5.クレチアン家とグラッセ王家
「お・か・え・り・く・だ・さ・い」
「そこをなんとか……」
本館の応接間に入ると、いつも以上に鬼の形相をしている父と土下座せんばかりに頭を下げている第一王子がいた。
「父上?どうしたんですか?」
「ベルナール。殿下はお帰りだ。さっさと王宮に送り届けてこい」
「クレチアン伯、お願いだ。せめてレティーに会わs……」
「お帰りください、殿下」
鬼の形相を解き、あまり見ることのない満面の笑みを浮かべる父。
なんだろうか、父の笑みがすっごく怖いんですけど……
「あの、父上。いったい何が……」
とりあえず何があったのか話を聞くことにした。
父は渋々ながら殿下にソファを薦めその前に座った。
王族相手にこの態度……普通なら不敬罪だと言われて何かしら処分を受けるものだが、クレチアン家だけは例外である。
クレチアン家とグラッセ王家は元を辿れは同じ血に繋がる。
戦乱の世を平定した一人が王に、もう一人が臣下としてこの国を興した。
クレチアン家の始祖は、初代国王ユーグ=グラッセの実の妹ユーリ=G=クレチアンである。
ユーグが国王として即位し、ユーリは臣下として夫と共に国の基礎を築いたことは国民の誰もが知っていることだ。
ただ、ユーリ=G=クレチアンの名は歴史上にあまり登場しない。
ユーリの夫でありユーグの親友であり国王の懐刀と言われていたジョセフ=クレチアンの方が歴史書では有名である。
男尊女卑の時代だったため、意図的にユーリ=G=クレチアンのことは歴史上から消されたという歴史研究家もいるが真相は定かではないとされている。
クレチアン家の書斎にはユーリ様の業績を証明する大量の証拠品(魔術で永久保存バッチリ状態)……もとい、資料が所狭しと収まっているがそれを目にするのはクレチアン家の者だけなので陽の目を見ることはないだろう。
ユーリ様もジョセフ様も自分の功績をひけらかす様な方ではなかったらしい。
わざわざ遺言書に『我々の業績を称えるのは大いに結構。しかしそれで富を得ようとするな』と残している方達だ。
自分たちの業績が表に出なくても「別にそれで政がスムーズに捗るのならいいんじゃない?私たちは国民が平穏に暮らせる国を作るためなら何でもやるわよ。たとえそれが自分達の功績として残らなくても」とあっけらかんに言い放ったという逸話も残されている。
建国から数百年。
クレチアン家は陰日向となりながらグラッセ王家を支えてきているので私的な場では態度を改める必要がないというのが現在のグラッセ王国の貴族の間では暗黙のルールとして知られている。
むしろ、『影の王家』との噂もあるがどうなんだろうね。
「それで、ユリウスは何しに来たの?」
王子としてではなく友人として話しかける俺に父は眉をひそめたが黙っている。
テーブルの上には渋みの強いお茶が入ったティーカップが置かれている。
ああ、うん。父なりのおもてなしなんだね……悪意のある(さっさと帰れという意志表示)おもてなし……
ユリウスは顔を顰めながらも口にしている。
「レティオーヌが魔力の暴走に巻き込まれたと……」
「ええ、女生徒の一人が魔力を暴走させ、術室は半壊状態、数名の生徒が暴走した魔力で怪我をしました」
「…………やはり起きたか。起きて欲しくはなかったけどな」
「は?」
「いや、なんでもない。こちらのことだ」
ユリウスは黙り込み、何かを考えているようだ。
ユリウスは自分の世界に入るとなかなか浮上してこないのが欠点なんだよな。
俺は別館からお菓子(もちろん、レティーお手製)を侍女に持ってきてもらい父に差し出し、二人でユリウスが浮上するまでティータイムにすることにした。
父は滅多に食べられないレティーお手製のお菓子を涙を浮かべ味を噛みしめながら食べている。
まずいからじゃなくて感動して泣いていることくらい察してほしい。
父と母はレティーの手作り料理(お菓子含む)を堂々と食べること出来ないからね。
こんな時じゃないと食べられないんだよ。
ほら、周囲には伯爵夫妻は次女を冷遇しているって思われているから。
