とまり木
私たちはバスを出て、控え室に誘導された。そこはアリーナの隅っこの、物置みたいなところだった。
いよいよだ。私たちは数時間後、あのカラスの群れの前に引き出されて、お金を積まれた順に泣いたり笑ったりするのだ。
控え室ではボソボソ、あちこちで会話はあるものの、みんな重苦しさは変わらなかった。握手会の時とあまり変わらない。カメラが回っていなければ、笑顔もつくらない。
「オセウスの主メン、はいりまーす!」
廊下に声が響いた。
「ちょっと見てみよ!島神さんとか通るかも」
ツグミが興奮ぎみに席を立つ。
控え室のドアを少し開けて廊下を覗くと、ちょうど主要メンバーの面々が通りかかる所だった。
「あっ、今通ったのが今回で引退の鷹部綾。そのつぎが、ほらほら、島神小雀さん。やっぱトップエースは、貫禄が違うねえ」
ツグミは興奮しっぱなしだった。もともとツグミは女子アイドルのマニアで、ここに入ったのもそれが理由だった。ツグミの瞳がいつもよりまぶしい。ただ歌と踊りが好きだっただけの私は、鷹部さんにも島神さんにもあまり魅力は感じなかった。
「リハ、終わりー!」
12時半に私たちのリハーサルがあわただしく終わった。歌も踊りも簡単に、ここに座って、呼ばれたらここでにっこり手を降って、ここから退場。いつだったか、お父さんが見ていた甲子園の入場シーンと似ている。
「お客さん、はいりまあす!」
私がステージ袖から出ようとしたちょうどその時、掛け声と共にドッと黒山のような人たちがなだれ込んできた。私は思わず足を止めた。
「うおおおおおおおおお」
「よおおおおおおおおお」
「らあああああああああ」
誰も彼も、前のポジションを取ろうと目の色を変えて迫ってくる。うなり声、地鳴りのような足音、「ハシラナイデクダサーイ」という係員の無力な叫び。
そんな騒然とした音を背に、私は足早にステージを降りた。