4.クレチアン家のあれこれ
ここから視線が変わります。
「……レティーは……レティオーヌは大丈夫なのか?」
気を失っている妹を連れて屋敷に戻ると父が顔を真っ青にさせていた。
「ええ、暴走した魔力によって体のあちこちに傷はありますが、今のところ命に別条はありません」
俺の言葉に父はほっとしたような表情を浮かべ、俺の腕の中にいる妹の頬を優しく撫でる。
「父上、レティーはしばらく別館で静養させます」
「な!?本館でも……」
「ダメです。本館にはアレがいます」
「ぐっ……アレに別館に移ってもらうように言えば……」
「簡単に納得しますか?レティーのことを伏せた状態で言えますか?」
父上は悔しそうに口をつぐんだ。
「別館には侵入防止の結界を張り巡らせます。俺と治癒術師のアンリ、レティーの世話役以外の入館は禁止です」
「なにもそこまで……!」
「父上、俺はレティーを休ませてあげたい。父上たちには本館でやるべきことをお願いします」
「……わかった。だが、目を覚ましたら……」
いつもは威厳たっぷりの父が子供のことでしょんぼりしている姿は他人には見せられないなと思う。
「必ずお知らせします。それまでは絶対に入館しないでください。母上もですよ」
父の後ろで落ち着きなくレティーを見つめていた母に告げると俺は妹を連れて別館に移動しようとした。
「ベルナール!レティオーヌの目が覚めたら絶対に教えてね。……せめてその髪を私が整えてあげたいから」
本館を出る直前に聞こえた母の声には頷いて返事をした。
別館はすでに準備が整っていた。
数名の妹付の侍女と友人でもある治癒術師アンリが待ち構えていた。
侍女たちにレティーの着替えを頼んだ。
ボロボロの制服、手足や頭部にまかれた包帯だらけの姿に彼女たちは一瞬息をのんだが、深く頭を下げるとベッドに横たえたレティーを着替えさせるべくてきぱきと動き出した。
当然のごとく、俺とアンリは部屋の外に追い出された。
隣りの部屋にあらかじめ用意されていたお茶を入れるとレティーがいつも好んで飲んでいる紅茶だった。
俺自らお茶を入れるとアンリに驚かれたが我が家では当たり前のことである。
自分のことは自分で行う事を小さい頃に教え込まれるからな。
まあ若干一名やらない人もいるけど。
「なあ、不思議に思ったんだけど。クレチアン伯爵はなぜ、今までレティオーヌに冷たく接していたのに、今回はあんなに慌てていたんだ?仕事を放り出してまで屋敷に帰ってきているし……」
ちなみに父の職業は国王陛下の護衛騎士兼相談役。
副宰相の話もあったのだが『俺は体を常に動かしていないと死ぬ。机に噛り付く文官には向かないからヤダ』と突っぱねたという逸話持ちだ。
「父上はレティーをあれでも愛しているよ。多分家族のだれよりも」
「は?でも社交の場ではいつも無視してるじゃないか」
お茶が入ったカップを持ちながらアンリは首を傾げた。
「マリエルのせいだよ」
「あの、第二王子を虜にしているという?」
「ああ、あの子は生まれながらに精神干渉の術を操っては自分を優先させてきていた」
「チョットマテ、それは……」
驚きを隠せないアンリ。
持っていたカップを慌ててテーブルに戻した。
まあ普通は驚くよな。
赤ん坊の頃から術を使っていたと聞けば。
「最初は術を使っているとは誰も思わなかった。レティーはマリエルを慕っているように見えたから親族以外は両親の娘への愛情の分け方が極端じゃないかな?と思われる程度だった。祖父がレティーを王宮に連れて行くまでは」
「ん?あの子たちが王宮に初めて行ったのって3歳だったよな?宰相と先代様が旧友だとかで」
「ああ、じい様と宰相がレティーのことを話しているのを聞いた陛下が第二王子の遊び相手候補として招待してくださった。本来招待されたのはレティーのみ。だが、マリエルが癇癪を起して無理やりついて行ったんだ。その時にマリエルが精神干渉の術を使ったらしい。第二王子が未だにマリエルに執着しているのはその時の術が残っているからではないかと推測している」
「は?じゃあ、第二王子のあの行動はその術が関与しているのか?」
「詳しいことはわからない。純粋にマリエルに好意を寄せているのか、術によるものなのか……だが、陛下も王妃も宰相も第二王子が成人した際には王族の籍を抜き、どこかの家に婿入りさせる方向で話を進めているから問題ないだろうという事だ」
「……側室の……しかも陛下の子ではないからか」
「それを知っているのはごく僅かの者だけだけどな。父上たちは第二王子がマリエルの婿になりたいと言い出したことをチャンスと捉えた。第二王子とマリエルの婚姻は確実になる……というかあとは双方がサインをすれば成立するところまで話は詰めてある」
「はあ、うちの親もきっとそれに一枚かんでいるんだろうな」