母には後でこっそり差し入れしておかないと父がぽろっと漏らしたら夫婦喧嘩勃発するからな。
十数分後。
「ベルナール、調べて欲しいことがある」
浮上したユリウスに見つからないようにお菓子を隠す。
「調べて欲しいこと?」
「シルヴィ=バローが身につけていた魔力制御術具だ」
「それなら、破片を集めて研究所に保管してあるけど……」
魔力が暴走した際にシルヴィ=バローが身につけていた術具はすべて壊れ、現場に散乱していたから部下に指示して術具の研究所に保管してもらっている。
「研究所にあるんだな」
「ああ厳重に封印して保管されているはずだけど?彼女がつけていた術具がなにか?」
「お前も知っていると思うが術具は簡単には破損しない代物だ。誰かが意図的に傷をつけない限りは……」
ユリウスの言葉に父が音を立てて立ち上がった。
「まさか、何者かがわざとシルヴィ=バローの魔力が暴走するように彼女の術具に細工をしたと!?」
「いや、断定はできないが可能性の一つとして調査したい。もしかしたらシルヴィ=バローが自分の不注意で傷をつけた可能性もある」
真剣な眼差しのユリウスに父は椅子に座り直し頭を下げた。
「その調査、私の方で行います」
「いや、クレチアン伯ではなくベルナールに動いてもらいたい。伯が動くと勘繰る者が出てくるが、妹バカという異名を持つベルナールが大けがをしてまで魔力暴走を抑えたレティオーヌの為に魔力が暴走した原因を調査していると思わせた方がいいだろう。周りの者たちは伯がレティオーヌを冷遇していると思っているからな」
「……ぐっ」
悔しそうに呻く父。
反論できないのが悔しいのだろう。
「それよりもクレチアン伯には別のことを頼みたいんだ」
にっこりと笑顔を浮かべるユリウスに父は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「レティオーヌとの婚約は認められませんよ。すでに我が家は第二王子とマリエルの婚約が内定しております。一つの家から二人の娘が王族と婚姻することは政治的なパワーバランスを崩しますので認められないことは殿下もご存じでしょ?レティオーヌのことは諦めてさっさと婚約者候補の一人と婚姻を結んでください。それが国の為です」
笑みを浮かべる父に今度はユリウスが顔を歪めた。
「アルセーヌとマリエル嬢の話が出る前から私がレティオーヌに申し込んでいるのになんでだ!?なんで私ではなくアルセーヌが優先される!?」
「可愛い愛娘を王家という鳥かごに押し込めて苦労させたくないからに決まっているだろうが!」
「もう一人の娘はいいのか!?」
「あれは第二王子と出会った時から鳥かごに入ることを切望しているから大丈夫です!」
「だが、結局は伯の分家になるだけじゃないか!」
「王がそう決断されたのだから仕方がないでしょ」
「そもそも、レティオーヌなら王家に嫁いでも問題ないだろうが!妃教育も早々とクリアしているんだから!」
「あの子は好奇心旺盛な努力家なんです!妻がポロリと洩らした妃教育に興味を持ってしまったから仕方なく教育を受けさせただけで、殿下の為ではありません!それは陛下も王妃様も宰相殿もご存知です!!」
父とユリウスの口論は聞いている分には面白いんだけど、レティー本人の気持ちを完全に無視している。
「なあ、ユリウス」
静かに声を掛けるとピタリと言い合いが止まった。
「ずっと不思議に思っていたんだけど、ユリウスがレティーと会ったのってあの事件の時だけだよね?」
「ん?そうだけど?」
「そのあとは一度も会ってないんだよね?」
「ああ、直接にはね」
「なのになんでそんなにレティーに拘るの?あの事件の時、レティーはじい様の陰に隠れてほとんどの人の記憶に残っていないのに……」
「大声を上げバタバタと走り回る大人たちの行動にプルプル震えて先代クレチアン伯にしがみついていたレティオーヌが可愛かったからに決まっているじゃないか」
マリエルに視線が集中していたあの時にレティーを見ていたというのか?
