13.ゲーム開始
王立学院に入学して半年がたった。
そろそろ『ゲーム開始時期』だ。
ゲームの開始時期は国宝であるサクラが満開になった日。
マリエルルートではアルセーヌ殿下たちとサクラを見ながら昼食をとるところから始まる。
サクラの樹の下にシルヴィ=バローが困惑した表情でサクラを見上げている。
この時、だれが声を掛けるかでシルヴィ=バロールートが確定する。
しかし、今回サクラの樹の下には誰もいない。
おかしいと思いながらも、レオンたちが食事の準備をしている間私と殿下はサクラを見上げ他愛もない話をする。
「姉様!殿下!サクラから離れてください。樹の上に何者かがいます」
レオンの声にその場に緊張感が走る。
殿下が私を抱きしめ、後ずさろうとして幹に足を取られ後ろに転倒する。
チュ
唇に温かいモノが当たった。
慌てて起き上がると、顔が真っ赤な殿下の顔が目の前にあった。
え?
え?
えええ!?
も、もしかして……もしかして……
殿下と事故チューしちゃった!?
茫然としているとレオンたちが駆け寄ってきて何か言っているけど、右から左に流れていく。
「姉様?大丈夫?」
顔を覗き込んでくるレオンにコクコクと首を縦に振る。
「うーん、風邪でも引いたのかな?」
レオンは私の額に手を当てる。
「姉様、保健室に行く?」
「い、いえ。大丈夫よ。殿下、申し訳ありません」
殿下に向かって深々と頭を下げると殿下は大げさに手を横に振る。
「いや、私の方こそちゃんと支えられなくてすまない」
「いえ……私の方こそ……」
お互いに自分が悪いと言いあっているとレオンがぱんぱんと手を叩いて言い合いを止めた。
「姉様も殿下も互いに譲らずにいたらいつまでたっても先に進みませんよ。ここはこの樹の上にいる人物がすべて悪いってことで折り合いをつけましょう」
レオンがサクラの樹の上を睨みつけるように見上げると一人の少女が飛び降りてきた。
その少女の顔を見た瞬間、思わず叫びそうになったが何とか飲み込んだ。
飛び降りてきた少女はシルヴィ=バローだった。
レオンはシルヴィ=バローにいろいろと問いかけていたがシルヴィ=バローは聞いているのかいないのか、茫然としている。
レオンは小さくため息をつくとゲオルグと共に彼女を連れて職員棟に向かった。
しばらくその場は微妙な空気が流れたが、殿下の転機でお花見を再開させることが出来た。
この日以降、なぜか周りの友人たちに殿下との仲を応援されるようになったのだけど……
一体どうして!?
「あら、マリエル様はアルセーヌ殿下の婚約者候補筆頭ではありませんか。殿下との仲も大変よろしいと国王陛下からの宣言が下りるのも時間の問題ではないかという噂ですわ」
クラスメートの令嬢に微笑まれながら言われ、思わず持っていた扇を落としそうになってしまった。
まさか見られた!?
殿下との事故チューを誰かに見られたの!?
未婚の男女がやたらと触れ合うのはご法度いう風習があるこの国(世界?)であの事故チューを面倒な貴族にみられていたとしたら……
否応なしに殿下との婚姻が固められるじゃないの!!
私が狙っているのは第一王子であって第二王子じゃない。
第二王子は踏台なのよ!
