17.これからの道筋
ほぼ会話文のみ……汗
目が覚めた時、瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「お目覚めになりましたか?」
部屋に響いた声は優しい音色。
声の主を見ようと顔を動かすと、レオンティーヌ……いや、レティオーヌがベッドの傍らに置かれた椅子に座っていた。
「レオン?」
「はい」
「どうして、ここに?」
上体を起こす私にレティオーヌは柔らかい笑みを浮かべ、一杯の紅茶を差し出した。
「王太子殿下より要請がありました」
「王太子様から?」
「ええ、そろそろ知っても良い頃だろうと」
知る?
なにを?
聞きたくない、だけど聞かなければいない雰囲気がレティオーヌから漂ってきた。
「レオン……いえ、レティオーヌ」
「はい?」
「貴女は私が憎くないの?」
自然と私の口からこぼれ出た言葉に私自身が驚いた。
なぜ、今それを聞くのかと……
「え?」
「私は術を使い両親の愛情を貴女から奪った」
レオン……レティオーヌから視線を反らす。
直接レティオーヌの目を見て話すのは怖い。
それが自分が行ってきた行為のせいだとわかっていても……
部屋に置いてある置時計の針が動く音だけが響く。
どれくらいの時間が流れたのだろうか。
数秒か、数分か……レティオーヌの答えを聞くまでの時間が長く感じた。
「そうですね、幼い頃は寂しかったです」
「……」
「でも、おじい様とお兄様が愛してくださったから耐えられました。もし、おじい様とお兄様がいらっしゃらなかったらきっと生きていなかったでしょうね」
レティオーヌの声は私を責めることはなかった。
「それに、両親に冷遇されていると周りから思われていても、両親の愛情には気づいていましたから」
「え?」
「お父様もお母様も私のやることに何一つ苦言を呈することはありませんでした。お兄様のようになりたいというと魔術団や騎士団に出入りできるように手配してくださり、最高の師匠を付けてくださった。むしろ、積極的に私の好奇心を満たしてくださった。いくらクレチアン家の者が好奇心旺盛で、気になることはとことん究める一族だとしても平和なこの時代に女である私に本格的な武術を習わせてくれるとは思わなかったですもの。せいぜい護身術程度だと思っていたのに」
くすくすと笑うレティオーヌ。
「私は姉様を恨んでなどおりません。むしろ感謝しています」
「……かんしゃ?」
そっと視線をレティオーヌに向けると彼女は優しい笑みを浮かべていた。
「ええ、姉様のおかげで私は短い期間でしたが『自由』を得ることが出来ましたから」
「自由?」
「ええ、本来なら私が……アルセーヌ殿下の伴侶になる予定でした」
「え?」
「クレチアン家は長女以外の女児は国内外の重要な家に嫁ぐことが定められていましたからね」
「え?……」
なにそれ……知らない……
お父様は『貴族の風習に囚われる必要はない。政略結婚はさせない』っていつも言っていたわよ。
「姉様がクレチアン家を継ぎ、私が他家に嫁ぐ。これは私たちが生まれた時に定まっていたのです。ただ、私の相手はアルセーヌ殿下か王家縁の方か周辺国の上位貴族かは王立学院の卒業まで伏せられましたが、アルセーヌ殿下の伴侶にと決まっていたでしょうね。殿下はグラッセ家の血を受け継いでおりませんから」
「……それって……」
「殿下は側室様の不義の子です。そのことを知っているのはごく一部……陛下と王妃様と宰相様とお父様、ユリウス殿下とお兄様だけですけど」
きっぱりと告げるレティオーヌに私はただただ驚くだけだった。
「姉様、グラッセ王家とクレチアン家は元々が一つの家系だって知ってますよね?」
小さく頷くとレティオーヌは表情を引き締めて声を潜めた。
「公には知らされておりませんが、2代目国王陛下はユーグ初代国王陛下のお子ではありませんでした」
「え?」
「側室の浮気相手の子です。不義の子が国王になれたのは、ユーグ様の正妃様とお子様達が側室の手の者によって亡き者にされていた事、側室の子が表向きはユーグ様の子だと発表されていたからです。初代国王ユーグ様と初代クレチアン伯は苦肉の策としてユーグ様の双子の妹であるユーリ様がお産みになった娘を2代国王陛下の唯一人の妃とされました。ユーグ様の血は引いてはおりませんが、ユーリ様の娘・ユリア様を娶ることでグラッセ家の血を繋いだのです。それ以来、裏切りによって生まれた王位継承権の高い方は事実を知らせたのち、クレチアン家の者との婚姻か臣下へ降る選択を行ってきました」
「不義の子かの判別はどうやるの?」
