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第1話 ニゲラが咲くまでに

「人が生きる」と書いて「人生」と読む。人は何のために生きているのか。その解は人それぞれで無数にある。その解が多岐にわたるように、この惑星地球の人口が75億人だとすると、人生の種類も75億通りある。だが、誰しもが納得して生きているとは限らない。なぜか。それは人が人生の岐路に立たされた時、必ずしも正しい選択をするとは言えないからである。その時の選択によって、その先の運命は大きく変動していく。だが、もしも、何度も出くわす岐路での選択肢が絞られ、自分が好きなように選択ができたなら————————————————


「幹人〜!ご飯よ!そろそろ起きなさーい!」

母親という目覚まし時計により、唯一時間を忘れさせてくれ非現実的な体験をさせてくれる夢という儚いものから目が覚めた。カーテンの隙間からは朝日が差し込み、部屋の中の散らかった教科書や通学カバン、ゲーム機や脱ぎっぱなしの服を暖かく優しく照らしている。上体を起こし、1つ大きな伸びをしながら、これまた大きなあくびをする。目をこすったものの、全く眠気は消えない。起きた時のこの現実に引き戻される感じはいつまでたっても嫌いだ。


横を向き、学習机の隅に置いてある今にも咲きそうな植物をふと見る。その植物にも朝の気持ちいい斜陽が当たっていた。

「そろそろか・・・・・。」

俺は去年の秋から室内である植物を育てている。植物の名は、ニゲラ。和名はクロタネソウ。大きさは40センチほどだ。葉は細かく裂けており、互い違いに生えている。ニゲラの種は、去年の秋頃、生物の先生からもらった。生物の先生になぜ植物の種をもらったのかは、後で話そうと思う。ニゲラの開花時期は4〜6月だと言われている。机の上のニゲラはもう既に蕾が開き始めており、おそらく開花するのはもうすぐだろう。

そんなことをぼんやり思いながら、未だに消えない眠気と共に一階のリビングへと降りていく。


「今日から2年生なんだから、そろそろ受験を見据えて、心機一転がんばんなさいよ。」

俺の横に座っている母さんが味噌汁をすすりながら、朝っぱらから時間という概念をぶつけてくる。

つい、この間高校に入学したばっかりなのに、2年生になるのは早いものだ。などと思っているうちに、気がつけば社会人になっているんだろうなあ。俺の向かいに座っている父さんはすでにスーツに着替えており、新聞を広げながらご飯を無言で口に運んでいる。その姿を様子見しながら、俺も無言でおかずを食べているが、父さんが今にも大学受験関連のことを言ってこないかという心の構えのせいか、全く味合うことはできていなかった。


俺の父親は都庁に勤める公務員だ。とてもお堅そうに思えるかもしれないだろうが、完全にお堅い。そして、学歴主義者である。俺は中学受験を経験している。親の意向で名門私立中学校をお受験したのだが、見事に不合格。試験を受ける前は「受かっても受からなくてもいいから全力を出して来い」と激励されたにも関わらず、落ちた途端に豹変。「お前の頑張りが足らなかった。」「金をドブに捨てたようなものだ。」など散々の言われ様だった。

父親は自分が俺と同い年くらいのときは、家の経済的な理由で満足のいく学校にいけなかったため、その夢を子である俺に託しているのだと思う。俺は父さんの操るラジコンカーになるつもりはないし、自分にもし子供ができたら、子供の好きなように人生を歩ませるつもりだ。


俺の母親は、いまは専業主婦だ。俺を産んだのが48歳の時である。それまではバリバリの現役公務員として働いていた。俺を妊娠したときに、退職し専業主婦に転身。母親もどちらかというと学歴主義者だ。

中3の夏の受験校決めの時なんかよく家族で会議したのだが、案の定『父&母VS俺』という構図が出来上がった。周りの友達にどこの高校を受けるのか聞いた事があるのだが、みんな口を揃えて「親が好きなところ受けなさいっていうから○○高校受けるかな。」と言っていた。周りの家庭は自分の家庭と違い寛容で比較的自由なんだと気付き羨ましかった。中学受験の二の舞はするまいと、本気で勉強しなんとか偏差値の高い都内でも有名な私立に受かった。その時ですら、父親は喜びもせず「受かって当然だ。」という風なリアクションであった。


今では、何か会話するたびに口喧嘩になることが予想されるため、「いってきます。」「ただいま。」「いただきます。」など必要最低限以外のことは家の中では言葉を発さないことにした。


朝食を食べ終え、歯を磨き洗顔をし、一旦部屋に戻り、通学カバンを手に取り部屋を出ようとしたが、一瞬足が止まった。視線をニゲラに向ける。去年の秋にこいつを育てているが、家を出るときや帰ってきた時の挨拶はもちろん、こいつにだけは時々話しかけている。イタいやつだということは重々承知なのだが、この家の中での、話し相手はこいつだけということはご理解いただきたい。

おそらく、今日帰ってくる時には、綺麗な花びらが見られることだろう。


「いってきます。」


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