15.辿りついた結末
何度も王宮に足を運んだが、ユリウス様に会うことはなかった。
ユリウス様は成人された時に陛下から賜った領地(王領)で問題が発生したという事で領地と王都を行き来する日々を送っていたという。
お手伝いできることはないかと手紙を送ったが、返事はなかった。
兄のベルナールが常にユリウス様についているので大丈夫だと父は笑っていた。
ベルナールはすでに父から領地の運営を任されているし、経営に関しては彼の右に出る者はそうそういないだろうと息子自慢を始めた父に呆れた。
ベルナールは領民からも親しまれていて、領地に赴くと必ず大歓迎されるという。
私が行っても笑顔を浮かべずに『おかえりなさい』としか言われないのに……
***
午前中に行われた学院の卒業式はあっという間に終わり、夕方から王宮にて王家主催の舞踏会が開催される。
私は兄にエスコートされ会場入りした。
両親は喪に服しているため、舞踏会は欠席。
卒業式には参加してくれて、私の卒業を祝ってくれた。
兄は近衛騎士の制服を着ていた。
「あの、お兄様……」
「ん?どうした?」
入場待ちをしている時なぜ盛装ではなく騎士の制服を着ているのか聞いたら、周りの人には聞こえないように私を王家の人々に引き渡した後、近衛の仕事にすぐ戻るという事らしい。
兄の立場から私を護る近衛騎士の立ち位置となるだけだと笑っていた。
全員の入場が終わると、王家の方々が入場され、陛下が開会宣言をされる。
今回はその前に王太子の指名が行われることは前もって告知されていた。
王家の方々が所定の位置につかれると会場が俄かにざわついた。
なぜなら、第一王子の姿が見えないからだ。
陛下が軽く手を上げると会場は静けさを取り戻した。
「卒業生の諸君、卒業おめでとう」
そんな挨拶から始まった陛下の言葉はそう短くも長くもなくといったかんじだった。
「さて、今日は皆に知らせたいことがある」
声のトーンを変えた陛下の言葉に全員の視線が玉座に向いた。
「第二王子アルセーヌも無事に学院を卒業し、成人を迎えることになった。そこで、ワシは次代の国王……王太子をこの場で指名することとした」
陛下の言葉に会場が緊張感に包まれた。
あまり表面化していなかったが、貴族は第一王子派と第二王子派と中立派に分かれていた。
我が家は一応中立派だが、私がアルセーヌ殿下の幼馴染なので第二王子派に属していると思われている。
誰もが固唾を飲み、どちらの王子が王太子に指名されるのかを見守っていた。
会場を見回した陛下は、王太子となる者の名を上げ、さらに王太子の婚約者の名も高らかと告げた。
王の宣言は覆ることはない。
隣りに立つ兄に視線を向けると満面の笑みを浮かべていた。
声には出していないが『おめでとう』と口元が動いていた。
「第二王子アルセーヌ、マリエル=クレチアン伯爵令嬢。前に」
兄に促されて陛下と王妃様の前に跪く。
「今、この時をもって二人を王太子および王太子妃に指名する。『立太子の儀』は3カ月後に大聖堂で執り行う」
陛下の宣誓をもって私は後戻りができない状況に追い込まれた。
反論する余地もなかった。
「二人が公務になれるまで、皆で支えてあげて欲しい。本日の卒業生たちも早い者は7日後から、遅くとも一月後より職に就くことになるだろう。一日も早く仕事に慣れ、二人を支える存在になってほしい」
陛下の言葉に卒業生は一糸乱れぬ礼をして、大人たちを驚かせたらしいが、後ろを振り向くことが出来な私には何が起こっているのかわからない。
「今日は思う存分楽しむとよい」
陛下はそのまま退出しようとして、一度立ち止まった。
「あ、もう一つ報告がある。アルセーヌの『立太子の儀』の後、本日は諸事情により不在の第一王子ユリウスは王籍を離れ、グラディオ公爵に叙す。また新たに新設される魔術騎士団の団長に就任することになる。騎士団の中にも魔術に長けている者がいたり、魔術団の中にも武術に優れている者がいることでいろいろと障害があったため、この度『魔術騎士団』を設立することとなった。団長はユリウス。副団長はベルナール=クレチアン。詳しいことは後日正式に通達する」