「5歳の時に行われる魔力属性判断で判別されます。グラッセ王家とクレチアン家の人間の魔力にはある特殊な波動があり、その波動の有無で判断されます。波動を確認できない方は『王位継承の資格なし』と判断され王位継承権は与えられません」
「え?でもアルセーヌ殿下は……」
「アルセーヌ殿下の場合は幼い頃より姉様と私が遊び相手=婚約者候補の一人だったから仮初の継承権を与えられていました。クレチアン家……ひいてはグラッセ家の血を受け継いでいる私達を伴侶と見なしていましたね、側室様のご実家は。もしアルセーヌ殿下がクレチアン家の血筋以外の方を娶る場合は王籍から離れ臣下に降ることになりますから。側室様のご実家はそれはそれは熱心にお父様にアルセーヌ殿下との縁談を進めてきていました」
私の知らない王家とクレチアン家の秘密をなぜレティオーヌは知っているのだろうか。
妃教育の中でもそのような話は聞いたことがない。
「姉様、クレチアン家は代々女が跡継ぎだって知っていました?」
「え?」
「確実にグラッセ家の血を受け継ぐために子をなすことが出来る女を跡継ぎにしているのです」
「でも、お父様は……」
「お父様の代は特例でした。跡継ぎであった叔母様が愛する人のために貴族の位を捨てるとは誰も思わなかったでかなり揉めたそうです」
小さなため息をつくレティオーヌ。
「叔母様と叔父様が事故に巻き込まれ、手の施しようがないという連絡を受けた時、クレチアン一族は叔母様の一人娘・レオンティーナをクレチアン伯家に引き取る手続きを叔母様と叔父様の許可を得てすぐに進めました。叔母様と叔父様は手続きがすべて終わったという報告を受けた直後に『娘を頼みます』と仰って息を引き取りました。一族だけの簡素な葬儀を終えた後、レオンティーナはクレチアン伯家の別館に移り住みました。一通りのマナーを身につけさせた私たちはレオンティーナを正式なクレチアン家の一員とするために国王陛下へ報告に上がりました。まさかそんな日に賊に襲われるとは誰もが予想をしていませんでしたが…………」
レティオーヌはそれ以上は語ることはなかった。
ただ、サファイヤとエメラルドの瞳から涙をこぼしていた。
「いえ、今更後悔してもあの子は戻ってきません。話を戻します」
姿勢をただしたレティオーヌは小さく笑みを浮かべた。
「あの謁見の日、命を狙われていたのは陛下でも殿下達でもなく、私でした」
「!?」
え?
気づいていたの!?
まさか、私が仕向けた事だとはばれてはいないわよね……
「まさか、陛下の御前で暗殺者を向けられるとは思いもしませんでしたけどね」
クスリと笑いテーブルからティーカップを持ち上げたレティオーヌ。
「ねえ、姉様。私を害してまで得た『王太子妃』の地位は如何?」
「え!?」
「姉様が私の暗殺を企てなければ、姉様の望み通りになったかもしれないのに」
「……どういう……こと?」
驚く私にレティオーヌはにっこりと笑みを浮かべるがその笑顔が怖い。
「ユリウス様は家族に手を掛ける者、冷遇する者をことのほか嫌っているの」
「え?」
「ユリウス様にはアルセーヌ殿下と同じ年の同母妹がいらっしゃいました」
「し、知らない」
ユリウス様に妹君がいたなんて知らない。
王室系図にも書かれていなかったはず。
「……王女殿下は死産だったため王室系図にも載せられておりません。一応国民には公表はしておりましたが、数日後にアルセーヌ殿下が誕生したために人々の記憶から消えてしまったのでしょう」
「…………そう……」
「王女様は生まれてすぐ、侍女として出入りを許可されていた側室様の異母妹君によって殺害されました。アルセーヌ殿下を玉座に付けたいと虎視眈々と狙っていた側室様の父君の命によりあの方は王族に手を掛けたのです。そのことはすぐに明るみに出て、あの方は数日後、王族殺しの罪で処刑されました。ただ、側室様のご実家は王女様が殺害されたその前日に、あの方を一族から追放しておりましたので側室様の実家は直接的には罪には問われませんでした。すべてあの方が背負われこの世を去りました。そのことを成長されてから知ったユリウス様は大変悲しまれ、家族を害する方、冷遇する方をことのほか冷めた目で見るようになったそうです。ねえ、姉様」
言葉を切ったレティオーヌから表情が消えていた。
「ここまで語ってもまだ気づきませんの?」
「え?」
「姉様は本当にお気楽……いえ、お花畑に住まわれているのですね。それとも私の話は分かり辛かったですか?」
すっと立ち上がったレティオーヌは窓に近づくとカーテンに手を掛けた。
「姉様がずっと願っていた『ユリウス殿下の妃』という地位は、私から両親の愛情を奪っていた時点で、どんなに願っても姉様は得られなかったのですよ?」
夢で男の子が言っていたのはこういう事?