「言っておくけど、私がレティオーヌを見ていたのはベルナールが見つめていたからだぞ」
「はぁ!?」
「ベルナールが落ち着きなくじっと先代クレチアン伯の方を見ていたから、私も見ただけだ」
それって俺の視線の先を辿ったらレティーがいて、プルプル震えながらじい様にしがみついている、その可愛い姿ににやられたと?
「まあ、簡単に言えば私の一目惚れだ!『あの子を自分の力で守ってあげたい!』その思いだけで私は今までの帝王学等を乗り越えてきたんだよ」
思わぬ第一王子の告白に俺と父は言葉が出なかった。
「誰かさんたちが邪魔してくれたおかげで今までレティオーヌに直接会えなかったけど、遠くからいつも見ていたよ。かわいい私のレティオーヌの姿をね」
あ、ばれてる。
父と俺がレティーとユリウスが出会わないようにしていたことがばれてた。
その日はユリウスにはそのままお帰り頂いた。
帰り際に、超高級品と一目でわかる装飾品(術具)を置いていった。
その代わりにとレティーお手製お菓子をあるだけ持って(奪って)帰っていった。
なぜあることに気づいた!?
人目の多い場所でそのやり取りをしたため、使用人たちからトンデモナイ噂が流れることとなった。
第一王子はクレチアン伯の愛娘を妃に迎えようとしているのではないか……
世間一般的に『クレチアン伯の愛娘』は全てマリエルのことを指している。
その為、マリエルが第一王子の婚約者候補だという噂が社交界を駆け巡った。
また、ユリウスが置いていった装飾品を目敏く見つけたマリエルが
「私のために!?まあ、今度お会いしたらお礼を申し上げなければ……」
と、父と母がそれはレティーの物だと言っても耳を貸さなかったとか……
後日、その装飾品(術具)を身につけ王宮に出向いたマリエルの姿を多くの者が目撃していた。
それを見た第一王子は、顔を真っ青にさせていたとか。
「マリエル嬢が身につけている装飾品(術具)はレティオーヌ嬢のために自ら作っていたと思っていたが……実は違ったようだな。お前はレティオーヌ嬢一筋だと思っていたが……わしたちの思い違いか」
と陛下や王妃様に疑いの目を向けられ毎日弁解しているとかいないとか。
毎夜ユリウスの私室から
「俺が好きなのはレティオーヌだけだー!」
という叫び声が聞こえると見回りの兵から報告が上がるようになったが騎士団団長であり王弟殿下でもある俺の上司は
「若いっていいね~青春だね~王族だろうと人の子。本当に手に入れたいモノがあるなら大いに悩んで、足掻いて、なりふり構わずぶち当たれ!」
と部下たち(隊長クラス)と酒を飲みながら笑っているという。
いや、その考えは王族としてどうなんだ?と思うが……
「ユリウスはまだ正式に王太子になったわけじゃない。王太子に指名されるまで足掻けばいい。俺はそうやって足掻いて足掻いて足掻きまくって、最終的に周囲の者達を納得させて大切なものを手に入れたからな。兄たちには散々苦労させたけど」
俺と二人で飲み交わしていた時にぽつりと零された言葉。
そういえば王弟殿下の妃はもともと国王陛下の婚約者候補だったことを思い出した。
その時のあれやこれやは今では女性に大人気の小説として広く知られている。
どうしてこうなった??(゜_。)?(。_゜)?
暴走者を止められない作者は無能ですね……(苦笑)
ベルナール編はあと1話かな。
その次は……誰にしよう(^▽^;)
候補はシルヴィだけど……最後まで暴走抑えられるかしら……