2話 ドタバタ
よろしくお願いします
予想外な相手とのティータイムは、特にこれと言った出来事もなく終わった。
最初は何がなんだかわからなかった蓮也だったが、時間が経つにつれて慣れたのか、はたまた現状を考察することを放棄したのか、自然体で会話に興じることができていた。
「んで、結局何だったんだよ。」
帰宅した蓮也が、一息ついたところで修司に問いかける。
「何だったっていうと?」
「何とぼけてんだよ。俺に会いたいやつが居るっていうから行ってみたら、その相手はろくに喋ったこともないような同級生。おまけにその家族も同伴ときてる。疑問に思わない方がおかしいと思うんだが?」
「別に特別な理由はないよ。如月さんに、蓮也を一目見てみたいといわれたから連れていっただけだよ?」
微笑みながら、説明になっていない説明をする修司。彼がこのような態度をとるときは、どんなに問い詰めようとそれ以上口を割らない。
「そういうことじゃ…。だから……、あー!もういいよ」
その事をよく理解している蓮也は、それ以上の追求を諦め、早々に自室へ向かうのだった。
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「どうして、こうなったんだ……」
謎のお茶会から丁度1週間たった土曜日。蓮也は自宅の玄関で、呆然と呟く。
「今日からこの家でお世話になります。如月千尋です!」
「……如月華乃です。」
「穂花です!!よろしくね、お兄ちゃん!」
蓮也の家の玄関に、それぞれ大きな荷物を持った如月一家が立っていた。
「今日からこの家に住むことになった、まぁ義理の母親と兄妹ってやつさ。」
修司がのんきに解説を入れる。
「義理ったって、冗談だろ!?」
「ほらほら、いつまでもそんなところに突っ立ってたら如月さん達が入れないだろう?」
あまりにも急すぎる展開に悲鳴をあげる蓮也だったが、修司は意に介していないようだ。
「俺はなにも聞いてないぞ!どういうことだ」
「後でちゃんとはなしてあげるから。ほら、荷物入れるの手伝って。あー、華乃ちゃん達の荷物はとりあえず二階の部屋にまとめようか。階段上がって右の部屋ね。」
全く取り合おうとする気配のない父親に、蓮也は目眩のような感覚に襲われる。
「どうなってんだよ……」
思考が追いつかなくなった蓮也は、自分だけ手伝わないのもなんなので、一際大きな荷物を持っている華乃に手を伸ばす。
「お気遣いどうも。でも必要ないです。一人で持てますから。」
そういうと華乃は蓮也に自分の荷物を渡すどころか、更に別の荷物を新たに手に取る。
そして明らかに軽くはないであろうその荷物を軽々と片手で持ち上げてしまう。握ればすぐに折れてしまいそうな細腕が、成人男性が持ち上げるのにも苦労しそうな荷物を支えているその光景は違和感しかない。
「華乃ちゃんは身体強化系統の能力者なんだってね。蓮也、気を付けなね。」
一連のやり取りを見ていた修司が楽しげに蓮也に言う。
「余計なお世話だ。」
ため息混じりにそう答える蓮也。
「穂花も力持ちなんだもん!」
姉が大きな荷物を持っていることに対抗してか、穂花が自分の荷物を高々と掲げる。しかし、こちらは怪力の能力者などでは無いようだ。非常に微笑ましい光景が、蓮也の目の前に展開されていた。
「中々やるな。その調子でどんどん荷物を運ぼう。」
「蓮也もね。」
さりげなく自分の負担を減らそうとする蓮也に、釘をさす修司だった。
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荷物を運び入れ、一息ついた朱雀家と如月家の面々は、一階のダイニングルームにて再び顔を合わせていた。
「ざっくり説明すると、父さんは、ここにいる 如月千尋と再婚することにした。」
言われた意味を理解するのに、蓮也は数秒の時間を要した。
「さ、再婚って……。」
「まぁ色々と事情があってね。名字とかはお互いそのままだけど、書類上はここにいる全員家族ってことになる。」
動揺する蓮也とは対称的に、淡々といつもの調子で喋る修司。
「いきなりすぎるだろう。大体、自分の娘と年の近い……っというより同い年か。それも異性の子供がいるようなのと再婚して、共同生活とか正気を疑うぞ。」
父親と話していても埒があかないと判断した蓮也は、追求対象を義理の母親になるかもしれない──如月千尋に切り替える。
「ふふふ、大丈夫よ。そこら辺はしっかりと話し合ってるから。ね?」
恐らくそう指摘されるのは想定内だったのだろう。こちらもすぐに平然と返してくる。
ガックリと肩を落とした蓮也は、最後の頼みと言わんばかりに如月姉妹に目を向けるのだが──
「大丈夫です。私も妹も納得していますから。よろしくお願いします。」
上品な笑みを浮かべながら、そう告げるのだった。
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「ねぇ、朱雀君。」
続々と新しい情報と状況を処理して疲れ果てた頭と体を癒すべく、自室のベッドへと足を運んでいた蓮也に声がかけられる。
「なんだよ。」
足を止め、華乃の方へと向き直る蓮也。華乃は蓮也を警戒してか、そこそこ距離をとった位置から話しかけてきたようだ。
「改めて挨拶しておこうと思って。」
なんとも律儀な用事だが、その表情はあまり穏やかではない。別にしかめっ面や眉間に皺を寄せている訳ではないのだが、明らかに表情が硬い。
「なんだよ。さっきとは打って変わって深刻そうな顔だな。悩み相談か? 」
蓮也にとっては何となく冗談を口にする。
その口調は平淡なものだ。
一応、修司の遺伝子を受け継いでいるので顔立ちは整っている。修司のように穏やかに微笑んでいれば異性に持て囃されていたでたろうその容姿。
しかし蓮也が顔に浮かんでいるのは無表情。それはそれで極々一部の異性からは指示されているのだが。
しかし目の前の如月華乃という人物はそうではなかったらしい。瞬く間にその整った顔が、不快感を示した。そして持ち前の身体能力を使ってか、一瞬で蓮也との距離を詰めた。
「そういうの、やめてください。」
まるで瞬間移動のような芸当で蓮也の目の前に迫った華乃は、並の人間なら気絶してしまうだろう迫力を身に纏いながら、これまでより一段と低い声をだす。
対して蓮也は何も反応を示さない。自分を睨めつけている華乃の目を、修司とはまた違った種類の感情の読めない目で見下ろしている。
「仲がいいわけでもない相手に馴れ馴れしい態度をとられるのは本当に嫌です。この家は元々貴方の家なので、住まわせてくれていることには感謝しますが、私は貴方と個人的に仲良くしたいとは思っていないので。」
一気に捲し立てた華乃は「それでは」と短く言うと、踵を返してリビングへ戻ろうとする。
たったあれだけの冗談でさえ"馴れ馴れしい"と切り捨てる同居人に辟易としながら、
「いきなり恫喝かよ。」
そう、ため息混じりに洩らした。
あれだけの怒気を浴びておきながら全く堪えた様子のない蓮也に、華乃は一瞬だけ意外そうに足を止めるが、そのまま何を言うでもなくリビングへと戻っていった。