7.食い違い
ここより『シルヴィ=バロー』編
ある朝、目が覚めると私は『シルヴィ=バロー』になっていた。
寝る前まではごく普通の女子高生だったはずだ。
学校はちょっとランクの低い高校だったけど、中学時代の友人たちが通っている進学校よりも校則が緩く、結構自由の利く学校だった。
アルバイトは許可制だったけど赤点さえ取らなければ、大抵許可は降りていた。
私は通学に1時間近くかかるから長期休み以外はバイトはしてなかった。
親からのお小遣いで遣り繰り出来ていたからというのも大きな理由だろう。
お小遣いはほぼ趣味=ゲームに消えていったけどね。
起きた瞬間はプチパニックを起こしたが、改めてじっくりと鏡で見た私は大好きだったゲームの主人公『シルヴィ=バロー』そのものだった。
桃色の髪。
陶器のように白い肌。
大きな青い瞳。
ふっくらとした赤い唇。
そして、今までの『シルヴィ』と私は完璧に融合していることが分かった。
『シルヴィ』として過ごしていた13年間の記憶と、女子高生だった私の記憶。
この世界はゲームの世界。
二次元の世界。
私の為の世界。
まずは自分の置かれている立場を把握した。
遠い親戚に数年前に男爵の爵位を賜ったバロー家本家があることは父たちの会話から知っていた。
バロー男爵の姉君が嫁いだ家の分家が我が家だ。
直接的にはバロー家とは関係がない。
だが、私はバロー家の養子に入ることになる。
私の体には大量の魔力があるからだ。
バロー家の養子に入る原因が魔力の暴走なんだよね。
その時に両親を失い、バロー男爵の姉君が私を引き取るという話が持ち上がるが、男爵が学院に通って魔力制御を学んだ方がいいだろうからと男爵家の養女になるのよね。
たしか、魔力の暴走は14歳の誕生日。
つまり来年だ。
暴走の原因は……あれ?なんだっけ?
うーん、覚えてないけど時期が来れば何とかなるだろう。
そういえば、シルヴィの記憶で気になることがあるんだよね。
10歳前後の頃によく赤い髪で青い瞳の貴族の子と話している場面があるんだよね。
赤い髪で青い瞳って……もしかしなくてもう一人の『主人公』マリエル=クレチアンじゃないかな?
赤い髪って珍しいんだよね。
現在、グラッセ国内で赤い髪を持っているのは二人だけ。
クレチアン伯爵夫人とその一人娘だけのはずである。
シルヴィの記憶では彼女の事を『マリー様』と呼んでいた。
『マリー様』はシルヴィに装飾品を渡していた。
今も私の胸元を飾っている、子供っぽいデザインのブローチ。
「お友達の印」という『マリー様』の言葉を信じているシルヴィ。
ブローチの裏側にはよくわからない模様が描かれている。
しかし、私はその記憶を片隅に追いやった。
だってもうすぐ『ゲーム』が始まるんだもん!
『ゲーム』開始時は15歳。
魔力暴走後1年間空白があるけどその間『シルヴィ』がどう過ごしていたのかは知らない。
ファンブックにも資料集にも書いてなかったから。
14歳で魔力を暴走させ、15歳の時王立学院に入学するってことしか……
入学した後のことはもうバッチリ覚えているわ。
攻略対象者は第二王子とその従者2名。
たった3名。
発売前は少ないって思っていたけど、エンディング数が一人につき4種類あった。
トゥルーエンド、バッドエンド、ノーマルエンド、自爆エンドの4つ。
トゥルーエンドは別名ラブラブエンド。
見ているこっちが赤面するほどの甘い言葉をささやかれるエンディングだ。
バッドエンドは失恋エンド。
選択肢を7割以上間違えるとこのルートに突入する。
ノーマルエンドは別名お友達以上恋人未満エンド。
恋愛度数が足りていないとこのエンディングになる。
最後の自爆エンド。
これはミニゲームに連敗すると起こるエンディング。
別名魔力の暴走エンド。