レティオーヌを『敵』と認識していたから私は得られるはずの未来を掴めなかったというの?
「姉様は自分のことにしか興味がないんですよね」
「え?」
「姉様は自分のことが一番なん大切なんですよ。周りの人達をまるでおもちゃに飽きた子供の様に簡単に捨てることが出来る人なんですよ」
突然のレティオーヌの言葉に私は反論しようとしてできなかった。
「だって、そうでしょ?姉様はアルセーヌ殿下のお子を産んでから一度でもお子様を抱きしめたことある?」
「え?」
「母親恋しさに泣いている子を乳母が必死にあやしている姿を見たことある?」
「そ、それは……」
貴族の育児ってほとんど乳母がやるもんじゃないの?
誰もなにも言わないから乳母にまかせっきりにしているけど……
そういえば、王子の教育係から時々『お子様とのお時間を作ってください』と懇願されていたような……
「姉様は『王太子妃』ひいていは『王妃』という地位にしか興味がないのよ」
「ち、違うわ!」
「何が違うの?『王太子妃』になりたいから同じ年のアルセーヌ殿下と親しくなり当時次期国王と言われていたユリウス様に近づこうとしていた。『王太子妃』内定の話を受けた時も相手を確認することなくすぐに承諾したそうですわね。姉様は『ユリウス様の妃』ではなく『王太子妃』という地位が欲しかっただけ」
「ちがう!違う!私は……」
「ですが、もう過去には戻れません」
「!!」
「泣いても怒っても姉様はアルセーヌ王太子殿下の唯一の妃です。自害や離縁など認められません」
キッパリと告げるレティオーヌ。
「王太子妃として次期王妃としての自覚をお持ちください」
「次期王妃としての自覚」
「もう、夢見る少女でいる時間は終わりました。貴女にはこの国の未来を発展させる義務があります。王太子殿下と共に」
レティオーヌがカーテンを開けると明るい陽射しが部屋に差し込んだ。
「私は、姉様から与えられた『自由』を元に、アルセーヌ王太子殿下、マリエル妃殿下の為にこの命を捧げましょう」
陽射しからレティオーヌに視線を向けると臣下の礼を取る彼女がいた。
「そなたの忠誠、確かに受け取った」
いつの間に来ていたのか、アルセーヌ様が私のそばに立っていた。
「だが、命を粗末にすることだけは許さないよ、レティー」
優しい声に顔を上げたレティオーヌは小さな笑みを浮かべていた。
「わが命はグラッセ王国の為にあります。私一人の命で片が付く案件がありましたら躊躇なく差し出す覚悟はあります」
「俺は愛する……友を犠牲にしてまで国の発展は望まない。俺が望むのは誰もが望む今ある平穏のみ」
「ではその平穏が続くようより一層の努力を……」
「わかった、君が安心して異国を回れるよう国内のことは俺に……俺達にまかせてくれ」
アルセーヌ様はレティオーヌを立たせると一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた。
「君は本当に自由……だね」
「それを与えてくれたのが姉様とアルセーヌ様です」
「そうだね、君の幸せを願っているよ」
「ありがとうございます。殿下にも更なる幸が舞い込みますよう……」
笑みを浮かべているアルセーヌ様とレティオーヌの会話は私の胸を締め付けた。
もしかしたら、私のせいでこの二人を引き裂いたのではないだろうか。
ふとそんな考えが浮かんだ。
だがすぐにその考えを追い出す。
先程レティオーヌも言ったように『過去には戻れない』のだから……
「……では、御前失礼いたします。殿下、早めにですからね」
「わ、わかった……善処する」
「次にお会いできる時は、二人目に会いたいですわね」
レティオーヌの言葉にアルセーヌ様はどこか苦しげな表情を浮かべていた。
私が一人考えに耽っていた間に一体何の話をしていたのだろうか。
「では、また逢う日までお元気で。姉様、義兄様」
今まで見たことがない笑顔を浮かべてレティオーヌは部屋から出ていった。
***
数か月後、レティオーヌは両親の反対を押し切って隣国に『留学』したそうだ。
王立学院を自主退学したことを気にしてという事らしいが、真実は彼女しか知らない。
その翌月、ゲオルグ=ルヴェリエとシルヴィ=バローが彼女を追って隣国に『留学』した。
さらに翌月ユリウス様が彼女を追いかけていったという報告が上がってきた。
お父様は穏やかな笑みを浮かべながらユリウス様を連れ戻すよう兄に命令していたが兄はユリウス様の代わりにグラディオ公爵の領地を治めているため動けなかった。
ゲオルグとシルヴィーから定期的に送られてくる報告書にアルセーヌ様は苦笑を浮かべる。
「兄上の望みは……もう叶わないんだけどな」