王妃を伴い、陛下が会場を出た瞬間、大勢の人が私とアルセーヌ殿下の周りを囲った。
口々にお祝いの言葉を告げる人たちに張り付けた笑顔で答えていく。
一通り挨拶が済むと私は殿下に断りを入れてバルコニーに出た。
すでに日は沈み、星々が煌めいていた。
「マリエル様、ご婚約おめでとうございます」
茫然と星を見上げていると不意に掛けられた声に振り返るとクリステル=アヴィ伯爵令嬢とアガサ=ルーディル子爵令嬢がグラスを掲げていた。
「アリガトウゴザイマス」
ちっとも嬉しくないけど、表面上はにこやかに笑みを浮かべる。
「これからは気軽にお声を掛けることも出来なくなるのですね」
「そうですわね」
ふふっと笑うアガサにクリステルも笑っている。
「お二人は……」
「私は王立病院の薬剤研究科へ配属が決まりました。すでに研究所への出入りを許され先輩方からいろいろと教わっております。先日行われた試験に合格し資格を得ましたので……」
アガサが嬉しそうに話すとクリステルは表情を曇らせた。
「まあ、それはおめでとうございます。私は騎士団の事務官に内定を頂きました」
クリステルは希望の部署に配属されなかったのだろうか。
「まさか新たに魔術騎士団が設立されるとは……しかもユリウス殿下が団長だなんて……前もってわかっていれば魔術騎士団の事務官に応募いたしましたのに!」
扇を閉じ力いっぱい振り回すクリステルにアガサは苦笑している。
「クリステル様はユリウス様に憧れておりましたものね」
「ええ、幼い頃にお会いしてからずっと憧れておりますわ」
『ユリウス様』という言葉にピクリと肩を震わせてしまった。
「クリステル様はユリウス殿下と親しいのですか?」
震えそうになる声をなんと押さえて尋ねると大きく頷かれた。
「ええ。ユリウス殿下と三番目の兄が学友でしたのでその関係で……殿下は昔から女性にもどんどん職に就いてほしいと常々申しておりましたので、私も殿下のお役に少しでも立てればと幼い頃から父にお願いして事務官として働けるように頑張ってまいりましたの。さすがに騎士や魔術師には向いていなかったので……」
亡くなったレオンも兄と同じ騎士団か魔術団に入りたいと職に就くことを強く父に願っていた。
父や母は勝手にすればいいと自由にさせていた。
いや違う。
自由にさせていたように見えて、可能性を試されていたんだ。
私は職に就くつもりはなかったから淑女のマナーしか学んでいない。
もし、王太子妃に選ばれなかったら、屋敷に閉じこもり、親の財産で生きていくだけの人間になっていたのだろうか。
嬉しそうにユリウス様の事を話すクリステルに私は今まで女性が職に就くという考えをユリウス様が持っているということを知らなかったことに気づいた。
それだけではない。
私はユリウス様のことを何も知らない。
私が知っているのは『ゲームのユリウス』だ。
アルセーヌ殿下の兄で、魔術にも武術に優れている将来有望な王子。
婚約者を不慮の事故で亡くした後は王位継承権を返上し、婚約者が眠る土地で生涯を過ごす。
攻略ガイドに書かれていた情報で、『今、生きている』ユリウス様のことではない。
***
舞踏会から帰宅した私を待っていたのは満面の笑みを浮かべていた両親だった。
「おめでとう、マリエル。アルセーヌ殿下をしっかり支えるんだぞ」
「あなた、マリエルなら大丈夫ですわよ。しっかり殿下を支えますわ。それにしても、マリエルは幸せ者ですわね。相思相愛の相手に嫁げるのですから」
相思相愛!?
誰と誰が!?
私とアルセーヌ殿下!?
まさか、ユリウス様と接触する為にアルセーヌ殿下の元に通っていたのが今回の結果だというの!?