魔力が暴走して、友人たちを巻き込み、自らも重傷を負い、生きているのか死んだのかわからないエンディング。
私はこの自爆エンドだけは見ていない。
というかこのエンディングを見た人を私は知らない。
ネットでも一時期話題になっていた。
しかし、一度だけそのエンディングの映像がネットにアップされていたことがあったがすぐに削除されたそうだ。
私は見逃したが、それを見た友人は「モブに助けられるエンディング」と言っていた。
友人はそれ以上は教えてくれなかった。
エンディング数はまあ普通かなって思うかもしれないけど、そこまでの過程が金太郎飴じゃなかったのが私の中で高評価なのよね。
ノベル系ゲームだと分岐点に入るまで金太郎飴のように同じようなルートが多いんだけど、このゲームは攻略キャラを決めた後ランダムで出る選択肢でルートが変わるのでやりがいがあった。
同じような選択肢を選んでも違うルートに行く場合もあったし、微妙にセリフが違ったりもした。
これはのちに周回プレイで現れる仕様だと判明するのだが、それを知らなかった時期は興奮したものだ。
私のお気に入りは従者のゲオルグ=ルヴェリエ。
ルヴェリエ伯爵家の次男で第二王子の筆頭従者兼護衛騎士候補生。
魔術は平均並だが剣技は学年一の実力者。
普段から無表情・無口で何を考えているのかわからない人。
テンプレだけど優秀な兄と比較され、尚且つ兄のスペアとしてしか周りから見られていないことに不満をため込んでいる。
ヒロインはそんな彼を「なら兄を超えれるように頑張ればいいじゃない。貴方の実力はそんなもんなの?」と嗾ける。
そう、嗾けるんだよ。
普通のオトメゲーなら「貴方は貴方。お兄さんとは違うのよ」と諭すんだけどね。
第二王子は正統派王子さまって感じで私は苦手だった。
まあ、結婚できれば一生贅沢な暮らしはできるだろうけどね。
その分面倒くさい王族の義務とかいうのが発生するから実現させるのはパス。
ライバル(もう一人の主人公マリエル)に熨し付けて押し付けたい。
もう一人の従者マルク=アダンはアダン侯爵家の三男。
幼い頃からの年上の婚約者(政略結婚の相手)との関係は不仲。
自由を求めて女の間を飛び交う蝶と揶揄られている。
見た目も将来も安定しているけど、女性トラブルが怖いのでこっちもパス。
ということで、私はゲオルグEDを目指して頑張るわ。
ゲオルグのトゥルーエンドだとゲオルグの実力を知った父と兄が家督をゲオルグに渡すのよね。
その後の兄の消息は語られなかったけど、ゲオルグの補佐をしてくれるんじゃないかな?
***
そして迎えた14歳の誕生日から半年……
何も起こらなかった。
いたって平和な日常を送っている。
え?なんで!?
あと半年で『ゲーム』が始まるのに!!
イライラしていた私は近くの森にストレス発散のために出向いた。
そしてその森で『マリー様』と出会った。
『マリー様』は魔術の練習のためにこの森に赴いたそうだ。
この森は貴族の子供(主に魔術師や騎士を目指す人達)が鍛錬に使っている貴重な森なんだそうだ。
ん?ということは、頻繁にここにきていればゲオルグ様と出会えたかもしれないってこと!?
なんてこったい!
チャンスを逃していたのか!!
『マリー様』は私の魔力に気づき、魔術の扱い方を教えてくれた。
もっとも教えてくれたのは『マリー様』のお付きの人だけど。
初級編と呼ばれる術は簡単にできた。
中級編も最初は戸惑いながらも操れるようになった。
上級編を教わっている時にそれは起きた。
突如現れた魔物。
そう魔物だよ!魔物!
ファンタジーの定番!
あれ?でもこの森には魔物の類はいないはず。
『マリー様』の付き人さんがこの森には結界が張られているから安心して貴族の子供たちが鍛錬することが出来るって言ってなかった?
