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5話 月曜日。教室での一幕 ~華乃side~

「どうしたの? 華乃、体調わるいの? 」


 どうやらぼーっとしていたらしい。一緒にお昼を食べていた友達が私の顔を心配そうにのぞきこんでいる。


「ううん、大丈夫。ありがとう咲良(さくら)。」



 私──如月華乃の友達で、同じクラスの相原咲良は心優しい少女だ。私にとっての癒しである。


「本当に? 」


 小さくて、庇護欲を掻き立たせられるような愛くるしい顔が不安そうな表情をつくる。菜の花を連想させるような優しい黄色の髪は、ショートカットに切り揃えられている。くりくりとした可愛くて丸い目が特徴的で、中学生といっても違和感のないような童顔。背丈も小さいので本当に中学生で通りそうだが、胸にある大きな2つの膨らみだけは歳相応──を、軽く通り越している。


「本当に大丈夫だって。もう、咲良は心配性なんだから。」


「そんなこといってぇ、好きな男でも出来たんじゃないの? 」


 茶化すように話すのは立花真奈美(たちばなまなみ)。くるくるとした巻き気味の紫色のセミロングがよく似合う美人さんだ。可愛い、というより格好いいといった印象を受けるタイプの美人。すらりとした手足に、誇張なくモデルで通用しそうなプロポーション。咲良は妹のような印象を受けるのに対して、真奈美はお姉さんのように感じる。


「違うってば。ちょっと考え事してただけ。」


私は最近できた同居人、朱雀蓮也について考えていた。


──悩み相談か?


 その言葉は、見事に華乃の地雷を踏み抜いた。

 本人は何の気なしに口にしたジョークのようなものだったのだろうが、あの時は緊張と、気が立っていた為か少し感情的に反応してしまった。

 もっとも、平常時であっても腹が立ったであろうし、特にあのときの言動を後悔してはいないが。


「ふぅん。ま、元気ならいいけどさ。」


 真奈美はそう言って意味ありげな目を私に向ける。なんとなく心を見透かされているような気がする。彼女はそういう能力者じゃないはずなんだけど。


「みんな、ニュース見た? また昨日魔獣騒ぎがあったの…」


 咲良がおどおどとしながら新しい話題を出した。引っ込み思案でおとなしい性格の彼女は、はじめのうちは自分から話すことはほとんどなく、相槌をうつばかりであったが、今はこうして打ち解けてきて自分から話始めるようになった。


「あぁ、あれねー。最近多いよねー。」


間の抜けたような語尾で答えたのは真奈美だ。


「突然、魔獣がでてくるみたいだから、私心配だよ…」


 そう言って不安げな表情を見せる咲良。思わず守ってあげたくなるが、あいにくと彼女はそんじょそこらの魔獣よりも強い。


「魔獣の編成も明らかに人為的に組まれたものみたいだしねー。」


「もし人がわざと引き起こしてるなら、許せないよ。」


シリアスな雰囲気で話す咲良と釣り合いをとるためか、真奈美は明るく喋る。


「ごめん! ちょっとトイレ行ってくるね。」


 急に立ち上がる華乃。何事かとこちらを見てくる2人に、華乃は取り合わずに背を向けた。そして真奈美と咲良が何か言葉を発する前にそそくさと教室を出ていった。


「やっぱり、体調悪かったのかな…」


 勢い良く教室から出ていく華乃の背中を見ながら咲良が呟いたのだった。


▼△▼△▼△


「まったく…」


 口の中で呟きながら廊下を歩く華乃。トイレに行くと言って出てきたが、実際は違う用事だった。


「大罪衆。」


 咲良がだした魔獣騒動の話題にはどうしても登場するであろう言葉。以前に朱雀蓮也に指摘されたように、今日も過剰に反応してしまうのを避けるためだった。

 連日の魔獣騒動の鎮圧に一役買っている連中だ。必ずその話になるだろうと思った時、気が付くと席を立っていた。

 それもこれも引っ越し騒動のせいだ。ただでさえ、生活環境が変わるというのはストレスなのに、引っ越し先では同い年の、それもまともに話したこともないような男と同居だ。まだ引っ越して間もないが、華乃の精神はすり減っていた。


