1.サクラの樹事件
「姉様」
私の双子の姉は外見は派手である。
母親譲りの真っ赤な髪に、父親譲りのアイスブルーの瞳。
猫のような釣り目なのでパッと見で、気が強そうだとか、我儘そうだとかマイナスイメージしか持たれない。
本当は可愛いもの大好き。
自室は可愛らしいぬいぐるみで埋め尽くされている。
園芸大好き。
父に懇願して自分専用の庭を貰い、庭師と共に育ている。
その庭は誰もが一度は訪れたいと申し込みが殺到するほどの出来栄えである。
料理・掃除・裁縫は使用人からお墨付きをもらえるほど。
姉様が作るお菓子は母様曰く王家御用達のお店のよりも美味しいらしい。
貴族の娘が料理などするのは……と貶されがちだが、我が伯爵家ははるか昔、この国が興った頃から『貴族だからと胡坐をかくな。常に人として最低限のことは覚えろ。身につけられることは何でも身につけろ』を家訓としている。
そのおかげなのか、我が伯爵家は王家と並ぶ数百年と続く名家と称されている。
身につけられること。
それは淑女マナーや社交術だけにはとどまっていないのがわが伯爵家。
護身術という名の武術を幼い頃から嗜んでいる。
体術・剣術・棒術……学べるものは何でも学んだ。
裏世界からスカウトが来るほどだと言えば程度がわかるだろう。
「どうしたのレオン」
こてっと首を傾げる姉様。
「姉様、今日は中庭でお昼を食べませんか?」
「中庭で?」
「はい、園芸部の方に聞いたのですが今中庭に植えられているサクラという樹が花をつけているそうです」
「まあ、サクラですって!?それはぜひ見たいわね」
「姉様ならそういうと思いました。では、お昼休みに迎えに来ますね」
「あら、中庭で待ち合わせでも……」
「姉様、姉様は方向音痴だって自覚ありますか?」
じーっと見つめると姉様は頬を染めてそっぽを向いた。
うん、自覚あるんだね。
姉様はあちこち出かける度に迷子になっていた。
まっすぐ道なりに歩いているはずなのに……である。
あまりの頻度に母様が護衛ができる侍女を見つけてきて姉様付にしてからは迷子騒動は鳴りを潜めている。
学院内では侍女や従者をつけて歩けるのは王家と公爵家……王家に連なる者だけである。
その為、姉様付の侍女は今この場にいない。
移動教室の時は友人と行動するよう周りにお願いしているので今のところ迷子騒動は起きていない。
お昼休み、姉様と友人たちを伴って中庭に向かう。
その途中で、第二王子と側近の彼らと出会う。
姉様はすっと廊下の脇に避け、頭を下げた。
王子たちは姉様の前に立ち止まると
「マリエル、今日はどこで?」
「中庭でございます」
「中庭?」
「はい、サクラの樹が花をつけたと聞きましたのでそれを眺めながらお昼を頂こうかと……」
姉様と王子と側近はいわゆる幼馴染である。
え?私?
私も一応そうなんだけどね。
「ゲオ、私たちも中庭に変更しよう」
「殿下!?」
「たまにはいいだろ?それに私もサクラの花を見てみたいのだよ」
にっこりと微笑む王子に側近たちはため息をつきながらも了承した。
「さすがですわね」
笑みを浮かべながらサクラを見上げている姉様。
それを優しい表情で見つめている王子。
私と友人たちと側近たちは食事の準備。
その時、ふとサクラの樹を見た私はおかしな動きをしている枝を見つけた。
「姉様!殿下!サクラから離れてください。樹の上に何者かがいます」
大声で叫ぶと殿下は姉様をその腕に抱きしめてその場を離れようとしたがせり出していた根っこに足を取られて転んでしまう。
慌てて二人の元に駆け寄ると殿下と姉様は見つめあったまま動こうとしない。
「ね、姉様?」
声を掛けると姉様はネジバネの玩具のように立ち上がった。
「姉様、顔が赤いですけど……?」
立ち上がった姉様の顔はリンゴのように真っ赤だ。
両手で口を塞いでいる姿は可愛らしい。
殿下の方をちらりと見ると片手で口を覆って真っ赤になっている。
側近たちが殿下に声を掛けているが殿下は姉様をじっと見つめていた。
