4話 月曜日。教室での一幕
「いやあ、蓮也にも春が来たねえ! 」
満面の笑みで蓮也にそう言い放ったのは茶髪の男だ。
「真面目に聞け、洋介。」
割りと真剣に相談している蓮也は目の前でおちゃらけた態度を見せる友人に不機嫌な声を出す。
「ごめんごめん。あんまりにも突拍子がないもんで。」
謝りはするものの、その顔にはまだ茶化すような笑顔がのこっている。
「全く、親父も何を考えてるんだか。」
憂鬱そうに呟く蓮也の対面に座っている男─川上洋介は、蓮也とは対照的に溌剌とした様子だ。休み時間ということで、どこからか買ってきたパンを頬張っている。
「まあまあ、何か考えがあるのかもしれないだろ? 」
言いながら洋介は丸くて大きな栗色の目を細めて楽しげな表情。時折おどけるようにして朽葉色の後頭部に手をやるのは彼の癖だ。
大人数で騒ぐよりも、一人でいる方が好きな蓮也にとって、洋介は友達と呼べる数少ない人間だ。
「仲良くすればいいじゃない。もうある程度喋ったの?」
お気楽思考の洋介は、蓮也と違って社交的な性格をしている。人間関係も広く、多方面に顔が利く。人懐っこく、さらにそのあどけなさを感じさせるような容姿も相まってか、老若男女問わず仲良くできる男だ。
「いやほとんど話していない。むしろ俺が何か言葉を発するたびに状況が悪化している気がする。」
蓮也は一昨日の華乃の態度を思い出しながら、またもや今日何度めかわからない溜め息をついた。
ニュースを見ていた華乃が、大罪衆について熱く語りだしたことに突っ込みを入れて機嫌を損ねる形となった朝食前の会話以降、華乃はさっさと朝食を済ませて自室に戻ってしまったのだ。
さらに華乃の妹である穂花も、母親の千尋に連れられて外出しましたし、修司もそれに同行したため、蓮也は一日中部屋に引きこもっていただけだった。
「やれやれ、あまり良い印象は持たれてないみたいだね。」
そして今日。蓮也の所属している帝信高等学校に登校し、開口一番に目の前でへらへら笑っている数少ない友人に相談し、今に至る。
ちなみに昨日、つまり日曜日は蓮也が朝から晩まで外出していたのでここでは顔すら合わせなかった。
「我が帝信高校随一の秀才が家にいるなら、蓮也のテストの成績も少しはマシになるんじゃないのかい? 」
帝信高校は、この帝国──かつては日本とか呼ばれていたとかなんとか──において1,2を争うエリート高校だ。帝信などとダサい名前の割には優秀なのだ。主に能力者の育成に力を入れている。
「アホ言え。まともに話せないって言ってるだろ。それに俺はこれ以上点数が伸びる気がしない。」
無論、それ以上点数の取りようもないほど優秀な得点を叩き出している、という意味ではない。
学業成績が良くも悪くも人並みである蓮也にとって、あらゆる分野で輝かしい成績を残す如月華乃という人物は眩しく映る。
「ま、蓮也は魔獣や能力について実戦的な知識があればそれで良いからね。」
洋介は如月華乃ほどではないが、実技も勉強も優秀だ。普段はちゃらちゃら何も考えずに能天気に生きてるようにしか見えないが、やる時はきちんとやる男だ。
口数の多い人物だが、秘密を暴露するようなことはない。意外に義理堅く、信用できる男であることを蓮也は知っている。
「別にそれ以外が不要ってわけでもないんだがな。」
「細かいことはいいじゃない。ま、如月さんの事は追々考えていこうじゃないか。今の段階では何とも言えないけど、何かあったら力になるよ。」
洋介は楽観的に、しかし同時に頼もしくそう言いうと、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。
「ところで、昨日また派手にやったみたいだね。」
ニュースアプリか何かで記事を表示させた画面を見せながら、声のトーンを押さえて話す洋介。肩をすくめてそれに応じる蓮也に洋介つづける。
「最近、市街地に魔獣が出現して市民を襲うといった事件が多い。蓮也は何か聞かされているかい? 」
「いや何も。ただ、『魔獣が出たから駆除しろ』ってそれだけだ。」
「ま、蓮也の能力は害獣駆除にうってつけだからね。」
「片っ端から叩き潰してるだけだけどな。」
「そこでだ!」
楽しげに問いかける洋介、淡々と答える蓮也。すると突然洋介は身を乗り出すようにしてぴんと人差し指を立てる。そしてこう続けた。
「針金山に駆除対象の魔獣が出るって噂があるんだけど、どうだい? 今日の授業終わりに一狩いかないかい?」
名案だろ? と言わんばかりのどや顔の洋介。
普通なら上からの命令でもないこんな面倒なことは迷わず断る蓮也なのだが、今はなんとなく家に帰りづらい。そんな蓮也の心情を見抜いての提案だったのだろう。そして結果的に洋介の策略通りに2人は放課後、その針金山とやらに向かうのだった。