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望んだ者は……  作者:
シルヴィ=バロー
9/21

8.イベントスルー?

クレチアン家でお世話になった翌日。

私は実家に戻ることなくバロー男爵家へと連れて行かれた。


「明日から、王立学院に入学するための勉強を致します」

一通り挨拶をした後、男爵夫人がにっこりと微笑みながら告げた。

私はよっぽど不満げな顔をしていたのだろうか、夫人は笑顔を張り付けたまま

「お返事は?」

と声のトーンを低くして聞いてきた。

その低さに思わず「はい!」と返事してしまったのが運のつき。

翌日からキビシイ教育がはじまった。


最初は私は『ヒロイン』なんだから楽勝よ!

なんて思っていた。


だが、その思惑はもろくも崩れ去った。


とにかく覚えることが多い。

礼儀作法に始まり、各種マナー。

歴史・文学・算術・芸術・ダンス・刺繍などの一般教養。

男爵家と関わりある人たちの家族構成や趣味嗜好なども覚えろと言われた。

最低でも男爵領の両隣のことは間違えるなと念を押された。


男爵家だからこれだけで済んでいると夫人は呟いていたけど私の耳はその言葉をスルーしていた。

爵位が上がるほどその倍以上のことを覚えなくてはならないらしい。

男爵家で習う事は最低ラインだということを。


朝から晩まで勉強勉強の日々。

遊ぶ時間なんて全くなかった。


で、ストレスをため込んだ私はプチ家出を決行した。

といっても、バロー家所有の近くの森になんだけどね。


後で知ったことだが、バロー家所有の森とクレチアン家の領地は隣接していたらしい。

つまり、お隣さんだったわけだ。

それで、やたらクレチアン家の事を学ばされていたのか。



鬱蒼と茂った森の中を馬に跨りながら自由気ままに歩くと自然と笑みがこぼれる。

うん、きらびやかな世界も好きだけど、こういう自然も好きだなと思った。

森の真ん中に位置するところに小さな湖がある。

私は馬から降りると、靴を脱ぎ湖の岸に腰掛け、足を浸す。


冷たい水が心地いい。

足を湖に入れながら仰向けになると青い空が広がっていた。


しばらく茫然と青空を見上げているとガザガザと草木をかき分ける音が聞こえてきた。


慌てて湖から足を出し靴を履くと、馬のそばにまで移動する。


森の中から出てきたのは『マリー様』だった。


「あら、あなたは……」

『マリー様』は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべた。

「ご、ご無沙汰しております」

頭を下げる私に彼女は顔を上げるよう声を掛けてきた。

恐る恐る顔を上げると満面の笑みを浮かべた彼女がいた。


「バロー男爵家に引き取られたシルヴィさんですわね」

「は、はい」

「私はクレチアン家のマリエル」

「お、お噂は伺っております」

「私の噂?」

「『クレチアン家の宝石』と」

「まあ、私が宝石だと?」

嬉しそうに声を上げた笑うマリエル。

「はい、ルビーのようなに光り輝く赤い髪、スターサファイヤのように煌めく瞳を持つ生きた宝石と称えられています」

実はこの称え、ファンブックの受け売り。

ネットでは『宝石を埋め込んだ生きた人形』と言われていた時期もあった。

二次元なんだから幾らで表現できるんだね~とあの時は思ったけど……

実物を見ると本当に人形みたいな人だ。


日向では肌に悪いからと木陰に入った私とマリエル。

マリエルは男爵家に引き取られた私の状況が気になるのか、いろいろと聞いてきた。

私は問われるままに応えた。


「では、来年王立学院に入学する為に勉強中なんですね」

「はい」

「その割には全然身についていないみたいね」

生粋のお嬢様から見れば私は野生の動物でしょうね。

母がよく言う『野生の猿』なんでしょうね。

「先生が怖いんです」

ぶっちゃけ、年老いたばあさんが毎日甲高い声でキーキー言っているようなもんだからやる気が出ないんだよね。

「確かに怖い先生の前だと萎縮しちゃうのはわかるわ。私もそうだったもの。……そうだわ!私の先生の伝を使って優しい先生を紹介しますわ」

「え、でも……」

「来年、同じ王立学院に通いたいの。貴女なら私とお友達になってくれると思うし」

おいおい、ライバルとお友達って……

あ、そうか。

この世界が『ゲーム』の世界だって知っているのは私だけ。

今の内にマリエルと仲良くなっておけばゲオルグ攻略に有利に動けるかも。

確か、マリエルとゲオルグは幼馴染。

ゲオルグの情報もそれとなく聞き出せるかもしれない。



その日は、そのままマリエルとは別れた。

翌日にはマリエルの紹介だというイケメン教師が勉強を教えてくれることになった。

このイケメン教師、すっごく甘やかしてくれるから好き。

出来ないことは後回しにして、できることからやりましょうと。