報告書を読むたびに呟かれる言葉。
その意味を知るのはもう少し先のこと。
アルセーヌ様はあの後、全てを告白してくれた。
3歳の時、初めて王宮で出会ってからずっとレティオーヌに想いを寄せていた事。
ユリウス様がレティオーヌを大切にしていることを知ってからレティオーヌを害する者を陰なら排除していた事。
ユリウス様に私を近づけさせない為に私に気があるふりをしていた事。
王立学院時代はシルヴィーの淑女教育を利用してレティオーヌとの距離を縮めようとしていた事。
『擬態』の術なんてものは存在せず、ちゃんと私の姿が見えている事。
私と結婚してからは私を愛するように努力していた事。
などなど全てを話してくれた。
アルセーヌ様は幼い頃から自分がグラッセ王家の血を引いていないことを知っていたという。
実母と祖父が玉座を狙っていることも感づいていた。
謁見の間襲撃事件が起きる前までは学院を卒業後は実母と祖父の反対を押し切ってでも王籍から離れ、一騎士として騎士団に入団する予定だったという。
だが、謁見の間襲撃事件がアルセーヌ様を王太子にすることとなってしまったという。
父が言っていた通り、ユリウス様は『呪い』を掛けられ子が出来にくい体になったという。
そのことが判明した時、国王陛下とお父様達は額を突き詰めて三日三晩話し合ったという。
幸いなことにユリウス様が『呪い』を受けたことをアルセーヌ様派には知られていなかった。
ならば、グラッセ家の血は引いていないが伴侶をグラッセ家の血を受け継ぐクレチアン家の娘を宛がえばいい。そうすれば確実にグラッセ家の血は繋がるとユリウス様が力説したそうだ。
ただ、問題はどちらを嫁がせるかということだった。
長女はクレチアン家の色は瞳の色だけ。
次女は全ての色を持っている。
王と宰相は次女を推し、第一王子は長女を推す。
話し合いは平行線だった。
そして最終的に『クレチアン家の長女』の意思をもって決めることになったという。
長女がクレチアン家の跡取りとしてではなく『王太子妃』の地位を望んだ時、クレチアン家の後継者変更の手続きを即時に行う事も決められたという。
『マリエルに王太子の名を伏せ、王太子妃の話をしてマリエルが難色を示したら場合はレティオーヌを王太子妃に、何の質問もなく承諾した場合はマリエルと王太子妃にする』
というものだったという。
国王陛下も父も私がユリウス様を追いかけていたことを知っていたからだという。
あの時は誰もがユリウス様が王太子になるだろうという噂が社交界に流れていた事も考慮しての賭けだったという。
もし、私が王太子妃の話を聞いた時に王太子の名を聞いていればレティオーヌが王太子妃になっていたという。
父は最後までこの方法に難色を示していたがほかに名案がなかったため渋々従ったという。
グラッセ王家の血を途絶えさせないためだと何度も何度も自分に言い聞かせていたらしい。
私に決まっ時、誰もが『今から王妃教育をして間に合うのか』と不安がったという。
レティオーヌはすでに王妃教育を修めていたが私は何も教育を受けていなかったから……
「ねえ、マリエル」
「はい?」
「難しいかもしれないけど、少しずつでもいいから歩み寄ろう」
「え?」
「正直君を一人の女性として愛することが出来るか分からない。でも、家族になったんだ。少しずつでもいい。互いのことを知っていこう」
真剣な眼差しのアルセーヌ様に私は自然と頷いていた。
私は『ゲームのアルセーヌ』のことしか知らない。
この世界で生きているアルセーヌのことは何一つとして知らない。
今更遅いかもしれないけど、アルセーヌのことを知りたいという思いがあった。
ううん、アルセーヌだけじゃない他の人達やこの世界のことを知っていきたいと思った。
まずは、我が子に私のことを母親として認識してもらえるように時間を作ろうと思う。
そうアルセーヌ様に告げたから
「じゃあ、俺は父親として認識してもらわないとな」
と笑いながら私と共に子供がいる部屋にむかい、きょとんとしている息子を時間が許す限り可愛がった。
最初は乳母に泣きついた息子も次第に私たちを親と認識し始め、アルセーヌ様と共に喜んだり泣いたり笑ったりと毎日過ごしていく。
公務の方も王妃様にお願いして少しずつ範囲を広げていった。
周りの評価はさほど良くない。
だけど、逃げることなく前に進もうと思う。
神様に望んだ未来は手にすることはできなかった。
それでも、私は……
きっと『しあわせ』なんだろう。
マリエル編はここで(強制)終了
残りはエピローグという名のレティオーヌ視点予定
次回はあまり間隔を開けずに投稿できるよう頑張ります。