『マリー様』のお付きの人は『マリー様』を守ることに専念しているので私にまで気が回っていない。
私は習いたての術で魔物に抵抗するが、押され気味だ。
恐怖が私を襲う。
怖い
恐い
コワイ
こわい
胸元に付けているブローチをぎゅっと握ると手の中から光が溢れだした。
『マリー様』の付き人さんが何か叫んでいるけど恐怖心の方が強く、声が聞えない。
私の中から何かが飛び出そうとしている感覚がある。
あ、これがもしかして『暴走』なのかな。
ふとそんなことを思った瞬間に私は気を失った。
次に目が覚めた時。
私は豪華な部屋のベッドに寝かされていた。
「あ、気づいた?」
ひょこっと顔を覗き込んできたのは黒い髪で左右の瞳の色が違う女の子。
彼女は私の額に手を当てて小さく呪文を唱えている。
「うん、魔力も安定しているね。先生を呼んでくるから待っていてね」
そういうと彼女は部屋から出ていった。
しばらくすると真っ白なひげを生やした老人と金髪碧眼の美女が入ってきた。
老人は私の首筋に手を当てたあと、美女に何かを告げると美女は持っていたカバンの中から小さな瓶を取り出した。
「レティーお嬢様の言う通り魔力は安定しておるな。ちいっと苦いがこの薬を飲みなさい」
美女から瓶を受け取り、蓋を開けるともわ~っと変な匂いがした。
「臭くて苦いが今の嬢ちゃんには必要な薬だ。我慢して飲み干しておくれ」
ふぉふぉふぉと笑う老人は医師なのだろう。
そして美女は看護師さんなのかな?
鼻を摘まんで一気に瓶の中身を飲み乾した。
口に入れた瞬間、ものすごくまずくて吐きそうになったけど根性で飲み込んだ。
ゴホゴホと咳き込む私の背中を美女が優しく撫でてくれた。
「ほれ、口直しにコレを飲みな」
差し出されたのはハチミツ入りのレモネードだった。
あのクソまずい薬の後だからか、すっごく甘く感じた。
「さて、嬢ちゃんには状況を説明しておかなければな。ご両親には連絡済みだから安心していい」
「……その前にここはどこですか」
「ん?伯爵家の一室だよ。クレチアン伯爵の」
「え?」
チョットマテ。
クレチアン伯爵邸だと!?
あの誰もが一度は訪れたいという薔薇屋敷だと!?
クレチアン伯邸の庭園は無数の薔薇で覆われていて、季節を問わず常に美しいバラが咲き誇っていることから薔薇屋敷と呼ばれている。
どうやって咲かせているのか問われた伯爵が『魔術でね』と簡単に答えたことで多くの貴族が真似たが誰一人として成功させたものはいないらしい。
貴族の屋敷の庭園の植物を一年中維持するのに莫大な魔力が要するから見様見真似では難しいのだろう。
「で、話を進めるがいいか?」
茫然としていた私に老人から鋭い視線が向けられた。
自然とピンと姿勢を正して話を聞く態勢となった。
「お前さんがいた森に結界が張られていたことは知っていたか?」
「はい、聞きました」
「その結界が昨日、壊されているのが見つかった」
「え?」
「全国民にそのことを伝え、あの森の入口には立札を立て、入らないようにしておったのじゃが……どうしてお前さんはあの森にいたんだ?」
鋭い老人の視線にビクリと肩を震わせる。
なんだろう、逆らってはダメだと、正直に話せと私の中の誰かが言う。
私はストレス発散のために森に入ったことを話した。
その際、入口に立札がなかったことも付け加えておく。
あと、結界云々のことは初めて聞いたことも付け加えておく。
しばらく老人からの質問に答えていると慌ただしく扉を叩く音が部屋に響いた。
美女がすっと立ち上がると扉を開け、外の人を招き入れた。
入ってきた人は私を見つけるとズカズカと近づいてきたかと思うと思いっきり私の頬を叩いた。
「こんのバカ娘!昨日、あれほどあの森には近づくなと言っていただろうが!お前の頭は飾りか!?」
私の頬を叩いたのは母。
シルヴィの生みの親だ。
本当ならシルヴィの魔力の暴走に巻き込まれて死亡するキャラ。
だが、今回私の暴走は森の中で起きた。
死傷者は出ていない。
『マリー様』はお付きの人が身を挺して守り、お付きの人も軽いけがで済んだそうだ。
「まあまあ、お母さん。落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますか!このバカ娘はこっちが王立学院に特別入学するまで必死に魔力を抑え込んでいるのにふらふらと出歩いて……挙句に暴走させるなんて……」
「え?お母さん、私の魔力の事知っていたの?」
「何年あんたの母親やっていると思っているんだ!生まれた時から知っていたわ!」
うそ!
だって、資料集には魔力の暴走事件が起きて初めて私に膨大な魔力があることが発覚するって書いてあったのに……
「あんたが生まれた時にクレチアン伯爵様が調べてくださったんだよ」
え?なんで!?
