かくて男は脱走し、怪物は自由を手に入れる
処女作です。
ご意見、指摘などあったらお願いします。
〜〜日本某所〜〜
「はあっ、はあっ、んぐっく、はあ、はあ。」
一人の男が山道を走っていた。それもただならぬ様子で。顔に焦燥を浮かべ、
「早く、早くっ、もっと早く走れよっ‼︎‼︎!。アイツがきてんだ、頼む、動いてくれ!俺の足っ!」
恐怖を浮かべ、
「もう俺だけなんだ、あいつも!奴も!彼女も死んじまった!!」
悲劇を浮かべ、
「彼女たちの死を無駄になんてできない、絶対に生き延びてやるからなあっ!!」
決意を浮かべ、
希望を抱き、絶望へと走った。
そう、男が助かる道はない、山を下りることは叶わないのだ。何故か?所詮ここは舞台なのだ、殺人鬼が哀れな子羊を無残にも殺していく。それを楽しむために、世の権力者が作り出した場所がここなのだ。
この舞台は誰一人として生きて返さない構造をしている。逃がることができる。と、希望を抱く者の心を折るために、最後まで生き足掻いて、そして絶望するために作られた山道、その先には大きな壁だけがある。
はずだった。
此処では過去にも、何度もこの見せ物は行われてきたのだ。この壁を目の当たりにして絶望した者は何人もいただろう。だがしかし、この壁を前にしてまだ逃げようとした者はいなかったのか。
否、いたのだ、壁を前に絶望せず逃げようとしたものが。彼らは生粋の善人だ、自分だけが助かろうとしたものもいるだろう、しかし皆思ったのだ。たとえ自分が助からなかったとしても、これは後の犠牲者を逃がすことができる。自分のしたことは無駄ではなかった、と。
今回の犠牲者は既に男以外死んでいる、男は一人、壁へとたどり着いた、男は絶望しただろう。今後体が動かなくても構わないという気概で逃げてきた。それなのに眼前にそびえるのは到底乗り越えることなどできなさそうな壁なのだ、全てを諦めてしまったかもしれない。
目の前に崩れかけた壁と先人たちの言葉がなければ!!
そう、壁の一部が壊れかけているのだ。その近くにはおそらく血か何かで書かれたであろう文字で、
–この悪趣味な遊戯の犠牲者たちよ、この遊戯が自分達だけでは終わらないことはわかっている。だから壁を壊そう、君は助からないかもしれない、でも誰かが助かるかm–
壁は壊れていた、外が少し見える程に!
男は無我夢中で壁を削った、先人たちの努力を無駄にせぬよう、仲間の死を無駄にせぬよう。
かくして、男は壁を破り、山を降り始めた。
悪夢の舞台からの初の逃走者であった。
しかし何故壁は直されなかったのか、理由は多々ある。
一つ目は、舞台が広大なため整備するのは家やカメラがこわれたときのみ。
二つ目に、権力者を考えて、映されるのはその時一番臨場感あふれる者だけだったこと。
三つ目に、壁を見た時点で絶望すると思い、壁が壊されることを想定していなかったため。
所詮権力者が、始めた娯楽である。シナリオに手を入れ込み、そういったことについて深く考えていなかったのだ。
はてさて、今宵の犠牲者は壁を壊し逃げ果せた。
では、殺人鬼は?
「ニンゲン、ニゲ、タ?」
「…イタイ、イヤダ」
「…オナカヘル、イヤダ」
「…オイカケル」
「はぁっ、はあっ」
男は山道を下りきりアスファルトで舗装された道を歩いていた。
「やった、やったぞ、やった、ぞぅ、ぅぅうぅう、うぐっ、ふっ、ふうっ、あああ゛。逃げ切れた、逃げ切ったんだ。」
男は顔を濡らしながらも歩みを止めなかった。早く営みの光が見たかったのだ。安心できる、どこかの街か、村か、どこでもいいから、早く人と触れ合いたかった。
「うぐぅぅ、ふっふぅぅ。んぐっ?…あれは!街だ、やっと、やっとだ」
男は歓喜し、走り出し、そして…
「へぶしっ!」
こけた。
「あいててて、ちょっと焦りすぎかな、やっと街が見えて安心したのかな。足がもつ、れ…て?」
男がもつらせてしまったと思っていた足、
それは膝から上を残して、
無くなっていた。
「え?あれ?あ、あああ゛あ゛ア゛ア゛ア゛!!?!?
なんで!なんでここまでぇぇ!えぷっ。」
九死に一生を得た男は、全ての犠牲を無駄にし、これ以上喋ることは無くなった。
怪物は事切れた男を見下ろした後、辺りを見渡して、
「ココ、ドコ、ダ?」
「モドラナイ、イタイ、オナカヘル」
「? アレ?」
「モドラナイ、シュジンサマ、イナイ。」
「モドラナイ、イタイ、サレナイ? オナカヘル…ワカラナイ。」
「ニゲル」
「モウ、ヤカタ、モドラナイ」
そう呟いた怪物は街へと足を向けた。
かくして、殺人鬼は世に放たれた。