「だろうね。現にお前の妹が第二王子の妃候補から真っ先に降りただろう?」
「妹はいまだに諦めていないみたいだけどな」
深いため息をつくアンリに労いの意味を込めて俺好みに作られているレティーお手製のお菓子を差し出す。
アンリは黙々と食べ始め、おかわりまで要求した。
よっぽど気に入ったらしい。
甘いものが苦手なのに。
マリエルが王宮で術を使ったあの時の騒動は幼いながらにも覚えている。
当時8歳だった俺もその場に第一王子の学友としていたからな。
王子に向かって術を放ったことでマリエルは生涯にわたり魔力(特に精神干渉に関する術)を制限する術具を身につけることとなった。
制限なので全く使えなくなるわけではない。
ごく一般的な術は普通に使えるよう調整されているらしい。
ただ、なにも付けずにそのまま放置していたらとんでもないことになるだろうという陛下と王妃の判断で制御装置を付けることになった。
本人はきれいな宝石で施された装飾品(術具)を気に入り、肌身離さずつけているので大人たちはほっとしている。
毎年新しいのが届けられるのでマリエルの宝石箱は術具だらけである。
マリエル自身はそれが術具だとは気付いていないし、簡単にはわからないようになっている。
「マリエルが術具を付け、宮廷魔術師によって術が解けた両親は今までの行動を顧みて真っ青になってたよ。だが、気づくのが遅かった」
「遅かった?」
用意しておいたお菓子を全て平らげたアンリは俺の目の前に置いてあるお菓子をじーっと見つめている。
俺は苦笑しながらアンリの前にそれを置いた。
「レティーはこの時、すでに両親からの愛情を疑い、信じようとしなかった」
「は!?だってまだ3歳だったんだろ?」
「別の場所に暮らしていて術の影響を受けていなかったじい様がいうには、今まで何をするにも姉優先で自分はほったらかしだったのにいきなり優しくなった両親の態度に疑問を持ったんだろうってことだった。昔から勘が鋭いというかなんというか、愛情以外の他人の感情には敏感だったよ、……まあ、その分じい様と俺が可愛がっていたからじい様と俺にはすっごくなついてくれたけどな」
なぜか一緒に暮らしていながらも術の影響を受けなかった俺は両親がマリエルだけを可愛がるならと、レティーは俺が存分に可愛がってもいいだろうと構い倒した。
その結果、立派なシスコン・ブラコンに成長したが後悔はしていない。
むしろ自慢したい!
俺のレティーはこんなに可愛いのにいろいろとすごいんだぞーと。
「両親は何とかレティーの関心を引こうとアレコレ手を尽くしたけど、そのたびにマリエルの邪魔が入った。それにレティーから『レティーにはおじいちゃまとおにいちゃまがいるからだいじょうぶ』って満面の笑顔で言われた両親はそれはそれはすっごく落ち込んでいたよ。で、周りからはマリエルを溺愛し、レティーを冷遇しているように見られ、内心では何とかしてレティーを可愛がりたいと悶々とする日々を送っているわけ。かれこれ10年以上になるね」
「うわ~伯爵夫妻カワイソウ………………それじゃ、先代様が亡くなった時、レティオーヌは相当悲しんだんだろうな」
「ああ、見ているのがつらくなるほどにな」
じい様が亡くなったのは、マリエルの事件の翌年。
表向きは病死。
実際は毒物による服毒死。
レティーにせがまれて部屋で絵本を読んでいる時に口にしたコーヒーに毒が含まれていたという。
突然倒れたじい様にレティーは泣き叫んだ。
いつものレティーらしくない泣き声に使用人たちが慌ててレティーの部屋に駆け込んだ時、じい様は口を押え床に倒れていたという。
指の間からは血が溢れていたとも聞いている。
すぐに治癒術師を呼んだが、間に合わなかった。
じい様が飲んだコーヒーとレティーのジュースとお菓子に毒が仕込まれていたことがその後の調査で分かったが、誰が仕込んだのかがわからず、じい様は病死と発表された。
葬儀の間中、レティーはずっとじい様の棺にしがみついて離れようとしなかった。
父や母、親族の者が引き離そうとするが動こうとしなかった。
困り果てた父に言われて俺がレティーのそばに行き、視線を合わせるために膝をつくと
「おにいちゃま!おじいちゃまはいつおきるの?」
瞳に涙を浮かべながら俺の服を引っ張った。
「レティー、じい様はもう起きないんだ」
「なんで?」
「ばあ様に会いに行っちゃったんだよ」
「おばあちゃま?じゃあ、レティーもおばあちゃまのところにいく」
「それはできないんだよ」
「なんで?」
俺はどう答えていいのか分からず黙ってしまった。
きっとレティーも幼いながらにも二度とじい様が起きることはないと気づいていたんだろう。
瞳から涙を流しながらレティーは俺にしがみついた。
「おじいちゃまはレティーとのおやくそく、ぜったいかなえてくれるっていったんだもん」