「私らはクレチアン伯領に住んでいるからね。少しでも魔力を感知したら伯爵様が調べてくださるんだよ。その時にあんたの魔力は強いってことがわかってね。あんたが王立学院に特別入学できるよう遠縁にあたるバロー男爵と話を進めていたのに……あんたは力の押さえ方さえ覚えようとしない。マナーも覚えようとしない。野生児の猿のまま」
呆れたように呟く母に反論できなかった。
やたら勉強しろ、マナーを身につけろなど言われているけど『主人公』の私には必要ないと無視していた。
『主人公』だから言われれば簡単に身につけられるのに小さい頃からヤッテラレルカって逃げていたんだよね。
それに『ゲーム』の『シルヴィ』は身分以外のことで周りから貶されることはなかったし、授業成績もトップクラスだった。
「シラーおば様、バロー男爵家から使いの方がお見えです」
ふと聞こえてきた可愛らしい声に全員の視線が声がした方に向いた。
声がした方を向くと先ほどの黒髪で左右の瞳が違う少女が立っていた。
私よりも年下だろうか。
しかし、凛とした姿が年下には見えない。
「まぁ、レティーお嬢様。お嬢様がわざわざ伝言などせずとも……」
「気にしないで。両親は姉に付っきりだし、侍女たちにも仕事があるんですもの。暇な私が伝言を預かっても問題ないでしょ」
「しかし、お嬢様を伝言役に使ったと聞いたらバロー男爵も腰を抜かしますよ」
「ふふ、じゃあ。このことはここにいる人たちだけのヒミツね」
にっこりと人差し指を唇に当てて笑う少女に皆、笑みを浮かべている。
しかしこの少女は何者なんだろう。
お嬢様と呼ばれ、この屋敷にいるってことはクレチアン家の人なのだろうか。
『ゲーム』には登場していない。
ファンブックにも資料集にも彼女のことは何も書いていなかった。
こんな印象的なキャラがいたら絶対に忘れない。
「先生、彼女の状況は?」
「今夜ゆっくり休めば元通りじゃ。レティーお嬢様特製のあの薬のおかげで底の方にくすぶっていた魔力も安定しておる。あと数年は暴走することもないだろう」
「あら、油断は禁物よ」
「そうじゃな。油断大敵じゃな。じゃが、元の魔力に戻るまで10年はかかると思うぞ」
え?どういうこと?
魔力が戻るまでって……
「何を言っているの。彼女の胸元のブローチに蓄積されていた魔力が少しずつ彼女に戻っているわよ。1年もすれば元通りよ」
彼女の言葉に全員の視線が私の胸元のブローチに集まった。
「知らず知らずのうちに過剰な魔力をそのブローチに納めていたんでしょうね。そのブローチの魔力蓄積容量は桁外れよ。昔姉様が持っていたモノと同等の物ね。姉様はデザインが子供っぽいと言って捨ててしまったようだけど」
老人とポンポン会話を続ける少女に私以外の人は感心したような表情を浮かべている。
少女は私の方を見るとにっこりと微笑んだ。
「明日まで窮屈かもしれないけどこの別館でゆっくり休んでくださいね。なにか入用がありましたら侍女を一人ここに付けますのでその者に伝えてください。できる限り希望の添えるよういたしますわ」
「レティーお嬢様!これ以上は過分のご厚意です。うちのバカ娘を助けて頂いただけで十分でございます」
母が深々と少女に向かって頭を下げる。
「いいえ、今回は我が家の者もその場にいたのです。我が家の者が無事なら他はどうでも良いという考えを私は持ち合わせておりません。巻き込んだ、巻き込まれたは関係ないのです。我が領民を助けるのが領主の役割。私も領主一族に名を連ねる者。領民あっての私達であることを忘れてはいけないのです。もっとも私が出来るのはこうして別館の客室を提供することしかできませんけどね」
きっぱりと告げる少女はやはりクレチアン家縁の令嬢らしい。
だが、クレチアン伯爵の子供はマリエル=クレチアンただ一人のはず。
では、いったい彼女は……クレチアン伯の姪、もしくは遠縁の子だろうか。
一人悶々と考え込んでいる間に、私は明日までこの屋敷にお世話になることが決まっていた。
母は「くれぐれもお嬢様にご迷惑をお掛けしないように!」とくぎを刺して帰っていった。
しばらくモヤモヤした感じが続くかと思います。