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プロローグ

よろしくお願い致します。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 昼時で賑わう商店街に突如として雄叫びが響き渡った。体の芯を震わすような轟音に、居合わせた人々の動きが止まる。

 音の発生源に目をやれば――そこには二足歩行の、人間と豚を組み合わせたかのような醜悪な化け物が立っていた。


「オオオオオオオオオオ」


 再び、吠える。と同時に、その化け物の近くにいたのだろうか、人間とおぼしき影が5,6個まとめて吹き飛んだ。

 あまりにも突然の出来事に硬直していた人々が、ようやく我に返る。


「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!!」


 狂ったように叫びながら、その場にいた全員が、一斉に駆け出す。一気にその一帯は混乱し、押し合いへし合いで我先にと化け物から遠ざかろうとする。当然、そんなことになれば押し倒され怪我をするものも現れてくる。


「やめて、痛い!」


「赤ちゃんがいるんです!押さないでください!」


「お母さん、お母さん……」


 人の波に飲まれた女子供から悲痛な声が上がる。しかし、逃げ惑う人々は、そんな声に構っていられない。


「オオオオオオオオオオ」


 三度、雄叫びがあがる。それに続き鈍い音がなり、また人が薙ぎ払われる。


──普段商人や客たちの活気のある声で包まれていた商店街が、悲鳴に包まれた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


『こちらP.S.F本部、現在K-1地区にて大型モンスター出現。すでに市民や街への甚大な被害を確認。至急、排除せよ。』


 午前の仕事をやっと片付け、昼休憩をしようとしていた矢野は無線から告げられた内容に顔をしかめる。


「マジかよ。めんどくせぇな。」


 気だるげな言葉を吐きながらも、矢野は素早く用意に取りかかった。口ではなんと言おうとも、この国の安全を守る特殊部隊の一員であるという自覚と誇りが、彼の体を動かす。

 実際、矢野はその弛い性格や言動とは裏腹に優秀な男であった。


「よし、集まったな。」


 用意を終えた矢野は自身が所属する小隊のメンバーと共に、隊長の元に集合していた。


「これからS-1地区において魔物掃討作戦を実行する。準備はいいか?」


 矢野の直属の上司であり、所属する隊の隊長の笹岡が問いかける。


「「はい!」」


 その問いかけに対し、矢野たち小隊メンバーの返事が綺麗に同時に返される。無論、適当に返事をしているわけではない。ここから先は命のやり取りだ。準備、確認は怠っていない。どんなにルーズな性格の人物でも、このときばかりは受験当日の子供を持つ母親ばりにしつこく確認をする。


 準備ができたことを確認した小隊は、それぞれ指定の車両へと乗り込んだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 矢野たちが現場に辿り着いたとき、そこには3体の怪物が暴れていた。


「オオオオオオオオオオ」


「オオオオオオオオオオ」


「オオオオオオオオオオ」


 4mはあろうかという巨体。そして豚のような頭部。報告通りの化け物が、辺りの建造物を破壊しながら、あるいは逃げ惑う人々を鷲掴みにして食い千切りながら、我が物顔で闊歩していた。


「ふむ。報告では1体とのことだったんだがな。」


 その尋常でない惨状を前にしながら、笹岡は冷静に状況判断に努める。


「目撃情報によれば、あの怪物─豚男は、なんの前触れもなく現れたそうです。」


 笹岡の問いかけに対し、部隊の副隊長の島津が答える。


「いきなりか?」


「ええ、そのようですね。ですので恐らくは転移、あるいは転送系の能力者の仕業だと考えられます。」


「無差別テロの類いか。言い性格してやがる。」


「隊長っ!来ます!」


 ある程度状況が飲み込めたそのとき、虐殺を楽しんでいた豚男のうちの1体が矢野たち目掛けて突っ込んできた。


「オオオオオオオオオオ」


 まるで新しい玩具を見つけたかの様に、その顔を凶悪に歪めて凄まじい速度で距離を詰めてくる。

 豚男は顔こそ豚だが、体は人間そっくりな形をしている為、移動するときは2足歩行だ。そしてその走り方が、陸上選手のそれにそっくりなために、迫り来る豚男というのは想像を絶するほどの恐怖を掻き立てる。


