Grab
「零時チョットいい?」
玄さんが俺を呼んだ。
「お前ちょっと外にでてキャッチしてきてくれない?今日はみな予定がもうないみたいだからさ、」
キャッチ、外にでて歩いている女性に声をかけてお店に来ませんか?と誘うこと、新人はキャッチも仕事の一つ。
今までに、キャッチで外に出たことはあるがお客様をお店に連れてこれたことはない。
この日の玄さんも俺が連れてくるとは思ってないが、店内で何もしないで置いておくよりはマシだと思って外に出そうと思ったんだろう。
さっそく外にでて、ひたすらあるいてる女性に声をかけた、声をかけた90%の人が無視、10パーセントの人が罵声をかけてくる。
「邪魔だ糞ホスト!」「ゴミ」「売れないホストに興味ねーよ!」
さんざんな事を言われることもある。
本当に心折れる寸前まで落ち込む。
それでも声をかけ続けると話を聞いてくれる人に出会うこともある。
「了解、ループの零時ね、今度時間があったら遊びに行くよ。」
こんな言葉に救われる。
1時間ぐらいで帰れと玄さんに言われていたので店に帰ろうとうつむいて店に帰っているといきなり耳元で笑い声が聞こえてきた。
「わぁはっはっはっはっは」
びっくりして振り向くと自分を気にせずに歩いて行く人たちがいた。
気のせいだと思って歩き出すと今度は
「そんなんで喜んでんじゃねーよ!バーカ」
振り向く、さっきと同じで誰も俺に興味など示していない、だれ??
飲みすぎて店内で目覚めた時と同じ声に思えてきた。
奴か?いや、あれは幻聴だ。本気で頭がおかしくなったか?
「おめーさーやる気あるとか言って、何も結果出せないなんてダセーよ、なに一人で頑張ってる気になってるんだよ。」
もう、うれーせよ。なんだよこの幻聴はよー。
歩きながら、やめてくれとつぶやきながら頭を叩いた。
「前から二人組の女が来るぞ、二人ともシャネルのバックを持ってる、」
うるせーなーなんだんだ!
「とりあえず二人のバックをほめてみろ、シャネルのマトラッセだ!」
俺は
「もうやめてくれ~!」
声を出してしまった
すると目の前にびっくりした顔の二人組の女性がたっていた。
俺は「あ、あ、すみません。。」
さっきの幻聴が頭をよぎった。
目の前の二人組の女性は不思議そうに俺を見てる、
「あの、あの、今、お時間ありますか?」
二人組は「ホストでしょ?今日は飲まないで帰るから、」
俺は、だよな、また断られたよ。
「よかったら名刺もらってください。よろしくお願いします。あっ!それと二人とも素敵なバックお持ちですね?」
二人組はちょっと驚いた顔してこっちを見て言った。
「あんた、このバック知っているの?このバックの名前知っていたらちょっと遊びに行ってもいいよ。」
俺をバカにしたような笑顔でそう言った。
俺は「マトラッセ」
さっきの幻聴を信じて自信なく小さな声で言った。
二人組は「へぇ~ただの貧乏ホストじゃないみたいね、言ったからには1時間だけ遊びに行ってあげるよ。」
マジで??
「はい!ご案内します、こちらへどうぞ!ありがとうございます。」
お客様二人を連れてお店に帰ると玄さんがびっくりした顔で迎えてくれた。
「二名様新規です。」
玄さんが「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
玄さんは俺の顔をみてやるじゃんという顔をした。
初めてキャッチに成功して意気揚々とキャッチで連れてきた席に付いたが、先輩の会話に圧倒されて何もできないでいるうちに1時間が経過した。
キャッチで連れてきた二人組の新規のお客様は楽しそうに先輩ホストと会話をして、また来るねと言い、お店を後にした。
一緒に席に付いていた先輩は
「零時!よくやった!あの子たち吉原の住民だったぞ!」
俺にはよくわからない、そんな事よりやっぱり会話のレベルが先輩と全然違うことにショックを受けていた。
その後、吉原の住民と言うのは吉原のソープランドで働いてる人って事で、遊べるお金に余裕があるから太客になる確率が大きいと先輩は喜んでいたことを知った。
その日の仕事帰り、俺の頭の中は今日の不思議な体験で埋め尽くされていた。
あの幻聴はなんだったんだろう。キャッチの時は見事に会話を成立させてお店にも来てもらった。大成功だった。しかし自分の力ではない気がして、でも本当にそんなに都合のいい幻聴があるのか?
いや、本当は自分の実力なんじゃないか?俺にはやっぱりホストの才能があるのかな?
会話も慣れればすぐにできるんじゃないかな?
いつもの悪い癖で自分の都合のいいように考えながら幻聴のことを本気になって考えようとはしてなかった。