バロー男爵夫人は何か言いたげな顔をしていたが伯爵家からの紹介という事で強く言えなかったらしい。

イケメン教師に褒められるのってすっごく快感で、頑張っちゃったよ。

王立学院から入学案内書が届く頃には生粋の貴族令嬢と同等のスキルを身につけることが出来たと思う。


マリエルとは王立学院に入学するまで手紙のやり取りをしていた。

ただし、後に残さないようにという約束の元でだ。

伯爵令嬢と養子の男爵令嬢(・・・・)が家族ぐるみでもないのに仲がいいとなると勘繰る者が出てくるからだという。

クレチアン家は建国時から続く名門家。

バロー男爵家は数年前に爵位を賜った成り上がり。

うん、確かに要らぬ嫉妬は受けたくないな。



そういえば、王立学院に入学する前に国王陛下に謁見する機会があったんだけど。

あれって入学者全員が行っているのかな?



次にマリエルに会えたのは王立学院に入学して半年ほどたってからだった。

マリエルの周りにはいつも人が集まっており、男爵令嬢(・・・・)の私が簡単に近づくことが出来なかったからだ。




***


その日、私は中庭に咲いているサクラの樹によじ登っていた。

クラスメートにバロー男爵夫人から入学祝に頂いたハンカチを風魔法で飛ばされたからだ。

そのクラスメートは魔力試験で私に負けたことに対する腹いせに大切にしまっておいたハンカチを風で飛ばしてサクラの樹に引っ掛けたのだ。

「悔しかったら、魔術であのハンカチを取ってみろ」

そういってクラスメートたちは教室に戻っていった。


私は細かい術は苦手なので木の枝に引っかかったハンカチを魔術で取ることはできない。

下手すれば枝をバキバキに折ってしまうから。


私は周りに誰もいないことを確認するとスルスルとサクラの樹に登り、ハンカチを無事にゲットした。

サクラの樹の上から見る景色は最高だった。

学院の塀の外に広がる住宅街。

その先に広がる青い海。


私は時間を忘れてその風景を眺めていた。


我に返ったのは昼休みを告げるチャイムの音だ。

慌てて降りようとしたが、数名の話声が聞こえて来た為に降りるに降りれなくなった。

こうなったら、その人たちがいなくなるまでこの風景を堪能していようと思った。


「さすがですわね」


懐かしい声が下の方から聞こえて来た。

マリエルの声に似ている気がする。

姿を確かめるために下を見ると確かにマリエルがいた。

その隣には金髪の男性が立っていた。

あれはもしかして……


よーく見ようと移動しようとしたら枝がしなった。


「姉様!殿下!サクラから離れてください。樹の上に何者かがいます」

誰かの叫び声にマリエルと男性は慌てて樹から離れようとして転んだ。


パタパタと数名がサクラの樹に近づいてきて私は余計に降りられなくなった。


下では何やら騒いでいるようだがなかなか収集が付かないらしい。

黒髪の少女が軽く手を叩いたあと私の方を見上げた。


「姉様も殿下も互いに譲らずにいたらいつまでたっても先に進みませんよ。ここはこの樹の上にいる人物がすべて悪いってことで折り合いをつけましょう」


彼女の瞳は私を射抜くように見つめていた。

私は小さく息を吐いた後、勢いよく飛び降りた。

その時小さな風の魔術が私の体を包み込んだような気がした。

別に、樹から飛び降りるくらいなんともないけど、その術のおかげで衝撃もなく地上に降りられた。


「なぜ、国宝の一つでもあるこの『サクラ』に無断で登っていたのですか?」

マリエルと金髪の男性を背にかばいながら黒髪の少女は威嚇してくる。

「ああ、その前に……私はレオンティーヌ=クレチアン。クレチアン伯爵家の者です」

優雅な所作で挨拶をする少女に私は驚きを隠せない。

クレチアン伯に縁のあるの人物?

『レオンティーヌ』という名前にも覚えがなかった。

「貴女のお名前を伺っても?」

黒髪の少女レオンティーヌが声を掛けてくるが声が出ない。

マリエルと金髪の男性を見ると二人は笑みを浮かべているが問いかけるような視線を私に向けた。

私が名乗らないでいると『レオンティーヌ』は小さく息を吐いた。

「姉様、殿下。私は彼女を職員棟に連れていきますので、お昼は皆さんで召し上がってください」

彼女の言葉にぎょっとした。

職員棟に連れて行くって……それって風紀の権限じゃない。

基本、職員棟には生徒は入れない。

自由に入れるのは生徒会役員と風紀委員のみとされている。

一般生徒が入るとなるとそれは風紀委員に連行される時か、教師から召喚状を渡された時のみ。



「レオ、一人では大変だろう。俺も一緒に行く」

低い大好きな声にはっとなり、顔を上げると私の(・・)ゲオルグがいた。

しかし、彼は私ではなく『レオンティーヌ』を見ていた。

その視線は愛しい者を見つめるような温かい光を灯していた。


どうして?

モブである『レオンティーヌ』が私の(・・)ゲオルグにそんな瞳で見つめられているの?