「姉様?大丈夫?」
姉様の顔を覗き込むと顔を真っ赤にさせながらもコクコクと首を縦に振る。
「うーん、風邪でも引いたのかな?」
姉様の額に手を当てると微かに体温が上がっている。
「姉様、保健室に行く?」
「い、いえ。大丈夫よ。殿下、申し訳ありません」
王子に向かって深々と頭を下げる姉様に王子は大げさに手を横に振る。
「いや、私の方こそちゃんと支えられなくてすまない」
「いえ……私の方こそ……」
自分の方が悪いと謝り合う姉様と王子。
それを温かく見守るのは私と友人たち。
側近たちは戸惑いを隠せていない。
パンパン
私が手を叩くと姉様と王子の視線が私に向く。
「姉様も殿下も互いに譲らずにいたらいつまでたっても先に進みませんよ。ここはこの樹の上にいる人物がすべて悪いってことで折り合いをつけましょう」
私が樹の上を睨みつけると、一人の少女が飛び降りてきた。
「なぜ、国宝の一つでもあるこの『サクラ』に無断で登っていたのですか?」
私は姉様と殿下を背に隠し、少女に向き合う。
「ああ、その前に……私はレオンティーヌ=クレチアン。クレチアン伯爵家の者です」
この学院は国から許可が下りた者しか入学できないので生徒であれば初対面の場合、互いに名乗り合うのが決まりとなっている。
制服のスカートをちょんとつまんで淑女の礼を取る私に、相手は驚きの表情を浮かべている。
「貴女のお名前を伺っても?」
促しても彼女は一言も発しない。
せわしなく視線を私と姉様、そして殿下に向けている。
いくら待っても返事がないので小さくため息をつく。
「姉様、殿下。私は彼女を職員棟に連れていきますので、お昼は皆さんで召し上がってください」
「レオン?」
「彼女はルール違反を犯しました。私はそれを先生方に報告しに行ってきます」
「それなら私たちも一緒に……」
「いえ、殿下たちはお昼を召し上がっていてください。この件は風紀委員である私に一任していただけませんか?」
「でもレオン……」
「姉様、サクラは花が咲いている期間は短いと聞きます。今日を逃したら来年まで見れなくなるかもしれませんよ?姉様の夢だったでしょ?サクラを見上げながら友人たちと楽しく食事をするの」
私の言葉に姉様は小さく頷いた。
姉様は容姿のせいでなかなか親しい友人を作ることが出来ずにいる。
今回、お昼に誘った友人たちは私経由で知り合い、親しくしている友人だ。
彼女たちも最初は姉様の外見で遠巻きにしていたけど、一緒に過ごすようになった姉様の内面を知って付き合ってくれている。
いや、姉様を崇めている感が無きにしも非ず?
「レオ、一人では大変だろう。俺も一緒に行く」
王子の側近の筆頭・ゲオルグが声を上げた。
「そうだな、そうしてくれ。ゲオ」
王子の一声で私はゲオルグと一緒に名を名乗らない少女と共に職員棟に向かった。
逃走を防ぐために風紀委員特権の束縛の術を掛けて。
少女を先生方に引き渡した私たちは中庭に戻った。
先生には簡単な説明だけで済んだ。
一応罪状は国宝『サクラ』へ無断で登ったこと。
私への返礼返しがなかったことはあえて報告しなかった。
説明が短く済んだ理由は、毎年あのサクラに登ろうとする者がいるため、こっそり監視カメラが配置されていたからだ。
監視カメラの映像は学院関係者なら誰でも見れるというので先ほどの出来事を見せてもらうことにした。
名乗らぬ少女の件は飛ばして(先生に任せて)、姉様と殿下に起きた出来事だ。
その映像を見て私とゲオルグは顔を見合わせると頷き合う。
「このことは黙っていよう」
「そうね。きっと姉様と殿下は知られたくないでしょうから」
事故チューが起きていたのだ。
それなら姉様や殿下が顔を赤くしていたのも頷ける。
姉様も殿下も意外と初心ですからね。
二人とも『初キスは好きな人と~』という思考の持ち主ですから。
え?私?
私はとっくに初キスは済ませていますよ。
まあ、あれも事故チューと言えば事故チューだったけどね。
お相手?
お相手は隣にいるゲオルグですが?なにか?
