16.夢と現実の違い
「王太子妃は王妃には向いていない」
アルセーヌ殿下の『立太子の儀』が執り行われ、殿下は正式に王太子となり、『立太子の儀』の3カ月後に殿下と私の婚姻式が盛大に執り行われ私は『王太子妃』となった。
翌年には王子も生まれ、私の地位は揺るぎない物になった。
ユリウス様の妃にはなれなかったけど、女として最高の地位を得た。
ある程度公務(ただし社交のみ)にも慣れたある日、王宮内を歩いていたら聞こえて来た会話。
思わず立ち止まってしまった。
話し声が聞こえて来たのは開け放たれている窓の外から。
私がいる2階から視線を下に向けると文官の制服を身に纏った数名の者達が休憩をしているのだろうか立ち話をしていた。
「王太子妃の公務が社交のみってあり得るか?」
「普通はあり得ないだろうけど、ほかの分野は適任者が任命されているから大丈夫だろ。そういう意味では適材適所な人員配置をしたと評価すべきでは?」
「それはそうだが……その社交だって自分のお気に入りの者としか会話してないじゃないか!苦手な相手でも会話位するだろうが!情報収集するだろうが!」
「どうどう落ち着け。お前の言いたいことはわかる。わかるが押さえろ。叫ぶなら城下町の酒場で叫べ」
「城下町の酒場でこんな愚痴など零せるか!どうして彼女が王太子妃なんだよ!もっと殿下に釣り合う令嬢はいただろう!?」
「……陰の王家……クレチアンの血を王家に取り込むための道具だ。王子を産めば彼女の役目は終わり」
「おまえ、いくら本当のことでもここで堂々と話すなよ」
「この城に勤めている者は全員知っている事だろうが」
「まあな、本来ならレティオーヌ様のほうが王家的には欲しかったらしいけどクレチアン伯爵が猛反対したらしいからな」
「そうそう!ユリウス様がクレチアン伯爵邸に出向いて何度も申し込んでいたらしい。自分の妃にって」
「まじか!王子自らと赴かれるとは……さすが影の王家と言われているクレチアン伯爵家だな」
「しかし、冷遇していた娘を王家に嫁がせず、溺愛していた方を嫁に出すって……普通溺愛している方を手元に置きたがるんじゃないのか?」
「そこは、我々が知らない事情があるんだろうよ」
しばらく彼らの会話は続いたが、休憩時間が終わったのか気が付いたら庭先には誰もいなくなっていた。
どのくらい茫然としていたのだろうか。
私付の侍女に声を掛けられるまで私はじっと外を眺めていた。
「マリエル、どうしたの?」
いつものように中庭にお茶の用意をしてくれたアルセーヌ殿下が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「あ、いえ。なんでもありませんわ」
「そう?連日の公務(夜会)で疲れちゃった?」
「いえ、あの殿下……」
「ん?」
「本当に私でいいのでしょうか」
「…………」
「私が王太子妃でいいのでしょうか」
殿下の顔を見ずにギュッと握り締めた両手に視線を落とす。
「……今更それを言うの?」
「え?」
いつもの殿下の声よりも低い声が響いた。
「周辺国に子のお披露目も済んで、王太子妃としての公務をしているのに今更そんなことを言うの?」
「それは……」
「君が願ったから君は『王太子妃』になれたんじゃないか」
「え?」
呆れたような声に思わず顔を上げると、いつもにこやかな笑みを浮かべているアルセーヌ殿下はいなかった。
まるで大切な人の仇を取るような、憎悪の光が瞳に浮かんでいた。
どうして!?
今までずっと優しい笑顔を浮かべていたじゃない。
なんで睨むように私を見ているの!?
「で、殿下?」
「君が願ったから君は今の地位を手に入れた。ただその隣にいる人物が違うだけ……そうだろ?」
「殿下、いったい……」
「君はいつも俺じゃなくて次期国王と呼ばれていた兄上ばかり追いかけていた。俺を踏み台にしてね」
「…………」
『俺』!?今、殿下が自分のことを『俺』っていった!?
今までずっと『私』って言ってなかった!?
それよりも、なんで知っているの!?
殿下を踏み台にユリウス様を狙っていたって!?
殿下は気づいていないと思っていたのに!
