会見を開くことになっている。別に、帝信高校だけが記者会見を開くわけではなく、すべての高校が開くのだが、世間の注目は"最高峰"の呼び声高い帝信高校に集中する。

 国の法律で校長は、その年に自分の学校に超級能力者及びA級能力者が何人入学したかを公表する決まりとなっている。

 超級能力者は、20年に1人現れるかどうかというレベルの希少さなので、記者会見では主にA級能力者の人数のみの発表となるのだが、今年は違った。


──超級4名。


 それは、前列のない事態だった。瞬く間にあらゆるメディアのトレンドとなり、世間を騒がせた。


「入学式後の超級探しの中、蓮也はうまくやり過ごしたわけだ。」


 超級が4名入学した、という情報が公開されただけで、実名その他の個人情報は伏せられる。 故に、入学式のあとは誰が超級なのかと情報が錯綜する、"超級探し"が起こったのだ。


「自分が超級であることを隠さない連中がいたお陰で、上手く注意を逸らすことができた。」


 "超級探し"の結果、超級能力者は2名発覚した。というより、当人たちに隠す気が無かったのだ。


「まだ一部は、残りの2人が誰なのか探してるみたいだけどね。まったく、熱心なことで。」


「状況が違えばお前もその一人だったろ、洋介。」


「まあね。でも実際は違う。()()()()()()()。」


 けろりと言ってのける洋介。情報収集に長けた男だから、誰よりも早く"帝信四天王"を全員特定できた、というわけではない。


「元々四人のうち二人は知ってたからなぁ。残りの二人も全然隠す気無くてすぐ発覚したし、拍子抜けだよ。」


 そう言って楽しげに笑う洋介をみて、深々とため息をつく蓮也だった。


そうして、二人は針金山の最深部へとたどり着いた。




明日も更新します。よろしければ是非読んでやってください。

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