狼狽(うろた)えるな!奴は急な方向転換が出来ない!」


 一瞬、恐怖に支配されそうだった矢野であったが隊長の声により冷静になる。


「回避ッ!」


 豚男が矢野たちに届く直前、隊長の指示を受け、彼らは人間離れした脚力で左右の建物の屋根の上へ飛び退いた。


「オオオオ!?」


 相手が予想外の身体能力を持っていたことに驚いてか、豚男は驚いたような声を声をあげながら、しかし急に止まることはできずにそのまま正面にあったマンションの壁に勢い良く突っ込んでいった。


 まるでコンクリート同士がぶつかるような音をたてながら、壁にぶち当たる豚男。並の生き物なら、このスピードで壁にぶつかったら無事ではすまないだろう。

 しかし、今回無事ですまなかったのは壁の方だった。


「マジかよ……」


 豚男はそのまま壁を突き破り、さらにその奥の壁にぶつかったのだろうか。再び鈍い音がした後に、しん、と静まり返った。


「これは、上位種でしょうか?」


「わからん。ただ、普通の豚男ではなさそうだ」


 豚男というのは本来、その巨体から考えられないほどのスピードで走ることができる、優れた運動神経をもっているが、体の耐久力はそれほど高くは無い生き物なのだ。故に、今こうして矢野たちがしたように、豚男をギリギリまで引き付けて、直前で避けて壁や岩に激突させるというのがオーソドックスな倒し方だったのだが──


「まさかコンクリートの壁を突き抜けるなんて……」


「今の個体がたまたま頑丈だった、なんて訳ねぇよな。」


 苦笑混じりに呟きながら、笹岡は残りの2体の豚男に目を向ける。一連の攻防に気づいたらしい豚男2体は、ゆっくりとこちらへ歩いてきていた。


「仕方ねぇ。俺と島津であれらを引き付ける。矢野達は壁に突っ込んだ野郎を──」


「隊長、後ろだッ!!」


 矢野から見て正面、隊長の背後にヌッと、巨大な何かが現れる。


「なッ……!?」


 音もなく現れた敵に、慌てて距離を取ろうとする笹岡だったが、彼が飛び退くよりも、敵の攻撃が笹岡を捉える方が早かった。


「ぐぅッ…」


 声にならない悲鳴をあげながら、勢い良く吹き飛ばされる笹岡。


「原田!隊長を!」


「ハイッ!」


 原田と呼ばれたその隊員はすぐさま隊長のもとへと駆け寄る。その他の隊員は、すぐさま突然現れた敵へ向けて銃弾を浴びせ始める。


「隊長、無事ですか!?」


「ぐっ……。あ、ああ。問題、無い。」


 口から血を吐きながらもなんとか立ち上がる笹岡。もし彼が特殊部隊の隊員─特に身体強化系の能力者でなかったら、まず間違いなく即死であっただろう。


「油断、した……。なんだあいつは…」


 そういいながら笹岡は自身が先程まで立っていた建物の屋根へと目を向ける。


「あれは、ゴリラ……じゃないですよね…」


 そこには、真っ白な毛並みの大きなゴリラが堂々と鎮座していた。隊員達の銃はあまり効いていない。まるで豆が体に当たるのを鬱陶しがっているかのようだ。


「ウィズダムコングだと!?なぜこんなところにッ!?」


ウィズダムコング。


 それは『食われた大地』に生息する極めて賢いモンスターの名前だ。


「まずいっ!今すぐここから離れるんだ!撤退だ!急げっ!」


 笹岡は襲撃者の正体を悟ると、すぐさま撤退命令を下す。


「急げ!もたもたするな!ウィズダムコングは賢いモンスターだ。さっさと撤退しないと嵌められるぞ!」


 ウィズダムコングの厄介なところはその類い希な身体能力でも、パワーでもなく、その知能だった。彼らは人間と同等かそれ以上の知能を有しており、策略をもって獲物を仕留める。

 しかし同時に用心深く臆病で、絶対に必勝、という形になるまで絶対に獲物の前に姿を表さない。


 では姿を隠している間は何をしているのかというと、他のモンスターに指示を出しているのだ。つまり今、矢野達の前にウィズダムコングが現れたという状況は、ウィズダムコングにとってこの状況はすでに必勝形になっているということだ。