……口には出さないけど内心で毒づく私に気づかないクラスメートたちに笑顔を浮かべながら
「まあ、わたくしなど畏れ多い。亡き祖父が陛下と親しかった関係で『幼馴染』の関係ではありますが、わたくしと殿下の婚約などあり得ませんわ。わたくしよりもオーリーブ公爵令嬢やラシーヌ侯爵令嬢の方が殿下には相応しいですわ」
と力説しておいた。
後日、オーリーブ公爵令嬢とラシーヌ侯爵令嬢から『殿下に私のことをアピールしてくださいまし』と言い寄られるのは余談である。
オーリーブ公爵令嬢は熱狂的なアルセーヌ殿下のファンである。
殿下のスケジュールはばっちり把握しているので偶然を装うって殿下にアピールしているらしい。
ラシーヌ侯爵令嬢は王太子妃(次期王妃)は嫌だけど王子妃(または大公妃)の位は欲しいと陰で言っているらしい。
面倒な王族の執務はしたくないけど、高い位は欲しいってところね。
王子妃(大公妃)も公務があるのわかっているのかしら……
側妃なら仕事がないなら年がら年中自分磨きしていればいいけど……
さりげなく殿下には二人のことをアピールするが正直、反応が薄いのよね。
時々お茶会と称して招待するけど、あまり成果は芳しくない。
むしろ、逆に私への接触が増えたような気がしないでもない。
***
『サクラの樹事件』とよばれるあの日から1カ月後。
シルヴィ=バローは魔術の授業で無防備だったレオンにいきなり魔術を解き放ったという話が学院内を駆け巡った。
シルヴィ=バローは教師たちの叱咤に対して「存在自体がムカついたから」と告げたという。
この言葉にレオンは売られた喧嘩は高く買いましょう的な事を言い放ち教師たちを慌てさせたという。
教師たちが何とかレオンを宥めて、シルヴィ=バローは厳重注意と学院長室への呼び出しでその日は決着したという。
これはシルヴィ=バロー側のイベントの一つ。
『嫉妬』イベント。
魔術が得意なクラスメートに自分の方が魔力は多いのになんで勝てないのかと悩んでいた時に『魔力が多くても、繊細な術を編めないのなら宝の持ち腐れ』と別のクラスメートに陰口を叩かれたことで、魔術が得意なクラスメートを攻撃してしまう。
その後、3日間の謹慎処分を受けるが、ある程度恋愛イベントが進んでいれば攻略対象が放課後、授業の資料を届けて、励ましてくれる。
だが、実際は謹慎処分ではなく、学院長命令によるレオンによる淑女教育。
そして衝撃的な事実も発覚。
彼女は『バロー男爵家の養女』ではなかった。
表向きは遠縁の貴族の令嬢となっているが、実際はバロー男爵が後見人の平民だった。
「殿下はそのような問題児がレオンの躾でまともになると?」
「なるんじゃないか?すでに体験済みたいだからね」
「は!?」
「レオンの淑女マナー講習は我儘娘を立派な淑女にさせることができる素晴らしいものだと聞いている」
じっと見つめてくる殿下に私は過去のことを思い出し、レオンから視線を反らした。
今思えば、レオンの策に嵌った感が強い。
ある時を境に、レオンから『こんな簡単なことも出来なくて父様に恥をかかせるの?そのうち父様に見捨てられるわね』とよく言われるようになった。
悔しかった私はレオンを見返すために努力した。
レオンにだけは負けたくないから。
努力したらした分だけ父が甘やかしてくれた(欲しい物を何でも買ってくれた)からというのもあったけど……
学院長命令のためレオンには拒否権はなかった。
友人たちの協力を遠回しに断り、レオンは一人で彼女の調k……じゃない淑女教育を行うことになった。
***
レオンが教育係を拝命(?)してから数か月。
成果は芳しくないのだろう。
日に日にレオンの眉間にしわが増えていった。
ある日、レオンが読んでいた分厚い本が机の上に置きっぱなしになっていたので何気なくぺらぺらとページを捲ったがそっと表紙を閉じた。
その様子を見ていたらしいレオンが満面の笑みを浮かべながら
「姉様ももう一度淑女教育を致しますか?王子妃になられるのなら必要最低限この本に書かれていることはできなければなりませんわよ」
とジリジリと迫ってきた時は恐怖を感じたわ。
分厚い本には細かい文字がびっしりと書かれていた。
あの細かい文字をレオンは全部読んだという。
相手によってお辞儀の仕方を変えるだとか、出席する夜会によっては帰宅のタイミングはいついつがいいとか、サロンでの会話で話してはいけない話題とかとにかく事細かく書かれていた。
私がパラ見した部分だけでも私が知らない部分があった。
レオンが言うにはこの本はまだ入門編だという。
他に基本編、応用編があるとか……
しかも、これは下級貴族用であって上級貴族用はさらに分厚いそうだ。
私はそんな細かいことを覚えるつもりはない。