「約束?」
「レティーのためのおうまをよういしてくれるっていってた。みずうみにみずあそびにいこうっていってた。ゆきがふったらいっしょにゆきあそびしてくれるっていってた……まだひとつもかなえてくれてないもん!だからおじいちゃまはレティーをおいてどっかにいかないんだもん!」
俺の首に腕を回してワンワン泣き出したレティーの言葉はじい様がレティーを誰よりも可愛がっていたことを知っていた弔問客の涙を誘ったのかあちこちですすり泣く声が響いた。
「おじいちゃまはやくそくやぶんないもん。ぜったいにかなえてくれるんだもん」
いつしか泣きつかれたレティーは寝落ちる前にそう呟いた。
その言葉は俺にしか届いていなかった。
レティーが次に目を覚ました時、じい様のことを忘れていた。
じい様の存在、想い出すべてを……
医師によれば心因的なモノだろうという事だった。
無理に思い出させようとしないようにと注意された。
もし、無理やり思い出した場合何が起こるか分からないというのが医師の判断だった。
父と母はすぐにじい様に関する物を蔵に隠し、周囲の者たちにも頭を下げた。
レティーが成長するまでじい様のことは一切話さないようにと。
親戚を始め葬儀に参列した人たちは快く承諾してくれた。
葬儀の時のレティーの様子を思えばと、レティーのいる場でじい様のことが語られることはなかった。
じい様との約束事は俺が叶えることにした。
さすがに馬の手配はできないから父に頼んだが……。
その時の父の張り切りようはものすごかったと従者の者たちが口を揃えて言っていた。
「……で、結局毒の入手先とか判ったのか?」
「ああ、犯人も判っているけど多分、本人は忘れているから無理だろうな」
「は?」
俺はソファに深く腰掛けて大きく息を吐く。
「言っておくが犯人はレティーじゃないぞ」
「誰もレティオーヌが犯人だとは言ってないんだけど?」
「レティーの耳にでも入って記憶が戻ったら今度はレティーの魔力が暴走しかねないから犯人のことは誰にも言えない」
「おいおい、怖いことをいうなよ。レティオーヌはこの国一・二の魔力を保有し、すべての術をマスターしたと言われる魔術師だぞ?その力が暴走したら国が滅びかねん」
「暴走したら滅びるよ。確実に」
「オイ」
目じりを吊り上げるアンリだが、俺は嘘は言っていないし、アンリも気づいている。
「アンリ、早急に術具を……前回よりもワンランク上の術具を手配してくれ。オーリーブ公爵に伝えればすぐに手配してくれるはずだ」
真剣な表情を浮かべる俺にアンリも悟ったのだろう。
お茶を一気に飲み込み深いため息をついた。
「了解、すぐに父に伝える」
「助かる。一応今は予備を付けているが、今回のことを踏まえてもう少し強化できれば強化しておきたい。ここ数年レティーの魔力が増していたことに加えて、今回の事件だ」
「シルヴィ=バローの魔力を取り込んだからな。確実に魔力量は増えているだろう。……ベルナールとレティオーヌが編み出した他者の魔力を自分のモノに変換させ、自分の魔力を増幅させるという術式を証明したことになるな」
「いや、レティーがいつ目覚めるのかの予測が立たないから成功したとはまだ言えない」
「だ・か・ら・優秀な治癒術師として僕がここに派遣されたんだろうが。大丈夫だ、さっき見た感じでは呼吸も落ち着いているし、魔力も安定している。数日中には目が覚めるはずだ」
呆れたように言うアンリに俺は苦笑する。
その時部屋のドアがノックされた。
入室の許可を出すとレティーの侍女の一人エリーヌが困ったような表情を浮かべていた。
「どうした?レティーに何かあったのか?」
慌てる俺にエリーヌは首を横に振り、本館からレティーを見舞いたいという客が来ているという知らせが来たがどうすればいいかと指示を仰ぎに来たらしい。
「来客?」
「はい、第一王子ユリウス様が……」
来客の名前に俺とアンリは顔を見合わせるとため息しか出なかった。
「旦那様が本館の応接間にて対応されているそうですが」
「わかった、俺が行く。アンリはレティーのそばにいてくれ」
「了解。まったく王子も何しに来たんだか……」
と言いつつもなぜ第一王子がやってきたのか想像がつくアンリはニヤニヤしながらレティーの部屋に向かう。
「レティーに手を出すなよ」
「……保証はしかねぬ」
「ヲイ」
「……って冗談だ冗談!寝ている子に不埒なまねはしねえよ。僕だって命は惜しいんだからな」
逃げるように部屋を出ていったアンリにため息をつきつつも、俺も本館に向かった。
長くなったので途中でぶった切りました。
ベルナール視点になってから暴走始めたよコイツ……
なぜか私の書く兄キャラはシスコンになる傾向にある……
レオンティーヌ編との相違はのちのち(別視線にて)回収予定。