「初めて会った時、君のことを可愛いと思ったけど、それは一瞬だけ」
冷め始めた紅茶を口を含み、クスリと笑う殿下。
今まで見たことのない、見下すような表情を浮かべる殿下。
「君の放った禁術を受けた後から俺には君はドロドロでグチャグチャの醜い姿にしか見えないんだよね。君は自分は可愛いから、愛される存在なんだから周りの者が自分を愛するのが当たり前って思っていた……いや、今でも思っているでしょ?そういう思考が君のそばにいるといっつも付きまとってね。正直鬱陶しかった」
「…………」
「君を兄上に近づけるのは危険だと思った。だから俺は君の術にかかったふりをして君と兄上との接触を回避していた。あとね、俺には自由に他人の姿を本来の姿と違う姿に見る事が出来る『擬態』の力があってね。醜い姿の君をレティーと同じ姿……ああ、でも髪の色と瞳の色は本来の色で見ていたんだ。もっともこの力は君にしか使っていないけどね。陛下も王妃様も俺の母もみーんな、俺が君に惚れていると騙されてくれた。騙されなかったのは兄上とギルバート魔術師団長と宰相とベルナール」
殿下が何を言っているのかわからない。
だって、殿下は幼い頃からずっと『レオンティーヌ』ではなく私のそばにいた。
常に私のことを優先してくれていた。
それがすべて演技だったというの?
混乱する私に殿下は目を閉じると大きくため息をついた。
思わずビクッとなった私に殿下はいつのも笑顔を浮かべた。
「兄上は初めてレティオーヌを見たあの時からレティオーヌ一筋。でも、俺達が学院を卒業するまでは一切接触しないと陛下とクレチアン伯に話されていた。理由を聞いても教えてくれなかったけどね」
椅子に深く腰掛け、背もたれに凭れ掛かる殿下。
「俺達の学院卒業を前に兄上は決断を下した。レティーと共に生きるために王位は捨てると」
「え?」
「レティオーヌは生きているよ」
「ウソ!だって……」
だって葬儀を行ったじゃないという言葉は殿下の鋭い眼光を前に最後まで出てこなかった。
「陛下の命を護った君のイトコの『レオンティーナ』の葬儀は執り行ったけど、君の双子の妹の『レティオーヌ』の葬儀は行っていないよ?」
え?イトコ?
『レオンティーナ』?
『レオンティーヌ』ではなく『レオンティーナ』?
「君のイトコの『レオンティーナ』は当時8歳。名前はレティーが彼女が生まれた時に名付けたらしい。両親を事故で失い、孤児院に入る予定だったが、平民としては魔力が強すぎるからと伯父であるクレチアン伯が引き取ったと、父上たちに報告に来ていたんだ。『レオンティーナ』の母親がクレチアン伯の実妹で『貴族の生活は窮屈だから平民になる』といって成人の儀の後、貴族の位を捨てた方だ。俺も時々お会いしたことがあったけど、面白い方だったよ。……話がずれたな。表向きは全く別の要件『危険な魔力暴走を見事に収めた優秀な生徒を国王自ら称えるという趣旨の非公式の謁見』としていたから、クレチアン伯が養子を迎えたことを知っているのはあの場にいたごく僅かの者だけ。不幸だったのは、その報告を受けている時に謎の暗殺者を目の前に『レオンティーナ』がパニックを起こして力を暴走させて死なせてしまったこと。レティーは可愛がっていたイトコを護れなかったと自分を責めていた。見ている俺達の方が苦しくなるほどだった。兄上の提案でレティーは兄上の領地で静養している」
「……ユリウス殿下の……領地……」
アルセーヌ殿下はカップをテーブルの上に戻すとすっと立ち上がった。
「君がレティーに会うことは許可しない」
「殿下!?」
「君はもう王家の鳥かごの中でしか暮らせないんだよ。鳥かごから出たかったら……」
アルセーヌ殿下は最後まで言わなかったけど、なんとなくわかる。
私がこの王宮からでることが出来るのは殿下に何かがあった時か、私に何かがあった時のみ。
静かに立ち去る殿下の後姿を見送りながら私は空を見上げた。
雲一つない真っ青な空。
私はどこで間違ったのだろうか。
この世界は私の為の世界だと。
私が幸せになれる世界なんだとずっと思っていた。
私が思い描く未来を築けると思っていた。