「ねえ、お父様」
「ん?なんだい、マリエル」
酒が入っているからか、妙にテンションが高い父。
「どうして、王太子にアルセーヌ殿下が選ばれたの?私はユリウス様が指名されると思っておりました」
社交界ではユリウス王子が次期国王に相応しいという声が大きかったし、国王の執務の手伝いをしていたから王太子にはユリウス様がなると思っていた。
それにアルセーヌ殿下も『国王になった兄上を支える存在になりたい』と常に言っていた。
「半年前なら、ユリウス殿下が王太子に指名されていたよ」
持っていたお酒が入っていたグラスをテーブルの上に置き、軽く目を閉じた。
「半年前ならとは、どういう意味ですの?」
「…………」
「お父様!」
「まあ、いずれ知ることになるからな」
父は大きく息を吐くと、閉じていた目を開き、私を凝視した。
「他言無用。この部屋から出たらここで聞いた話は忘れること」
「あなた……」
母が父の腕に手を置いて心配そうに見上げている。
父は母の手の上に自分の手を置き、安心させるように微笑んだ。
「半年前、非公式の謁見の場で陛下とユリウス殿下が賊に襲われたのは覚えているね」
「ええ、『レオン』が間に入って陛下達は無傷だったと聞いております」
「そうだ。彼女が賊を退けた。しかしその時『レオンティーヌ』は深い傷を負ってしまった。王宮医師たちの治療もむなしく若い命を散らしてしまったが……」
ぐっと堪えるように言葉を切った父。
母は嗚咽を堪えるようにハンカチで口元を抑えている。
『レオンティーヌ』に無関心だった父と母がなぜ今、このような態度を取るのかわからない。
「公にはされていないが、ユリウス殿下はその時の賊に呪いを掛けられ、子をなすことが出来なくなった」
「え?」
「国王の義務の一つに次世代への継承がある。つまり、子をなせない者は王位を継げない」
淡々と告げる父。
「最初は若い命を目の前で失ったことによる精神的なものが原因だと思われていたが、ギルバート魔術師団長が『呪い』であると判断した。この半年、ありとあらゆる文献をひっくり返し、呪いの解除を試みたが芳しくない。もし、殿下が玉座に座った時、子が出来ないという事が判明したら内乱が起きる可能性がある。殿下と陛下は苦渋の判断を下されたのだ」
「でも、まだ半年……」
「半年だろうと一年だろうと、呪われた王子を玉座に近づけることはできない。本来ならアルセーヌ殿下が臣下に下り、王位を継いだユリウス殿下を支えていく予定だったが……上手くいかないモノだな」
本来なら?
どういう意味だろうか……
『レオンティーヌ』がアルセーヌ殿下の伴侶に内定していたとでもいうのだろうか?
もし、最初から『レオンティーヌ』がアルセーヌ殿下の相手として固定されていたとしたら、私が取った行動は……ユリウスルートの破綻を引き起こした?
「そうですわね。あの日からすべてが変わってしまったのかもしれません」
「アディ?」
母は壁に掛けられている一枚の絵を眺めていた。
「あの子が初めて王宮に招かれた日ですわ。あの日はあの子とアルセーヌ殿下の顔合わせの意味があったのですが……今思えば、すべてはあの瞬間に『運命』が定まったのかもしれません」
壁に掛けられている絵は私達家族の絵。
祖父が亡くなる前に書かれた絵を母は懐かしむように眺めている。
「あの子を失い、マリエルが王冠を得る。そんな『運命』だったのですわ」
にっこりほほ笑む母。
「マリエル、貴女なら立派にやり遂げてくれますね」
「お母様?」
「数日後から王宮にて王妃様がつきっきりで妃教育を施してくださるそうです」
「え?」
「貴女が王家に嫁ぐとは思わなかったので妃教育を受けさせていなかったけど、貴女なら大丈夫ね。あの子は1年で妃教育をクリアしたんですもの。あの子より優秀な貴女なら3カ月後の『立太子の儀』までは無理でも半年後の婚姻の儀までには誰もが認める妃になっているわよね」
笑顔なのになぜか逆らえない何かがある母。
「そうだな。常々家庭教師達も言っていたからな。『お嬢様は大変素晴らしい方です。学院を卒業する頃、各部署からの勧誘がすごいことになる事でしょう』と」
「そういえば王妃様からも『手土産で持ってきてくれる彼女の手作りのお菓子は私が贔屓にしているお菓子屋よりも美味しいわ』とお褒め頂いたこともあったわね」