まあ、ぶっちゃければ王宮(騎士団の訓練場)で行われていた剣の稽古の時にすっころんだ拍子にってやつです。
ね?立派な事故チューでしょ?
まあ、しばらくゲオルグとはギクシャクしていたけど数週間もすれば元通りでした。
今では笑い話になっていますよ。
なんせ、私もゲオルグも5歳か6歳くらいでしたから。
「なあ、マリエルは気づいているのか?」
「気づいているって、なにをですか?」
「殿下の事」
「ああ、気づいてないですよ。貴族の娘は親の決めた相手に嫁ぐものって思い込んでいるので、殿下の分かり難い愛情表現は姉様には通じていません。姉様を振り向かせたかったら直球で訴えないと無理です」
「だよな……はぁ、道のりは遠いな」
盛大なため息をつくゲオルグに私は苦笑するしかない。
「姉様を得るにはまず父様を攻略した方が近道ですよ」
「クレチアン伯爵か……殿下は何度か申し込んでいるらしいんだけどな……」
うん、それは知っている。
殿下が何度も何度も父様に打診していることは父様の従者(ちなみに私の剣の先生でもある)から聞いている。
そのたびに難題を押し付けられていることも……
父様は姉様を溺愛しているからね。
父様以上の男じゃなきゃ娘はやらんって豪語している人だから。
私はどちらかと言えば放置され気味だけどその分、年の離れた兄様に可愛がられているから寂しくはないよ。
「うーん、父様は姉様を手元から離したくないっていつも仰っているから姉様の婿候補は入り婿が第一条件です。殿下には無理ではないでしょうか」
「いや、それが……殿下は陛下に直訴しているらしくてな」
「え?」
「クレチアン家に婿入りしたい!マリエルと結婚したいって打ち明けたらしい」
「では、一歩近づいたかもしれません」
「は?」
「いくら父様でも陛下から打診が来たら無下にできないですから。まあ、最終的には本人任せになるだろうけど……殿下が婿入り希望なら話は進めやすいと思いますよ」
「そうか?」
安堵のため息が出るゲオルグだが、私の次の言葉で固まった。
「でも姉様が殿下のことを好きになって婚姻を結びたいと思うことが大前提ですけどね」
中庭に戻った私とゲオルグは仲睦まじい姉様と殿下の姿に唖然となった。
ほんのわずかな間にいったい何があったんだ?
友人であり、姉様の信者でもあるクリステル=アヴィ伯爵令嬢に話を聞くと
「なにやら『サクラ』の話をきっかけに盛り上がったみたいですわ。マリエル様のあのような表情初めてお目にかかりますが……なんと美しいのでしょう。まるで恋する乙女のようですわ」
「殿下のマリエル様を見つめる瞳もとろけそうですわ~」
アガサ=ルーディル子爵令嬢も頬を染めながら姉様と王子から少し離れた場所で二人を観察している。
「このままいけば、上手くまとまるんじゃないか?ゲオ」
ゲオルグには側近の一人であるマルク=アダン侯爵子息が笑いながら話しかけている。
「そう簡単にはいかないと思いますよ。姉様の婚約者が決まるのは来年の卒業時。それまでに殿下が姉様の心をがっちり抱え込んでいない限りは父様は許可しないかと……」
「げー、まだまだ殿下の暴走があるのかよ……」
「暴走?」
「ああ、マリエル様に振り向いてほしいがために、高価なものを送りつけようとしたり、相手の予定を無視してデートに誘おうとしたり……ああ、あと時々マリエル様の姿を見たいがために城を脱走することもあるよな」
「そのたびに俺達が必死に止めたけどな」
なんか、王子に対する印象ががらりと変わったような気がしないでもない。
「ああ!!あともっと大きな問題がありました」
「は?」
「げ、今以上に問題あるのかよ!?」
「これは私たちが立ち入るべき問題ではないと思うのですが……オーリーブ公爵令嬢とラシーヌ侯爵令嬢です」
「ああ、あのうるs……やかm……にぎやかな方達ですね」
「ええ、あのお二人が殿下のことを諦めない限りは……殿下の願望は叶わないかと」
私とゲオルグとマルク様は顔を見合わせると誰からともなくため息がこぼれた。
王道パターン?を入れてみました(笑)
ちなみにこの作品の恋愛濃度は1%未満です。
恋愛メインじゃないので……(^▽^;)