ゲオルグは私のモノなのよ。


ガチャンと響いた音に両手を見ると手錠のようなものがはめられていた。

風紀委員が扱うことが出来る束縛の術。


私はそのまま職員棟に連行された。

幸いにも他の生徒たちには見られなかったのが不幸中の幸いだろうか。


職員棟についた私はそのまま生活指導の教師に引き渡された。

『レオンティーヌ』とゲオルグはそのまま出ていった。

ゲオルグは私に一度も視線を向けないまま……




ってあれ?

もしかして……今のって『イベント』!?

攻略キャラとの『出会いイベント』だったんじゃ……


攻略キャラとの出会いはサクラの樹の下。

入学から半年たってもクラスに馴染めない主人公は高位貴族のクラスメートの悪戯で大切なハンカチを飛ばされしまう。

ハンカチはサクラの樹の枝に引っかかる。

どうしようかと悩んでいる時にゲームスタート時に選んでおいた攻略キャラが現れて……


ああ!

やっぱり『出会いイベント』だったじゃない!

なんで忘れていたのよ私!

一番大切なシーンなのに……


なんで自分で取ろうなんて思ったのよ!!

ああもう!

リセット。

リセットボタンどこ!?


しかも私、風紀委員に連行されるなんてマイナスイメージが~~~


あれ?

そういえば、私に束縛の術を掛けた子って……


「あの、先生」

『国宝』のサクラの樹に登ったことに対して厳重注意&説教を受けていた(聞き流していた)私は先生にあの子のことを聞いてみた。

すると先生は一瞬呆れたような表情を浮かべたがすぐに真顔に戻ると

「彼女はレティオーヌ=クレチアン伯爵令嬢。風紀委員をやっている。また王立魔j……」

「え?でもさっき『レオンティーヌ=クレチアン』って名乗っていましたよ」

「……人の話は最後まで聞きなさい。いったいバロー男爵家ではどんな教育をしているのやら」

ブツブツつぶやいていた先生だけどちゃんと答えてくれた。

彼女は生まれた時から魔力が多く、幼い頃は寝たり起きたりを繰り返す日々だった。

彼女の祖父が心配して神殿に祈ると『10歳まで名前を変えよ』という神託を受けたとかで10歳までは『レオンティーヌ』と名乗っていたらしい。

その時の癖が抜けずに今でも時々『レオンティーヌ』と名乗ってしまうらしい。

また彼女の幼馴染達もなかなか呼び名を変えることが出来ず『レオン』『レオ』と呼んでしまうという。


「初対面だったならバローも当然名乗ったのだろな?学院のルールなんだから」

「え?」

「…………………………あー、名乗ってないのだな。ルヴェリエがなんであんなに冷たい目をしていたのかようやく分かったわ」

先生はため息をついてそれ以上は何も答えてくれなかった。


3日以内に反省文を提出する事と言われ職員棟を追い出された。



教室に戻ると、ハンカチを飛ばしたクラスメートが謝罪してきた。

一学年上の婚約者に『なに、レティー様のお手を煩わせるようなことをした!魔術勝負なら授業中にしろ!』と大勢の前で叱られたらしい。

婚約者さんは先ほどの出来事を一部始終を『遠視』という術を使って『レティオーヌ』を見ていたとか。

え?それって犯罪……と思ったが、彼は『レティオーヌ』のファンクラブの会長で一応許可は取ってあるとか……

ファンクラブ!?

いったい彼女は何者なんだ!?

彼から一部始終内容を聞いたというクラスメートはなぜか瞳をキラキラせて私を見つめてきた。

「ねえ、束縛の術って痛くないって本当?」

「は?」

「あら、私が聞いたのはものすごく痛くて、のちにその道に目覚めた方もいらっしゃるとか」

「俺が聞いたのは先生に引き渡されるまでひたすら擽られているような感覚だったって聞いたけど?」

次々とわけのわからないことは話し出すクラスメート。


パンパン


その騒動を収めたのは栗毛色の髪をした女生徒だった。

「皆様、風紀委員が使用する束縛の術が多種多様なのは今に始まったことではありません。ただ、本来あまり使われることがない術との事ですわ。皆様が聞いた噂は過去の事例です」

「アガサ様」

栗毛色の彼女はアガサという名前らしい。

「それに、風紀委員に連行されるって意味は皆さまご存じでしょ?」

にっこりと微笑む彼女にクラスメートは一斉に顔を蒼くした。

「私たちは風紀委員のお世話にだけはなりたくありませんものね。将来の為にも」

ふふと笑うアガサにクラスメートたちは顔を蒼くしながらもうんうんと頷いていた。


風紀委員の世話になるという意味を知ったのはもう少し先の話。

その意味を知るまで、私は何度も『風紀委員』の世話になったのだった。



※作中にあるレティーが幼い頃は寝たきり云々は伯爵(父親)がわざと流した表向きの話です。

のちに本文にも入れる予定ですが……いつになることやら…ヾ(--;)ぉぃ




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