でも実際は違った。
私が望んだ未来とは違う道を進んでいる。
私が本当に願ったのはユリウス殿下との未来。
だけど、その願いは叶わず『アルセーヌ』との結末を迎えていた。
神様に願った未来ではなく、ゲームとは違うルートで迎えた『アルセーヌ』エンド。
エンディングの先の未来なんて知らない。
今までエンディングを迎えたらすぐに新しい生を望んだから。
その先を見たことがなかった……
だから、私は……ゲームをしている感覚で今回も生きていた。
『人』としてではなく『キャラ』としてしか周りの人達のことを見ていなかった。
いつも簡単に迎えていた新しい生が今回はいつになってもおきない。
どんなに望んでも願っても今のマリエルの時間が進んでいく。
この先、私は何をすればいいのだろうか……
*-*-*
「やれやれ、君は僕の忠告を聞いていなかったのかい?」
真っ白な空間に浮かんでいるのは黒髪に左右の瞳の色が違う小さな男の子。
「新たな生を始める時に言ったはずだよ。
『いいよ。君の願いをかなえてあげる。でもね、忘れないで。彼には彼の心があるってことを。君がレールを外れるように彼もまた僕の作ったレールから外れるからね』
って」
男の子は小さくため息をつくと何もない空間から大きな水晶球を出現させた。
「君は最初から間違っていたんだよ」
水晶球に映し出されたのは、私とユリウス様と結ばれる未来だった。
「新しく作った世界では君がユリウスと結ばれる未来の可能性もあったんだよ」
「え?」
「だけど、君は『過去の記憶』を元に赤ん坊ながらに術を使い両親や使用人を操り自分を優先させた」
「……」
「その結果、ユリウスは親友であるベルナールを経由して捨て置かれた妹君に興味を持ってしまった」
「……」
「君が術を使わず、妹君と平等に育てられていたなら、君はユリウスとの未来を簡単に手に入れることが出来ていた。だけど、君は妹君を『敵』と定めた為、君はユリウスとの未来を失ったんだよ」
「……そんな……」
「まあ、でも君も今の人生、不幸ではないよね?」
「え?」
「幼い頃から両親に溺愛され、欲しいモノは簡単に手にしていた。称賛も名誉も簡単に(妹君から奪って)自分のモノにしたよね?それに、雁字搦めな王家に嫁ぎながらも自分の好きな事だけを行っても誰も何も咎めない。自由気ままにふるまっている今の人生、満足以外に何があるの?まさか、不満だなんて言わないよね。君が選んだ未来なんだから」
「ユリウス様と結ばれない未来なんて……」
「うん、でも君は王太子妃内定の話が出た時……両親から話を聞かされた時に相手を確認していれば、まだユリウスに近づけるチャンスはあった。でも君は確認しなかった。王太子になるのがユリウスだと勝手に決めつけていた。あの時点ではアルセールや他の王族が王太子になる可能性もあったのに。つまり君が望んだのは『ユリウスの妻』ではなく『王太子妃』という地位なんだよ」
「ちがう……ちがう!私は……」
「じゃあ、なんで確認しなかったの?君はユリウスと結ばれたかったんでしょ?あの時『王太子にはユリウス様がなられるのですか?』ってたったこれだけを聞けば君の未来は変わっていたんだよ」
ふうと小さくため息をつく男の子。
「君の今世の結末はまだ誰も知らない。僕にも知るすべがない」
「え?」
「君が本来ならありえない未来を望んだからこの世界は僕の力では制御できず壊れた。つまりバグを発生させてしまった。もう、君のいる世界は『同じ時間を繰り返す作り物の世界』じゃないんだ。創造者である僕の手から離れた。君の世界は己の意思で動く新しい世界になった。僕が敷いたレールはもう発動しない。そして僕は壊れた箱庭を外から眺めることしかできなくなった」
男の子は手に持っていた水晶球を思いっきり叩き割った。
「君の世界におかえり。もう二度と会うことはないだろうけど、元気でね」
男の子が右手を振ると彼の輪郭が薄れ、徐々に視界が暗くなっていった。
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