だって第一王子妃になれば周りのモノが気を利かせてあれこれやってくれるもの。
私がしなければいけないのは、己を磨くことだけだからね。
レオンがどこからみつけてきたのか見目麗しい男性陣が臨時講師としてシルヴィ=バローの教育に当たるようになった。
また、殿下たち3人も学院長命令で彼女の教育に当たるらしい。
最初は嫌々彼女の相手をしていた彼らも次第に彼女中心の生活を送るようになってきた。
私達との交流は少なくなり、常にシルヴィ=バローの傍に侍るようになったのだ。
まずい、このままではシルヴィ=バローの逆ハーレムエンドになってしまう。
彼女のルートにはユリウス様との接点はないけど、もともと私のルートにもなかった。
それを『神様』に『お願い』して本来ないルートをこじ開けた。
ならば、彼女にもユリウスルートに入るきっかけが発生してもおかしくない。
ある日、シルヴィ=バローが食堂で殿下たちに
「自分はものすごく頑張っているんですけど……レオンティーヌ様は厳しすぎます」
と愚痴っているのを聞いてこれは使えるかもしれないと、それとなくレオンの悪い噂を流した。
もちろん、私が流したとわからないように。
それからはあっという間だった。
レオンは学院の一部の生徒から悪意を持った視線を送られるようになった。
日に日に痩せていき、顔色も悪くなっていったレオン。
心配するふりをして声を掛けるが、無視をされそれを見ていたクラスメートたちがさらにレオンを悪く言う。
だが、悪意にもレオンは毅然とした態度で接していた。
それを繰り返していくうち、レオンの悪評はあっという間に消えていった。
レオンに罵詈雑言を言っていた者達は揃って土下座をして謝罪をしたという。
レオンは静かに微笑みながらその謝罪を受け入れていたという。
そんなある日、半年に一度の全クラス合同の魔術の授業が行われた。
私が最も楽しみにしていた『イベント』でもあり、重要な『イベント』でもある。
ここで失敗したらまた『神様』にお願いしてやり直さなければいけない。
シルヴィ=バローが身につけている装飾品はゲオルグがプレゼントした物だ。
ゲオルグはただの装飾品だと思っているが、あれらは全て魔力を暴走させるためのアイテムである。
ゲオルグから相談を受けた私がおすすめした品なので間違いない。
シルヴィ=バローとゲオルグの現在の関係は『バカップル』と言っても過言ではない。
互いが互いしか見ていない周囲が呆れるほどの『バカップル』になっていた。
まあ、私との好感度は他の二人と同じくらいなのでそのままにしている。
授業開始早々、シルヴィ=バローは魔力を暴走させた。
だが、予想以上の暴走に私は恐怖のあまりその場から動けなかった。
防御魔術が得意な生徒たちが懸命に防御してくれているが長くはもたない。
「先生、生徒を速やかに術室の外に!」
レオンの叫び声に、術室の扉に手をかけた生徒が扉をガンガンと拳を叩きつけているがびくともしない。
「先生、私が一時的に彼女の魔力を最大限まで押さえ込みます。その隙に扉でも窓でもいいのでぶち破って過剰魔力の外部放出と生徒を全員避難させてください」
「クレチアン!それだけはやってはダメだ!いくら君が---でも無謀すぎる!」
レオンがやろうとしていることに気づいた先生が首を横に振るがレオンの切羽詰まった声が術室に響いた。
「時間がありません。先生は他の生徒の安全を第一に考えてください。お願いします!」
その言葉に誰もがレオンを見た。
いくら魔術がトップクラスでもこの暴走を抑えるのは難しいことは魔術が得意でない私でもわかる。
先生方は悔しそうな表情を浮かべながら窓に向かって攻撃魔術を連続で放ち、窓を破壊していった。
壊れた窓から次々と生徒が飛び出していく。
窓の外には魔術団の人たちが集まり始めていた。
生徒の半数が外に出た瞬間、術室から六色の光りが溢れ出た。
「まさか!」
魔術団の一人が顔を真っ青にさせて術室に入った。
「レティオーヌ様!」
魔術団員の悲痛な叫びに魔術団の人たちが我先にと術室に駆けていく。
聞えてくる声は『レティオーヌ』という名前だけ。
私たち生徒は早急にその場から引き離されたため、詳しい状況を知ることが出来なかった。
でも私は確信した。
ユリウスルートに入るための『イベント』が成功したことに。
きっとあの暴走では生きているはずはない。
魔術団員のあの悲痛な叫びが何よりの証拠だ。
数日後には彼女の葬儀が執り行われるだろう。
ああ、楽しみだ。
やっとユリウスに出会える!
この子も自由気ままに動くな~...( = =) トオイメ
最終着地に導こうとすると道を逸れるんだよな~ε-(ーдー)