にこにこと笑みを浮かべている父と母。
父と母が言ったことは全て『レオンティーヌ』のことだ。
私は王家から派遣されてきたイケメン教師たちに失望されたくなくて必死にしがみついてギリギリの成果を出していただけでべた褒めされるほど成績はよろしくない。
伯爵令嬢としてギリギリのラインの成績しか修めていない。
『レオンティーヌ』が殿下たちと時々難しい話をしていた事があったが、私はただ近くに座っているだけだった。
それに、私は調理場に一度も立ったことはない。
せっかく専門の人間がいるのだから私がやる必要はどこにもない。
王妃様やアルセーヌ殿下に土産として渡していたのは侍女が『レオンティーヌ』に頼んで用意していた物だ。
術を使って『レオンティーヌ』の評価を私のモノと周囲(『レオンティーヌ』含む)に思い込ませていた結果が今後の私を苦しめることになった。
***
数日後。
私は居住をクレチアン伯爵邸から王宮に移した。
半年後の婚姻式までに王妃教育を終わらせるためだ。
朝から晩まで分刻みのスケジュール。
常に人に見られ、一挙一動を観察される日々。
ほんの小さなミスさえも命取りになるかもしれないから気が抜けない。
朝、日が昇る前に起こされ、身支度を整えると朝食前にスケジュールの確認。
その後、朝食。
朝食後は王妃様と一緒に大臣たちと謁見。
謁見後、上級貴族の夫人たちとのお茶会(という名の現在の国の情勢について女の視点から見た勉強会)
その後、軽く昼食を取り、孤児院や病院への慰問。
孤児院では子供たち相手に絵本を読んだり、文字を教えたりする。
慰問から戻ると再び謁見(午後の謁見は商人たち相手だったり下級貴族が相手だったりする)
謁見が終わった後、執務室で各部署からあげられてきている報告書に目を通す。
晩餐は各自で取ったり、殿下達と取ったりとさまざま。
時々上級貴族の屋敷で行われる晩餐に招待されることもある(この時はアルセーヌ殿下と一緒)
妃稼業って過酷。
プライベートの時間がほとんどない。
あるのは寝ている時だけ!?
正直、王妃は王様の隣りで微笑んでいればいいと思っていた。
公務は部下にやらせているのだと思っていた。
王妃様の侍女から聞いた話だと、私がこなしている業務はまだほんの一部。
王妃様はこの倍以上の業務を私のお妃教育と並行して行っているという。
王様や王妃様ってチートじゃないとやっていけないんじゃないの!?
「マリエル、大丈夫?」
アルセーヌ殿下は時間を作っては私を息抜きに連れ出してくれる。
「無理なら無理っていいなよ。王妃様だって婚姻後に仕事を覚えていったんだから」
「え?」
「内緒な。今、マリエルが行っている執務は本来王妃の仕事とは関係ないモノも含まれている」
アルセーヌ殿下が言うには今私が行っている執務の半分近くは本来王妃が行う業務ではないという。
ただ、陛下の負担を減らすために王妃が自分が出来ることは……と陛下に申告して回してもらっている仕事だという。
「マリエルはマリエルが出来る範囲の仕事をすればいい。出来ないモノは他の人に回していいんだよ。その為に広く人材を確保しているんだから」
にっこり微笑みながら紅茶を飲むアルセーヌ殿下。
「マリエルは今、王妃様たちに試されているんだよ」
「試されている?」
「マリエルがどれだけ上手く宮廷官吏の手綱を握れるか」
「手綱を握る……」
「国王や王妃だって人の子だよ。ひとりで全部できるわけがない。国王や王妃は自分の手足となって動いてくれる臣下をうまく使って国を護っているんだ。国王や王妃が一人で何でもできるのなら各部署を作る必要ないだろう?」
「……そうね。うん、私が出来ることを探してみるわ」
翌日から私は自分が出来ることと出来なことを振り分けていった。
最終的に私が出来ることが『社交』しかなかったのは自分でも驚いたけど……
「そう、『社交』を中心に公務をなさるってことね。わかりました」
王妃様に一応そのことを告げたら、にっこり微笑まれた。
そのあとは、特に何も言われずただ時間だけが流れていった。
マリエル編の結末はちょっとモヤモヤとするかも……
マリエル編を最終章とする予定でしたが無理だと判断しました。
エピローグ編を作成することになるでしょう。
その前に閑話を挟むと思うけど……