 故に、即撤退の判断を下した笹岡は間違っていなかったのだが──


「オオオオオオオオオオ」


 雄叫びと共に飛来した瓦礫(がれき)が、ウィズダムコングと対峙していた隊員達に降り注いだ。一心不乱にウィズダムコングへ発砲していた隊員達は一瞬飛び退くのが遅れる。結果、


「ぐはっ!」


「ぬぐぅっ…」


 数名と隊員が、負傷する。彼らも身体強化の能力者ではあるのだが、銃弾の如く飛来した瓦礫の直撃に耐える、というのは無理があった。そして、その瓦礫を飛ばした張本人は──


「オオオオオオオオオオ」


 先程壁に突っ込んでいった豚男であった。


「あいつっ……!まだあんなに動けるのか?」


 それだけではない。件の豚男の体には傷ひとつ無いのだ。


「治癒能力か。こりゃ本格的にやべぇな…」


そう呟くと笹岡は無線をとりだし


「こちら第7小隊。上位種と思われる豚男、ウィズダムコングと交戦中。至急応援を頼む。」


『了解。現在応援を向かわせている。もう少し粘れ』


「了解」


無線をしまう笹岡へ、原田が問いかける。


「撤退ではないのですか?」


「そのつもりだったんだがな……」


 言われて辺りを見回すと、笹岡達の周りはウィズダムコングが現れる少し前からゆっくりとこちらへ歩いてきていた豚男2体と、いつの間に現れたのだろうか、目が赤く光り、歪な牙をむき出しに唸る醜悪な犬が、周りを取り囲んでいた。


「さて、耐えるぞ!!」


そういうと笹岡は銃を手に取った。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 状況は劣勢もいいとこだった。3方向からの豚男からの突進、絶え間の無い犬達の攻撃に加え、ウィズダムコングによる瓦礫の投擲。


 そして極めつけは豚男の回復力だ。彼らは何発被弾しようとも、何度壁に激突しようとも、暫くすると何事も無かったかのように無傷で襲いかかってくるのだ。すでに銃弾は撃ちつくし、現在は自身の身体能力でのみ、なんとか回避行動をとっているところだ。


 しかし笹岡達はすでに満身創痍であった。身体中いたるところから出血し、中には足に深手を追って立てない者もいた。次の攻撃を凌げるか、というギリギリの状態で、立っているのは隊長の笹岡、副隊長の島津、そして矢野の3名のみだ。


「ハァ、ハァ、遊ばれているな……」


 顔に垂れる血を拭いながら笹岡が呟く。


 満身創痍ながらも、笹岡達が生き長らえている理由はひとえにウィズダムコング達が止めを刺しに来ないからであった。


「ぐっ……、このまま、いつまで待ってくれるか。」


「諦めるな。最後まで粘るんだ!」


 その時。のしり、と。今まで屋根の上から瓦礫を投げるだけだったウィズダムコングが動いた。


「死刑執行の時間だとよ。」


「笑えませんね」


 自嘲気味に笑う隊長に、矢野もまた苦笑いで返す。島津はなんとか立っているのがやっとのようで、何も言わない。


「ウオオオオオオオオ!」


 ウィズダムコングが、ここへ来てはじめて吠える。すると、それに答えるかのように周りを取り囲んでいた豚男や醜悪な犬が一斉に矢野達目掛けて殺到する。

 今までとは明らかに違うスピードと殺気。

逃げようにも、四方を囲まれているし、負傷した隊員を置いていくことになる。それに、運良く逃れられても、上から監視しているウィズダムコングの目を逃れることはできないだろう。


 万事休す


 そんな言葉が矢野達の頭をよぎった、その瞬間──


 凄まじい轟音と共に、矢野達目掛けて殺到していたモンスター全てが、()()()()()()()()()()()()()()()()()その場でぺしゃんこになり、血の華を咲かせ、絶命した。


「状況は?」


 ふわり、と。援軍が、空から矢野たちの前に降り立った。




義妹は、次回です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 特殊部隊からの繋ぎがいい感じですね。特殊部隊の描写を読んでいて、彼らのストーリーをもっと読みたくなりました。
2020/01/14 18:47 退会済み
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