「はぁ。」


 ため息をつきながら歩く。少ししたら教室に戻らなければならない。あんまり長く戻らないと咲良が心配する。


「さて、そろそろ──」


 戻ろうとして気が付いた。自分の横に見えているクラス、2組の教室の中に朱雀蓮也がいる。

6組である華乃は、1組から3組までがある2階にこうして足を運ぶのは珍しいことだった。

 ちなみに6組は3階にある。

 考え事をしているうちにここまで来てしまったらしい。


「つくづく運が悪い。」


 今一番見たくない顔、といっても過言ではない男は、教室の奥_窓際の席に座って、茶色い髪の男と話している。できれば声も聴きたくないが、今後のためにと自分に言い聞かせ、耳に意識を集中する。


 ──盗聴


 華乃の特技の1つで、身体強化の能力者である彼女は、五感のどれかに集中することで、その感覚を一時的に大きく強化することが出来るのだ。

 目線は蓮也とは違うところに、聴覚だけを向ける。

本当はこんなことはしたくない。したくないのだが──


「もう、あんな思いをするのは嫌だから。」


 圧し殺したような言葉と共に、その美貌を悲痛に歪める。が、すぐに首を振っていつも通りの表情に戻る。


「集中、集中。」


 自分の耳に意識を向けて、目的の音を拾おうとする。集中、集中、集中してあの男の声を拾い──


「え?」


直後、華乃は驚きの声をあげる。何故ならそれは──


「聞こえ、ない…?」


 絶対に聞こえる距離だ。最近少々ストレス気味だが、能力も普通に使えるし、体の調子も悪くない。実際、彼らの会話以外の音は拾える。試しに距離的にはもっと遠い位置にいる女子生徒に集中すると、問題なく聞き取れる。しかし


「もう1回。」


再び挑戦するが、やはりあの男の声を拾うことはできなかった。


「どうして」


 それは、不可解な現象だった。


朱雀蓮也の声を聴き取ろうとすると、突然()()()()()()()

 理解不能の現象に、動揺する華乃。そのまましばらく試行錯誤をするも、結果は同じだった。


「あの、茶髪の能力なの?」


 たしか朱雀蓮也はE級能力者だったはず。だとすれば盗聴を妨害しているのは彼の前の席に腰かけて能天気に話している男、という事になる。


「でも、こっちに気が付いた気配はない。だとしたら任意で発動する能力じゃない?」


 あれやこれやと考えながら、次は目に集中して、彼らの口の動きを捉えた。今度は突然何も見えなくなる、ということはなかったが、読唇術の心得のない華乃には会話の内容を把握することはできなかった。が、


「はりがねやま? 」


辛うじてそれらしい単語を拾うことはできた。


それが何を意味するのか頭を働かせようとして──


「おい、あれ如月華乃じゃね? 」

「ほんとだ。1人でなにしてるんだ?」

「声かけてみようぜ」

「つかヤリてぇー」


 長居しすぎたためか、徐々に華乃に視線が集まりだした。本人達は聞こえていないつもりだろうが、華乃には丸聞こえである。


「最低。」


 低いトーンで小さく呟く。そして、ニヤけた顔でこちらに近づいてくる軽薄そうな男集団にどう対処しようかと不機嫌に頭を悩ませていると__


「元気がないようだけど、大丈夫かい。」


 不意にかけられた声に、はじかれたようにそちらへ顔を向ける。

 そして、思わず息を飲んだ。


「驚かせてしまってすまない。ただ、あんまりにも思い悩んでいるみたいで、つい。」


 聞いているだけで体の芯が震える様な力強く、澄んだ声で華乃に言葉を投げかけながら、思わず見入ってしまうような黄金の瞳で、華乃を見つめる長身の男。


「神代君。」


 神代徹(かみしろとおる)


 この帝信高校で最強と呼ばれる生徒だ。

文武、その両面においてすべての項目で1位を独占しているのがこの男だ。

 銀色の髪はきちんと整えられていて、道行く女性が思わず見惚れてしまうような整った顔。この世界の寵愛を一身に受けたような造形の彼は、他とは比べ物にならないようなオーラを纏って立っている。


「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて。」


 華乃はすぐにいつもの笑顔を顔に張り付けて応じる。

先程華乃に近づいてきていた輩は、神代の姿を認めるとずこずこと退散していった。


「それならいいんだ。急に声をかけて悪かったね。」


 そう言うと神代は爽やかに笑って颯爽と行ってしまった。


「ふぅ。相変わらずの規格外ね。」


 彼の気配を間近で浴びた華乃は、苦笑をしながらつぶやくと


「いけない。早く戻らないと!」


慌てて教室に戻っていくのだった。



 教室に戻った華乃は、咲良から腸内環境を良くする薬を貰った。


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