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魔術師王とイコマ

イコマ・スタンレーはあらゆる意味で宮殿内からの信頼がない少年だった。

第一に、盗み癖があった。第二に、説明するのに言葉足らずの面があった。そして、第三に、数えきれないほどの殺人未遂事件を起こしていた。

イコマが十二歳の春。契約地域・第十五代王朝国王カシハラ・セイジは、宮殿内「トパーズの間」にある天蓋付きベッドに横たわり、医師の診察を受けていた。彼はイコマの養父であり、国中の尊敬を集める魔術師王でもある。

「どうやら魔術師熱ですな……。最近、ご無理をなさっていましたか?」

「無理……かはわからないが。ここ一ヶ月、儀式やら仕事やらに追われていたせいで、ろくろく睡眠時間を取ってはいなかった。疲れた時には治癒魔術を使えば、どうとでもなると……ナラが」

「人のせいにしないでください!」

侍従長のナラが甲高い声で反論ながら腕組みをした。彼は家臣にもかかわらず、カシハラに対する態度はやけに大きい。大声で叱り飛ばしたり、苦言を呈することなどしょっちゅうである。カシハラの子供の頃の教育係ということもあるし、そもそも彼は前前王の時代から宮殿に使える重鎮だということもある。カシハラにとっては、苦手な人物の一人だ。

「不満がおありならば、主張すればよろしいのです! 何も言わずにいうことを聞いていたら、同意の上だと思うでしょう!」

カシハラはやれやれと首を振り、反省しているよというふうにうなだれた。そこに覆いかぶさるようにして、ナラはガミガミ文句を言い続ける。

「今は偉大な王として名を馳せているから、周りが勝手にあなたの行動をいい方向に解釈してくれるからいいが、昔のことを考えてみなさい。特に、契約地域に来たばかりの頃のことをね。使い魔にしたいのはサニーオオカミなのに、あなたはそれを口に出さなかった。望むことがわからないから、我々は各地からあなたの望む魔法生物を推測して取って来なければならなかった」

「そんなこともあったね……懐かしいなあ」

「まるで人ごとのようにおっしゃるのはおやめください! どの魔法生物を見ても気に入らない、気に入らないと言うあなたに我々はどんなに手を焼いたことか! 今だって、あなたは隙さえあれば犬の世話ばかり」

犬という言葉を聞いた途端、カシハラはムッとしたように顔を上げた。

「エディは犬じゃない。サニーオオカミだ」

「といっても、名ばかりオオカミでしょうが」

「失礼なこというな……」

自分の使い魔の悪口を言われて、いい気分になるはずもない。

「そういえば、エディはどこに行ったんだ。朝からずっと見かけないんだが」

「知りませんよ、あんな犬」

「先生の方はどうです?」

「陛下の使い魔のオオカミのことですか? いやあ……お見かけしませんが」

「おかしいな……」

カシハラは棚の上に置いてある金時計に目をやった。時計の針は三時十五分を指している。いつもなら、この時間にはトパーズの間に遊びに来るんだが……誰も宮殿内で見かけていないなんて、何かあったのだろうか。

「どうせどこかに食べ物でも探しに行ってるんでしょうよ」ナラが銀縁メガネをぐいっとあげた。「あの犬、興味があると何でもかんでも拾い食いしてしまいますからね」

「あれは子供の頃からの癖でね。やめさせたいんだがなあ」

カシハラの治療が終わってから、数分も経たないうちに、イコマが見舞いに来た。茶色い髪はぼさぼさ、服はよれよれ。ナラに見つかれば、説教を一時間はくらいそうだ。タバコケースほどの小さな箱から、錠剤に似た黒い粒を取り出し、口に放り込んでいる。

「何食べてるんだい?」

「サルミアッキキャンディ。一般街で、いま大人気なんだよ」

「ふうん、お菓子かい」

すんなりと頷きかけ、カシハラは瞬きした。一般街から宮殿へ商品を持ち込むには、申請が必要だ。必要事項を書き込んだ専用の書類を「輸入申請ポスト」に提出する必要がある。しかし、持ち込めるのは、ナラが認めたもののみ。お菓子は持ち込めるが、メーカーが作っているものや、外国の菓子や、俗に流行っている菓子は持ち込めない。ナラ曰く、「我我のような気位の高い魔術師は、上品なものしか食べるべきではない」とのことだが、カシハラは不満をためている。高級だろうが、安かろうが、うまいものはうまいだろう。私だって、スナック菓子や安いキャンディを食べてみたい。

とにかく、サルミアッキキャンディなんて、輸入できないはずなのだ。

「一般街……どうやって手に入れたんだ?」

「通信販売で取り寄せたんだ」

「一般街からの通販リスト……。まさか宮殿の書類を盗んだのかい」

カシハラの言葉を聞くとイコマはしまったと言うように後ずさりした。

「そんなことしてない。備品管理をしている文官に頼んだんだよ」

「だってそれは、お菓子だろう? 一般街から宮殿への嗜好品の取り寄せは固く禁止されているはずだよ。王宮で働いているものは一般街にある下賎な嗜好品は食べてはいけないと……」

ナラの渋柿のような顔が脳裏によぎり、カシハラはため息をついた。

「私は、七歳まで一般街に住んでいたから下賎なものとは思わないがね。世の中にはさまざまな思考の魔術師がいて、問答無用で一般街のものや人を排除する場合もあるからね。話が逸れたな。とにかく、たのんだって取り寄せられないはずだよ」

イコマは天井を向き、あー、とうなった。

「ほんのちょっと嘘ついちゃった。ええっと、事務室にいる文官のお兄さんと話してる最中に、近くにあった書類を、白い紙にすり替えたんだ。それで……サルミアッキキャンディって書いて」

「戻したわけじゃないだろう。二重チェックが入って、余計な記述は消されてしまうはずだ」

「うん。戻さなかった。そのまんま封筒に入れて、配送ポストまで走ってったんだ」

「封筒も盗んだものだね?」

「何日前にナラの部屋に忍び込んで、一枚失敬したんだ……ごめん。怒る?」

「なぜ私が怒る?」カシハラはにやりとした。「ナラの部屋から盗んだなんて、素晴らしい。一度、鼻を明かしてやりたいと思っていたところだからね」

道理で、昨夜、宮殿の廊下でナラの怒鳴り声が聞こえたはずだ。きっと、イコマが勝手に宮殿にキャンディーの配送業者を呼び寄せたのだろう。

イコマはコールタールのようなどす黒くて怪しい物体をつまみ、ぽいっと口に放り込むと、にっこりした。

「すっごく高いんだけど、宮殿のケーヒから落ちるからただで手に入っちゃった」

「それは得をしたね」

「得かなあ……実はね、ここに来るまでに半分くらい中身を落としちゃったんだ。ケースの蓋がよくしまってなかったみたい。タダで手に入れたのに、ちょっと損しちゃった気分だよ」

まだ八歳のイコマは、カシハラが病気だと聞くと「え!」と、目を丸くする。

「王様でも病気になるの?」

「なるさ。こう見えて魔術師になる前は病弱でね。まだ、一般街にいた頃は、季節の変わり目にはいつも風邪をひいて、一週間は寝込んでいたものだよ」

「でも、俺と会ってから三年間はずうっと健康だったよ」

「魔術師になってから、体の構造が変わったんだ。魔術師王は、契約地域から加護を受けるんだが、その恩恵の一つらしい。

カシハラの体の構造は一風変わっている。普通、魔術師の体の中には、魔術師としての細胞のみが、呪術師の体の中には呪術師の細胞のみが入っているのだが、カシハラの中には両方の細胞が混在しているのだ。これらが混じり合うと、外部に多大な影響を与えてしまう。まだ、彼が十二歳の頃などは、街の半分を吹き飛ばしてしまったほどだった。大人になった今ではそのようなことはなくなったが、怪我の治療をするには細やかな気遣いが必要である。だから、カシハラの体の細胞を崩さない腕の良い侍医が必要となるのだ。現在の侍医は、魔術師街第三区域に住むナラクという好々爺で、がめついことを除けば、申し分のない腕を持っていた。

「まだ人間だった頃が懐かしいよ」

魔術師熱を他人にうつさなくなる定期注射を打ちながら、カシハラはしみじみと言った。

「子供の頃はね。家の近くにある小児科に行って、薬をもらってね。それをのんだら、家のベッドでねていた。お母さんつくるタマゴ粥はひどく美味しくてね。こんなに繊細な治療を施さねばならないとは、今はずいぶん厄介な体になったよ」

同じことをナラにぼやいたことがある。その時のナラはいつも黒いフレームのメガネを人差し指であげながらこう言った。

「正確には、まだ魔術師と呪術師の力が覚醒していなかった頃ですがな。そこのところを勘違いしてはいけませんぞ。あなたは初めから人間ではないのだ」

その言葉を聞くと、カシハラはひどく憂鬱になった。私は人間であり、魔術師であるという思いはいつも心の根底にあるのに、なぜ自分の出自に対してケチをつけられなければならないのか。

イコマはビー玉のように大きな目をさらに大きくして、カシハラをじいっと見つめている。

「僕、治せるよ」

カシハラは微笑した。おもしろい。この子はお医者さんごっこがしたいらしい。

「そうか。それでは頼んでもいいかい?」

「いいよ!」

イコマはサルミアッキキャンディを手のひらに乗っけると、ベッドの脇に立った。

「はい、薬です! どうぞ」

それを口にした瞬間、梅干しと石炭を混ぜたような味が広がり、カシハラは「うっ」と呻くとそのまま失神した。


カシハラが目を開けて窓の外を見ると、オレンジ色の夕陽が西の空に沈んで行くところだった。イコマは、天窓から差し込んでくるオレンジ色の夕日の下で、毒物としか思えない代物をぽいぽい口に入れている。

「おはよう、カシハラさん。三時間も眠ってたね!」

眠っていたというより気絶していたんだという反論が喉まで出かかって、カシハラは苦笑いした。

「美味しそうに食べるねえ……。こんなタイヤの味がするものが美味しいのかい」

「毎日でも食べられるよ!」

「君の味覚は随分と変わってるね……私は死んでしまうかと思ったよ」

朗らかに笑うイコマとサルミアッキキャンディを交互に見ていたカシハラは、おそるおそる言った。

「……今日、どのルートを通ってここまで来たんだい」

「正門を通って、一回庭によってバラを見てから、玄関に行ったよ」

「庭……前庭かい?」

「何を行ってんの? 前庭にはバラなんてないでしょう。裏庭だよ、裏庭」

「もしやと思うが……そのう……エディに会ったかい」

「会ったよ! バラをくんくん嗅いで散歩してた! 毎日の日課なんだってさ。あれ、どうしたの、カシハラさん。顔が真っ青だよ」

カシハラは布団を剥ぎ取り、窓を開け、脇に立てかけていた箒を取り上げ、外へ滑りでた。

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